翌日の朝、娘から昨日の一件について話をしてくれました
娘の話・・・
・洗濯物を片づけたのに、帰ってくるなり何もやっていないと怒鳴られた
・言葉づかいが悪いと言われた
・もっとお母さんの家事を手伝いなさいと言われた
確かに母の思い込み、決めつけはありますが
これは「恐れからの愛」ですね
こんな生活(春休みとはいえ、アニメを見てばかりいる)をしていて、4月からちゃんと学校へ通えるのだろうか? と
できないという現実を想像して、そうなってほしくないから怒る
その気持ち、分からなくはないですよ
でもそれだと得たい結果が得られない
結局は相手を傷つけて、自己肯定感を下げるだけ
それが母には分からない
そこまで考えられない
ただ、傷つける ということが分からない
だから私は自分のことを悪い人間だとずっと思ってきました
悪い人間だと思うから、自分のことが嫌いでした
価値がないと思ってきました
自分のことを価値がないと思っていると、大事にできません
自分のことがおざなりになります
そして、同時にそんな母を恨んできたのです
根っこでは愛してもらいたかったんですけどね♡
結局私は母の愛がほしいのだと腑に落ちたとき
そこから、少しずつ変われたような気がします
結局好きなのだ、愛しているのだと
何があっても、何を言われても、何をされても
それでも自分が母を求めているということが分かったときは不思議でしたね
でも、自分の本当に望んでいる気持ちと出会えたとき、答えをみつけたような気がしました
それが真実だと本能で分かったんですね
頭ではなく、ココロでということです
感情のセンサーというのは、本能、つまり魂とつながっていると聞きました
少しずつ感じられるように変わってきたということです
初めは、わたしは母のこと、もう乗り越えてます
傷ついていませんと思ってきました
でも、そうではなかったのです
行動にうつして、やってみてそこに気づきました
勉強だけして、頭だけで考えていては、気づけないことでした
今日は眠いので、ここで失礼させていただきます
最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^-^*)