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セルフラブ

長女(現在5歳)は少し前まで、小さなトラブルやハプニングの度どこまでも深く落ち込んで、なかなか自分で立ち直ってこられない子だった。赤ちゃんから通っている保育園でも、進級して先生が変わることで不安定になり、慣れるのに3か月位は毎年、泣いていた。私自身も、高校のクラス替えでさえ泣いていた人間なので(謎)同じように環境の変化に弱いタイプなのか。と思っていた。親子だから似てるんだ、そう捉えて大して気にしなかった。3歳のある日、先生とお迎えに話をしているととうとうこんなふうに言われてしまった。「このままだと〇〇ちゃん、自己肯定感の低い子になっちゃうような気がしてて・・。どうしたらあなたのままで頑張らなくて良いんだよ、って伝えられるのか。担任みんなで共有して色々試してます!」長女は遠くの砂場で無邪気に遊んでいた。可愛く笑う、本当は明るい性格の子だと分かっていた。それなのに感情のブレ方が子どもらしくないと、本当は気が付いていた。なぜそれを人に言われるまで直視しなかったのかと、夕方の園庭で半泣きになった。言いづらいだろう事をタイミングを待って優しく伝えてくれた、毎日、娘の感情の動きまで見守ってくれていた先生達の気持ち、保育園の先生のことを大好きな娘。母親としてここに立つ自分が恥ずかしかった。娘に、「迎えにきたよ」というのが恥ずかしかった。仕事や家事の忙しさのせいにしてもっと言えば、(気づいてはいなかったけれど)自分自身や過去に向き合うことが怖くて、娘と真っ直ぐ向き合うことを避けてきた。自分の命より大事なものが出来たと喜んでいたはずなのに、娘の中に自分を見ていたのか、時々なぜか苦しかった。子ども
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ママの話。

私の母は”完璧なママ”365日、毎朝、家族の誰より早起きし、お弁当を作り、家族分の朝食を準備。家族を起こし、朝食を食べさせ後片付けし・・・(書き連ねることに絶望した(笑)私が大学生になっても、ママは完璧なママのまま。友人が家に泊まりにくれば、デザートまで載った朝食プレートを人数分用意してくれたし、お店を出せるのでは?というほど得意なスイーツを作っては、ラッピングして友人に配るように持たせてくれたりもした。容姿も整っていて、髪型もファッションもちょっぴり個性的で、小さい背と童顔も相まってとても可愛いママ。毎日小綺麗にメイクもしていて、ママ可愛いね~と褒められるのがいつも嬉しかった。外では事務の仕事を任されている以上の責任感を持ってしっかりこなし、家では認知症の祖母(ママの実母)の世話もしていた。(飼い犬のチワワの世話もか・・・)進行した認知症の人が住む家をきれいに保つことはとても大変。それでも家の中が排泄物だらけゴミだらけになる事はなかったし、祖母も綺麗にされていた。ママは、人にも厳しかったけど、誰より自分自身をいつも律していたし、そうでないと気持ち悪いと思っている人だった。ひどい月経痛や偏頭痛、貧血持ちで体が強くないのに、具合が悪くても家事をサボらない人だった。誰も手伝おうとしない訳ではない。休めば?ともちろん声も掛けていた。だけどどんな時も、自分のルーチン通りにしなければ気が済まない人なだけだった。子としては、大変そうだな・・と思うのと同時に、私は母のことがあまり理解できなかった。甘えのない母のことがあまり人に見えなかった。大事に大事に育てられてきた自覚があるけど、私はAC(
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ココナラの森🌳梅雨さんぽ☔60歳乙女【第102話|住所が覚えられない理由🤣】

こんにちは😊 60歳乙女🩷のひろです。今日はね、「住所が覚えられない理由🤣」というお話です。先日、親戚の法事があって、70代、80代になったおばちゃん達と久しぶりに会いました😊みんなで集まると、どうしても「膝が痛い」とか「病院がどう」なんて健康の話になります💦極めつけは、「女の子がいると頼りになるね~。」そんな会話を横で聞きながら、ふと思ったんですよ。私の3人の息子たちは、みんな結婚して県外に住んでるんです。「私は将来、一体どこで誰と暮らしているんだろう?🤔」って。息子の近くかな。それとも全然違う場所かな。まだ答えは出ていません😊そういえば、私が今のアパートに住み始めてから、もう8年になります。なのに私……未だに自分のアパートの「住所」が、なかなか覚えられないんです🤣普通、8年も住んでいたら勝手に覚えるやろ!って自分でも突っ込みたくなります🤣これって私の頭が物忘れをしているんじゃなくてね~私の心のどこかが、「ひろさん、あなたの本当の居場所は、まだここじゃないよ😊」って、優しく教えてくれているからなんじゃないかなって。考えすぎかな……🤣これから先、どこへ行くのかは分かりません。でも、どこへでも行ける身軽さと自由はあります。未来のことを考え始めると、不安が出てくることもあります。考えても答えが出ないことだってありますよね。そんな時は、焦らずに少しずつ前へ😊そのうち、未来の私が「こっちだよ」って、ちゃんと教えてくれる気がしています。60歳乙女🩷まだまだ人生の途中です😊人生の答え合わせは、なかなか難しいものですね。これからの未来のこと、ひとりで考え込んで心が迷子になってしまう時は、お気
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良い子。

私は、どこへ行っても「良い子にしてるね」と褒められるような子だった。「そんなこともないんですよ!」と嬉しそうに(謙遜する)母を見て、喜んでいる、もっと良い子にしよう!と、正解ではなさそうな方向に全力で進んできたような人生だった。だけど、見ないふりをしていただけで腹の中は誰よりドス黒かった。誰にでも裏と面があるのは後から知った。私は、私だけがこんなにチグハグなんだとつい最近まで、本気で信じていた。良い子でありたい私は、むくむく湧き上がるドス黒い方の自分を腹ん中で常に倒そうとした。そっちの自分が認められなくて、無視したし、貶したし、打ち倒そうとしていた。歳を取るほどに、私の裏と面は本気で仲違いして、「認められない、許せない」という感情はとうとう外に出て行ってしまった。本当に手に負えなかった。”白か黒、正義か悪か”に異常に拘った。ジャッジが常に沸き起こった。不出来な自分を許せないのに、次の瞬間には他人を酷くジャッジして、とにかく偉ぶった。時間が経つと、その時の自分が恥ずかしくなって今度は消えたくなった。情緒の安定させ方は知らなかった。母のそれ、だったから。母も感情の扱い方をよく分かっていない人だったから。今なら理解できる。母もずっとこんな風に苦しかったんだろうな、と。私が一番の理解者になってあげたかったし、そのためにずっと頑張ってきてACにまでなったんだよ?今でも一番に救ってあげたい人。みつは
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連鎖①

仕事から帰ってきたら、娘が電気の下でアイマスクをして座っています 異様な雰囲気なので 「どうしたの?何かあった?」と聞きますが答えません すると、息子が「姉ちゃんね、さっきばあちゃんと言い合いしてたんだよ。なんのことかは分からないけどね」と 娘に聞いてみますが何も答えません よく見ると、涙が・・・ もしや・・・ばあちゃんにひどい言われ方をしたか? 結局本人からは何も聞けませんでした 私は娘を抱きしめて、繰り返し言いました 「ばあちゃんの言ったことをそのまま受け取らなくてもいいよ」 「正当な理由はあっても、半分はただのやつあたりだからね」 娘はどんどん泣き出します おそらく、ひどい言葉をぶつけられたのだと思いました そのあと、私の実弟から 「さっき、おかんが〇〇にひどいことを言ったんだよ」と やっぱりそうか~ よくよく聞いてみると、 「なんで、他の子はできて、あんたはできないの」とか 「出ていけ」とか・・・(現実的にムリ) 私は弟に言いました 「たぶん、おかんは〇〇のダメな所を言うだけじゃなくて、人格を否定をするような言い方をしたんでしょ」 弟「そうだね。傷つけるような言い方を5つは言ってたと思う」と 時々あるのです 母のイライラが爆発して、周りに飛んでくることが・・・ 言っている内容がすべて間違っているわけではありません 正しいことも言っています ただ、その言い方がひどいのです 行動に対するダメ出しじゃなくて、 それプラス、人格否定が入ってくるのです 私は娘に言いました 「昔ばあちゃんが仕事から帰ってくるのが遅いとき、家事を手伝おうとしてお布団を敷いたんだけど、その敷き方がおか
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親と子の関係

こんにちは!女性向け広告マンガ家の植木るいです。ココナラではHPコンテンツ周りのマンガやLPマンガ、SNS投稿用のマンガなどを主に制作しています。このココナラのブログは月4回投稿するように目標を立てているのですが、うっかりしているともう下旬になっているので時空が歪んでいるのかな?と思います。今回は母と子の関係について最近思うことを書いていきます!先日押見修造先生の「血の轍」を読んでいてとても気分が落ち込みました笑この漫画は昔の呪いがかった私のようだと思い、最終話までノンストップで読みました。私は今もですが母は自分を司る全てだと思っています。母から人生は始まっていくので、母親がいないと精子だけでは産まれることがなかった命なので。だけどその母が何を思っているのか、何感じているのかがわからないと人生結構つまづきます。同じような困難が目の前に現れるんです。私はそうでした。母親と、父親への関係をどこかで自分が解決できた!というところまで話し合ったり、向き合ったりしないと不思議ですが人間関係も同じようなもので困難が生じます。それくらい自分が生まれてきた根幹の部分は大切です。私は昔から母に見て欲しい、褒めて欲しいって気持ちがあって、大人になるまで、それを言葉や行動であまり貰えてこられませんでした。学生の頃は他の母親と違う価値観や行動をする母親を憎んだことが数えきれずあり、どうしてこの人の元に生まれてきてしまったんだろうって何度も何度も思うことがありました。何回も大きな喧嘩をして、連絡を取らなくなり、それでもう最後まで生きていこうと思っていました。しかし、それは結果的にとても生きづらかった。何
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私の成育歴⑥:忍耐の母娘

私は自分のことを「忍耐の人」だと思っている。それは、母がずっと「忍耐の人」で そんな母の姿を見て 育ってきた影響は大きいのかもしれない。 決して逃げ出さず、 耐える母の強さはすごいと思いつつ、 なぜ、そこまで耐え 逃げ出さないのか疑問だったけれど 現在の私は、 昔の私が母に対して思ったように 周囲から同じように思われているだろう。私の中で、離婚した後に力強く 自分の人生を充実させて生活する 女性モデルが近くにいなくて、 離婚後の生活をポジティブに イメージできていないところがあると思う。 (残念ながら、現実的な問題過ぎて いつもの空想癖が発揮されていない💦) むしろ、これから私自身が 離婚後に充実した生活を送る女性の モデルになっていければいいのだ!🌈✨と思っているけれど。 いろいろあったけれど、母は父とは離婚しなかった。 その選択はそれで良かったんだと思う。 私は母の姿を通して 「人は我慢・忍耐すれば いずれは穏やかな時がくる」 ということを学んでいるのかもしれない🤦‍♀️ただ、ここで、母と私の大きな違いは、 なんだかんだ言っても 母は父のことが とても好きなのである。 そもそも母に実際に 離婚する気なんて全くなかったし。 私は我慢したところで 夫と穏やかな時が来ることはないだろう。 それは私が望んでいる事ではないし。 好きな人と結婚した母と 「いい人と結婚すれば、幸せで穏やかな生活が送れるだろう」と 計算・打算が強く働いた上で 結婚を決断した私。 これは、大きな大きな違いである😭その違いは、結婚当初は見えていないけれど 人生の後半になるについて どんどん大きくなってくる違い
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「演歌ヒット曲~♪^^」

やっぱ、日本人だもん。演歌は必須じゃ。学校で「日本舞踊、和楽器、演歌」を必須授業にするって、ど?「ダンス」なんかよりも、ず~っと「外国人受け?」がイイと思うぜよ。ホホホ^^しかも、「和装」という、今の日本人がほとんど忘れてしまっている「着物」を正式に着るという、ボクもできないことを学校で、もちろん無償でやるのじゃ!ど?いや??でも~これって、もし外国なんかに行ったらそりゃ~「モテモテ」じゃね。(^^;日本人の株がすんごく上がるぜよ。^^第二次大戦で「連合軍」に負けて、米国の支配下に置かれ、「ジャニー」はじめ「音楽」、「映画」、「スポーツ」等の「日本人骨抜き作戦?」で「ガタガタ?」にされた「日本国家」じゃ。米国発の文化に浸食された「ジャパン」じゃね。しかも「日本人になった帰化人?」達が放送分野や経済/政治分野で、まるで「日本人」のようにふるまい、多くを支配してきたと、ボクは思っているのじゃ。それも、もう終焉を迎えようとしている。でも、ボクらが「目覚め」、「これから日本」をどうしていきたいのか?!を「自分たちで決定」しないといけないのじゃ。もう「米国」は「同盟国?」ではナイぜよ。「戦争」に巻き込まれてしまう「ヤベ~国家?」なのじゃ。あれ?「演歌」じゃったのに・・・「ゴミン」ね~♪つい、熱くなっちゃう~では、「演歌」のご紹介で、最初は、これって「イチロー」も大好きなので、はずせないぜよ。「石川さゆり」の「天城超え」じゃね~。オッサンたちがよってたかって作った名作じゃ。俳優の「高橋英樹一家」もご推薦の歌。歌詞もイイね~♪こわ~i will recommend you this song
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いくつになっても娘は心配

ご訪問いただきましてありがとうございます。こんばんは、Momomiです。いつまでも母は母なのだと感心した職場の先輩から聞いたお話です。90代のお母さまが、70代の娘の帰りが遅いからと心配でいてもたってもいられず、暗い夜道を駅まで見に行かれお迎えにきてくれたお母さまを「危ないでしょ!」と叱りながら心配してくれる母がいることに心の中で感謝して、思わず叱りつけてしまった自分を反省しながら家に帰ったそうです。照れくさいのと叱った手前、愛そうのない「ありがとね」の一言に、お母さまは「どういたしまして」と  無理して言ってるでしょと言わんばかりに「ニヤリ」と笑ってたそうです。お母さまも嬉しかったのでしょうね。お互いに照れくさくて抵抗があるかもしれませんが、時々は感謝を言葉にすることも良いかもしれませんよ。母親というのは凄いんだなと思います。自分の年齢や娘の年齢なんておかまいなしで、心配だからと夜道を迎えに行くのです。そんな親子ですが、実は昔からあまり仲が良い方ではなく、いつも反発していたそうです。長い長い時間がかかったけど、今は一番良い関係かもしれないと話してくれました。ただ、世の中にはそんな親子関係ばかりではありませんので、一概には言えません。ひどいニュースを見る度に心が痛みます。親子だから慈しみあえるかというとそうもいかない場合もあります。親子関係は一生続きますから、もしも辛い思いをなさっている時は専門科の方に相談するなどしてみられるのもひとつの方法です。関係修復も大事ですが、どうか自分を一番に考えて傷つかないように守っていただけたらと思います。お読みいただきありがとうございます。今日
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母と娘の境界線

こんにちは心理カウンセラーのなぎです。ときどき、娘さんを卑下する言葉を発するお母さんがいます。隣で娘さんが嫌な顔をしたり、「やめて」と言っても気にせず話を続ける人もいます。お母さんは、謙遜して話しているようですが娘さんを傷つけていることにまったく気づいていません。それは、無意識に自分と娘が一心同体だと感じているからです。お母さんと娘さんは、別の人格だということを意識できない人もいます。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。いろいろなことが考えられますが、その一つに自分と娘さんを重ねている場合があります。お母さん自身が、出来なかったことや理想を娘さんに叶えてほしいと望んでしまう。そうすると2人の人間の境界線が曖昧になり、距離感が掴めなくなってしまいます。娘さんが、お母さんから離れるエネルギーがあれば問題がないのですが、離れられない場合は身体的・精神的に疲れてしまうかもしれません。
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連鎖②

翌日の朝、娘から昨日の一件について話をしてくれました娘の話・・・・洗濯物を片づけたのに、帰ってくるなり何もやっていないと怒鳴られた・言葉づかいが悪いと言われた・もっとお母さんの家事を手伝いなさいと言われた確かに母の思い込み、決めつけはありますがこれは「恐れからの愛」ですねこんな生活(春休みとはいえ、アニメを見てばかりいる)をしていて、4月からちゃんと学校へ通えるのだろうか? とできないという現実を想像して、そうなってほしくないから怒るその気持ち、分からなくはないですよでもそれだと得たい結果が得られない結局は相手を傷つけて、自己肯定感を下げるだけそれが母には分からないそこまで考えられないただ、傷つける ということが分からないだから私は自分のことを悪い人間だとずっと思ってきました悪い人間だと思うから、自分のことが嫌いでした価値がないと思ってきました自分のことを価値がないと思っていると、大事にできません自分のことがおざなりになりますそして、同時にそんな母を恨んできたのです根っこでは愛してもらいたかったんですけどね♡結局私は母の愛がほしいのだと腑に落ちたときそこから、少しずつ変われたような気がします結局好きなのだ、愛しているのだと何があっても、何を言われても、何をされてもそれでも自分が母を求めているということが分かったときは不思議でしたねでも、自分の本当に望んでいる気持ちと出会えたとき、答えをみつけたような気がしましたそれが真実だと本能で分かったんですね頭ではなく、ココロでということです感情のセンサーというのは、本能、つまり魂とつながっていると聞きました少しずつ感じられるように変わって
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親子

人の悩みのほとんどは人間関係ということですがわたしは人間関係のなかでも、家族関係がいちばんむずかしいと思っていますわたしの場合は特に母物心がついた時から距離を感じていましたいつも緊張していたそれはしょっちゅう怒られていたからかも注意ばかり母はしつけのつもりだったかもしれませんが、私にはわからなかったいつしか責められること、ダメ出しされることがあたり前でいつも「ちゃんとしなきゃ」と思っていた母への想いは複雑です今日は母との関係において過去世を感じてみましたわたしに特別な力はありませんが、やってみましたOリングで国や性別については確認し、その時にどんな感情だったのか感じてみましたそうしたら、はじめに腹の底から怒りがわいてきて何の怒りかと探ると・・・私の自由にさせてもらえなかった自由を奪われた理由は分からないが、縛られた自分の思うように生きられなかった何らかの制限をされたことに対する強い怒りもっと自由に生きたいのに生きられない怒りその時は母は父親で私は息子何らかの形で押さえつけられたなんとなくそう感じた許せないと思った今でも些細なことでカチンとなることがあるのは、そういうことかとそこにつながるのだと思っただから私はもう、手放せばいい今は自由今は自分の思うとおりにやれるやればいい母に怒りを感じる必要もないそして、その時代に本当は自由になりたかった私を認めて、自由にしてあげたらいいそして、事実は分からないけど、今もそうであるようにおそらく母はそれでも私のことを愛してはいる分かりづらいけど、たぶん恐れからの愛だけどそういう愛し方だけど、わたしを愛しているそれは分かるようになったわたしが期待
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