106万円の壁? ~社会保険適用拡大と就業調整の課題~

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法律・税務・士業全般


こんにちは。
社会保険労務士の とくほみわ です。

みなさんは「社会保険適用拡大」という言葉を聞いたことがありますか?

社会保険適用拡大とは、これまで加入対象ではなかったパートタイム労働者や短時間労働者に対して、厚生年金や健康保険の加入義務を拡大することを指します。

この取り組みにより、社会保険加入の負担や、雇用調整による人手不足という二重の悩みに直面する企業が少なくありません。

今日は少し丁寧に、社会保険適用拡大と、企業や働く人の課題を整理してみたいと思います。

社会保険適用拡大とは?

原則として、健康保険、厚生年金保険は「正社員の3/4以上働く人」が加入になります。

1週間の所定労働時間40時間の企業であれば、週30時間位が目安です。

社会保険適用拡大とは、これまで加入対象ではなかったパートタイム労働者や短時間労働者に対して、厚生年金や健康保険の加入義務を拡大することを指します。

・企業の従業員が101人以上(2024/10/1からは51人以上)
・週の労働時間が20時間以上
・月収が88,000円以上(年収106万円以上)
・勤務期間が1年以上見込まれる・昼間学生ではない

上記に全て当てはまる方は、家族の扶養に入っていたとしても、社会保険に加入しなくてはならなくなります。

労働者は加入により、保険料負担が発生します。
その代わり、自身の健康保険証を持ち、傷病手当金などの給付を受けられるようになります。将来受け取る年金額を増やすこともできます。

企業にとっては、社会保険料の負担が増えるという課題をもたらします。

国民年金第三号被保険者とは?


社会保険適用拡大の際に、よく議論の対象になるのが「国民年金第三号被保険者」です。

第三号被保険者は、サラリーマンや公務員の扶養に入っている配偶者、いわゆる専業主婦(夫)を指します。

彼らは自ら保険料を支払うことなく、夫が加入している健康保険の給付を受けることができます。
国民年金も払っている扱いになるため、収入を得るのであれば、パートやアルバイトなど、扶養の範囲内で働くことを希望するケースが多く見られます。

令和3年末時点で、763万人が第三号被保険者となっています。

扶養を外れるとどうなるのか?


扶養から外れると、健康保険や厚生年金への加入が義務となり、給与に応じた保険料の支払いが発生します。

これにより手取り収入が減るため、労働時間を減らすなどして、扶養内での働き方を望む労働者が多いのが実情です。

社会保険適用拡大と第三号被保険者の複雑さ


第三号被保険者の是非について、SNSやメディアでも盛んに議論されています。

ただ、第三号被保険者を一括りに議論しても問題は解決しません。
彼らの働き方に対する意識や事情は人それぞれであり、個別に理解する必要があります。
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①育児・介護・病気、または学生で働ける時間が限られている人
 家族のケアや自身の健康、学業といった理由で働く時間が制限されている人たちです。
 仕事への意欲はあり、将来的に状況が変われば正規雇用に近い形で働くことを希望する人を①とします。

②キャリアの断絶を理由に短時間勤務を余儀なくされている人
 時間や意欲はあるものの、転勤族や会社の倒産など、過去のキャリアの断絶で短時間勤務しか選択肢がない人もいます。
 企業が認めてくれれば、フルタイムで働きたいという意欲を持っている人を②とします。

③時間が限られているが、働く意欲が低い人
 この層の方たちは①と同様、育児などで働き時間が制限されています。
 たとえ状況が変わったとしも、働く意欲があまりない人を③とします。

④働く時間や意欲に制約がなく、働く意欲が低い人
 時間的な制約はないものの、働くことに対するモチベーションが低い層を④とします。

注意しておきたいのは、①~④は、
世代、本人の受けた教育環境、学校卒業時の世間的な就業環境、家庭の考え方によるため、一概に「どれがよい・悪い」というものではないということです。

また、就業意欲については不変的なものではなく、本人や家族の状況、健康状態、経済状態により変わることも、もちろん考えられます。

「社会保険加入の理解を求める」だけでよいのか?


企業として、社会保険適用になるのに加入させないわけにはいかないので
「労働時間を短縮させる」「社会保険料を許容してもらう」
どちらかの選択肢を提示することになります。

このうち社会保険加入を避けて労働時間を短縮させることを「就業調整」と呼びます。

企業としては人手不足の時期に就業調整されて、休まれてしまうと、たいへん困ることになります。

とはいえ、手取りが減ることに対する抵抗感は理解できます。

「就業調整をする人は重用しない」でよいのか?


人事労務関係の勉強会などに行くと、
「世の中で 社会保険適用の拡大、第三号被保険者制度の廃止に動いているのだから、就業意欲の高い①②は活かす方向に、③はともかく、就業調整をしがちな④は、企業の将来性や生産性の面から重用しないようにしましょう」
という意見も出ます。

生産性の観点からは、正しいのかもしれません。

しかし、個人的には「優しくない」という気がしています。
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③④の方は、配偶者の収入にある程度頼れる層でもあるため、特に昨今ネガティブに見られがちです。

でも「就業意欲に乏しいことは、この人たちだけが悪いわけではない」
はずです。

例えば
「女性は結婚したら寿退社が既定路線」「母親が働くなんてあり得ない」「子どもは二人はほしい」など、昔の雇用慣行や家庭からの要請で仕事をやめた場合、あとからそうそう再就職はできません。

働きたくても、書類や面接で落ち続けているうちに、就業意欲が削られてしまった、ということも考えられます。

他にも、障害や重病まではいかない慢性的な体調不良、介護というほどでもない断れない家族の用事など、働くことに前向きになれない理由は色々あります。

専業主婦(夫)になった事情はそれぞれで、その後、たくさん就業しない(できない)事情もそれぞれです。

男女間、世代間、サラリーマンと個人事業主の対立構造の矢面に立たされているように思えて、私はこの層に批判的なことを書く気にはなれません。


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今後、企業はどうすればよいのか


企業側は、これまで扶養内で働く層を低賃金・短時間労働、雇用の調整弁として活用してきました。

扶養内で働く側としても、キャリアやスキルはアップは見込めないけれど、社会保険料負担がなくてお得だし家族の時間も作れる、という意味で利害は一致していたのです。

しかし、日本の少子高齢化により
「第三号被保険者 = 保険料負担なく健康保険・年金サービスを受けられる人」
を多く抱えることは難しくなりました。

企業としては、働く一人ひとりの意欲や貢献度を見極めながら、採用や人件費、社内制度や就業規則を見直していくことが求められます。

キレイゴトかもしれませんが、例えば、

①のように「時間はないけど意欲のある層」
場所や時間を選ばない、在宅ワークやフレックス制度の導入、能力給の導入などにより、就業機会と収入を確保し、社会保険料を気にしなくてよいようにする

②のように「時間も意欲もあるが、機会に恵まれず扶養内勤務をしている層」キャリアアップの機会を作り、社会保険料を気にしなくてよいようにする

③④のように「労働時間を増やせない層」
社会保険加入をするなら①②と同じように、たくさん働いて手取りを増やす取り組みをし、
就業調整するなら、年間を通じて調整を見込んだシフトづくりで、不公平感や現場の人手不足の対策をする

などなど、どれも手のかかる対策ではありますが、年収の壁対策は、結局、働く環境の話になるように思います。

社会保険適用拡大は、どこを取っても労働者にも企業にも負担がかかります。
あちらを立てればこちらが立たず、負担から逃げることはできません。
私は社会保険労務士として、負担を減らすお手伝いができないか、考えています。

減らす方法は一つではないし、正解はありません。
どんな形でも、働く人が安心して働けること、結果、企業の持続的成長にもつながることを望みます。

ココナラでも、気軽に社労士に相談できるサービスを展開しています。
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社内制度改革、就業規則変更などの、きっかけになることができましたら幸いです。





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