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「しんどい気持ちの置き場所、ありますか」

看護師さんって、忙しいのが当たり前、みたいになっているところがあるような気がします。もちろん、それは看護師さんだけじゃなくて、医療の現場全体に言えることかもしれないけれど。忙しさに慣れてしまって、それが「普通」になっていて、それでいいと思えるところもあるし、それがやりがいになっている部分も、きっとある。私たちの時代は、「患者さんにさせていただく」という教えの中で、気づいたこと、思ったことは、どんどんやっていく、動いていく、そんなふうに体も頭も使ってきた気がします。だから今でも、誰かのために動くことは自然にできる。目の前のことを一生懸命こなすこともできる。最近は「自分を大切に」とか「自分を優先に」とかよく聞くようになりました。頭では分かっている。そうしたほうがいい、ということも。でも、それがなかなか身体や心に落ちてこない。分かっているのに、できない。そこまでたどり着けない。そんな感覚を、抱えながら働いている看護師さんも多いんじゃないかな、と思います。だからこそ、しんどい気持ちをどうにかしようとしなくてもいい。無理に言葉にしなくてもいい。ただ、肩の力を抜いて、何も言わなくてもいいから、少し立ち止まれるところ。あったかくて、楽で、そのままでいられるところ。そういう場所があると、また頑張れるんじゃないかな、と思うんです。しんどい気持ちは、抱えたままじゃなくていい。一度、そっと置いてもいい。そんなふうに、力を抜きに来られる場所があってもいいよね、と思いながら、私は看護師さんを見ています。
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少し休みたい。でも、休む理由を探してしまう看護師さんへ

少し休みたい。でも、休む理由を探している自分に気づくことがある。看護師さんがなかなか休めないのには、ちゃんと理由がある気がします。看護師さんって、「座る」っていう感覚が、案外少ない仕事なのかもしれません。詰所に戻ってきても、なんとなく立ったまま。昔は申し送りも立って聞くのが普通で、記録だって立ったまま書いていました。立っていると、すぐに動ける。何かに気づいたら、すぐそこへ行ける。その状態が、いつの間にか当たり前になっていく。だからもしかしたら、「座る=少し休む」という感覚すら、身につける余裕がなかったのかもしれません。看護師さんは、よく走ります。忙しさの中で、走ることが普通になると、立ち止まっても、すぐに「休む」に切り替えられない。止まっているのに、気持ちは次に向かっている。身体は止まっているのに、頭は走り続けている。そんな状態が続いているのかもしれません。「休みたいのに、休めない」それは、意志が弱いからでも、甘えでもなくて、これまでの積み重ねが、身体と心に染み込んでいるだけ。だからまずは、無理に休もうとしなくていい。何かを話さなくてもいい。ただ、少し力を抜ける場所があること。そういう場所があるだけで、また一歩、前に進める日もあるんじゃないかな、そんなふうに思います。
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