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臨死体験

昨日、夜9時ごろから40度くらいの熱が出て布団の中に入って寝てしまい夢を見た。国鉄の田舎の終着駅のところからボンネットバスに乗りさらに山奥に進む。なんとパスモが使えた!客は私しかのっていなくて運転手さんが「お客さん、ここだよ!」とおろしてくれた。バスに乗った時は正午ごろだったのに降りるときは5分もしないのにもう夕方だった。一本道の階段を降りると、つり橋が渓流の上にかかっていてその前方がトンネルの一本道しかなかった。咄嗟にやばいと思った。これがあのうわさに聞く、古事記と続日本紀の「黄泉の国の入り口」に違いない。結構この呼んでくれた人は危ない人か。あっち側の人?そうするとこのつり橋の名前はわからないが、この渓流は三途の川か橋を渡るのにおカネが必要で橋の番人がいるはず…と思っていたら、ここでもパスモのタッチパネルだった。ああ、今ならだれも来ていないので引き返そう。渡ったら確実に昏睡状態が50日ほど続いてやがて死ぬ。戻ろう橋を渡ることもなく階段を引き返して、国道に出た。交通量は少ないが、あたりは昼に戻り駅に向かうバスが待っていた大声でバスを呼び止め乗車してパスモで決裁したこの時のためにいつも満額をチャージしておき、オートチャージの機能も搭載する。NISAでスペンドするよりも絶対良い。ちゃんと、ピピ。っとなった誰も載っていないバスだが安心感があった。これで、駅にかえれる。座席に座って、ため息をついた。そしたらめざめて、寝汗をかいていて、いろいろ取り替えた。朝の4時9分だった。いろいろ意味深い暗示を与えてくれる朝起きたら身体がすっきりしていてあちこちいたくないとってもすがすがしい俺は生き残
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自殺しても、終わらない・・・

夕飯後にマーガリンの入った黒糖パンを食べてしまうという、健康には非常に悪影響な行いを犯してしまった、クマ美です。マーガリンってさぁ・・・体に良くないと解ってはいるんだけどさぁ・・・美味いよね(;^_^Aさて、本日の本題で御座いますが( ˘ω˘ )【自殺】をテーマにさせて頂きます。重いテーマでは御座いますが、最後までお付き合い頂けましたら幸いです。私も過去に、自殺未遂を行った経験が御座います。まぁ、私の場合は死ねるわけのない、今となっちゃぁ笑える様な内容なのですがw気持ちは本気でした。死ねば楽になる。今の苦しい状況から解放される。消えて無くなることが出来る・・・。そう思って、死のうとしました。しかしです。どうやら人は死んでも、それで終わりとはならない様ですよ・・・。世の中には沢山の「臨死体験」というものが御座いまして、内容を照らし合わせると国境すらも越えて共通点があります。これだけ沢山の共通点がある、ということは、もしかしたら事実なのかもしれない・・・と思わざるを得ないわけです。例えば、●花畑の中に立っている●目の前を川が流れている●川の対岸で先祖や先に亡くなった友人・知人が手を振って「こっちに来るな!」と叫んでいる等々・・・これは、日本で言われる「三途の川」なのかもしれませんが、他国においても同じ景色を眺めた、という情報が沢山あるのです。ただ、これは自殺以外での臨死体験をされた方の場合のお話です。では、自殺の場合はどの様な景色が待っているのでしょうか?・・・景色など、存在しません。真っ暗闇で、音も無い・・・正に「無」です。ただ、その「無」の中で、しっかりと自分の存在だけは感じる
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今までで一番怖かった体験

私は今までに一度信じられないくらいの臨死体験に似たようなことを体験したことがある。交通事故でも病気でもなく、生身の人間に殺されかけたことだ。思い出すだけでも怖くて仕方ない。中学一年のこと。私はとある用事で地元から少し離れた雑貨屋さんに行った、目当てのものを買い店から離れ数分後、横腹に想像を絶する激痛が走った。その場に倒れ込んだ私はどうすることもできず、そのまま気を失った。目が覚めると、ドラマで見るような白いカーテンが見える病室のベットにいた。なんとか通りかかった人が救急車を呼んでくれたらしい。体にはとんでもないほどの包帯が巻かれていた。(誰かにナイフで刺された)そう医者が伝えた。私はその時状況を全く理解できず、もう一度気を失ったのを覚えている。それから傷は治り、早くも一ヶ月で退院できた。それより不思議だったことは自宅に帰っても両親の姿が見当たらないことだ。事件直後も家族からの連絡は一切なかった。当時中学1年だったため、携帯電話も持っていなかった。妙な気がしてままならない私は、おばあちゃんの家に向かい、事情を説明した。なんとおばあちゃんも連絡が取れないみたいだ。それから私はおばあちゃんの家で生活をした。悪さばかりしていた私は、もともと仲が悪かった両親のことなど1ミリも思っていなかった。一人でいることが普通になり、ぐだぐだながらも成長していった。あの日以来、両親の姿も見ていないし連絡も取れていない。あの事件の犯人も、未だ誰だかわかっていない。私は、生まれるべき存在ではなかったのだろうか。
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5歳の時の臨死体験

5歳の時、意識を飛ばすような怪我をしたことがあります。意識を飛ばしてる時の体験がとても不思議で、疑問に思うことも多いのでスピリチュアルに詳しい方で何か感じるものがある方は、是非教えて欲しいなと思って書き出しています。******************************意識がない時に感じた世界*私が自転車にちゃんと乗れるようになって間もない、5歳頃のことです。猛スピードで坂道をおりている時に背後の母を見ようとしてコントロールを失い自転車ごと転倒したらしいんですが…当時の私は、自転車から落ちたという認識が全くありませんでした。母に話しかけようとして振り向いたら景色が変わっていた。そういう感覚でした。私がいたのは、とにかく何もない場所です。真っ黒か真っ白かとかも覚えていないんですがとても静かだったと思います。自転車で走っていたのに、突然知らない場所にいてきょとんとした覚えがあります。不思議なことに、その場所にいる間に自分の姿があったという印象もありません。ただ、夢みたいな曖昧な感覚もないんです。意識はとても、はっきりしている。しばらくその場所にいて、すぐに飽きて5歳の私は「帰ろう」と思いました。その時に<もうしばらく、ここにいた方がいい>と伝えてくれる存在がいました。姿は見えません。でも伝えてくれるんです。<心配しなくてもいい。><安全だから、もう少しここで>そんな風なことを伝えてくれていたと思いますとても優しい空気感でした。でも、5歳の頃の私はとても意見をはっきり言う子どもで「なんで?だって、することないし。」という感じで、ずっと拒否をしていました。相手が何者かという疑問も
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死後の世界を否定してきた科学者が見た「天国」とは

注目すべきスピリチュアル本の第二弾です。 アメリカの脳神経外科医アレグザンダーは、細菌性髄膜炎に侵されて臨死体験を味わっていた。 まず、彼は気づくと地中のような世界にいたという。木の根のようなものが見え、上の世界を見ていたそうだ。    しかし、その上の扉が開かれると、彼は美しい田園の上を飛んで行った。草花が咲きみだれ、かぐわしい匂いに包まれた明るい場所で、そこは天国のような場所だった。 そして、このようなメッセージが聞こえてきたという。 「あなたは永遠に深く愛されています」 「恐れることは何もありません」 「あなたのすることは一つも間違いがありません」  そのメッセージを聞いたとき、アレグザンダーは深く慰められたという。  やがて、九死に一生を得て、復活したアレグザンダーは、臨死体験をしていた時の自分の脳のCTスキャンを見て愕然とする。そこにあったのは、ほぼ脳死状態にある自分の脳の画像だった。 脳死状態にある脳は夢、幻想さえ見ることが出来ないというのが現代医学の常識である。夢や幻想を見る機能さえそこなわれているのだから、そのようなものが見えるはずがないのだ。 そこで、この体験から脳神経外科医アレグザンダーは、脳は自ら精神活動を行う器官ではなく、異次元から情報を受け取る器官にすぎないのではないか、という説を唱えはじめるのだった。 この臨死体験を描いた書籍が「プルーフ・オブ・ヘブン」(天国の証明)で、発売されるや全米で200万部を突破してアマゾンでベストセラー1位を獲得する。 気になる方は一読をお勧めいたします。 https://coconala.com/services/983
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臨死体験:死と生の境界を超えて

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心臓が止まった日、私は宇宙の真理に触れた──臨死体験の記録  

このページを開いてくださったあなたへ。ここに書くのは、私が25歳のときに体験した、臨死体験の記録です。交通事故で心臓が止まり、肉体を離れ、宇宙の真理に触れ、そして戻ってきた。あれから十数年が経ちますが、当時の記憶は色褪せるどころか、今もありありと思い起こすことができます。実際にはもっと複雑で、言葉では掬いきれない感覚が何層にも折り重なっているのですが、ここではその概要だけを、できるだけわかりやすくお伝えします。意識を失ってから、大きく分けて 5つの段階 がありました。 第1段階|痛みの完全消失人は死の瞬間、まず何が起こるのか。多くの人は「激しい苦痛」や「恐怖」を想像するでしょう。けれど、私が最初に感じたのは──痛みの完全な消失でした。本当に、ゼロです。痛みに耐えていたはずの身体が、まるで大きな力に包まれるように静まり、スイッチを切ったようにすべての感覚が消えていく。その消失は恐怖ではなく、むしろ「ようやく力を抜けた」という深い安堵として訪れました。そして次の瞬間、気づいたのです。「あれ……まだ自分はある。」心臓も、呼吸も、脳の活動も止まっている。それなのに、意識だけははっきりと残り続けている。このとき理解しました。私たちは普段、「意識=脳」「自分=身体」と信じ込んで生きている。でも死の瞬間に起こることは、その真逆でした。身体が消えても、自分は消えない。この理解が、その後のすべての段階の鍵になります。死は終わりではなく、肉体という制限装置からの解放の始まりだったのです。 第2段階|身体という枠が外れる痛みが消えたあとに訪れたのは、まったく新しい種類の感覚でした。身体が軽くなる、と
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臨死体験で経験する10の出来事

 臨死体験の研究を行っている外国の機関がこれまでに集めた臨死体験者の発言を元に、臨死体験者の多くが経験するという共通した10の出来事をまとめているので紹介しよう。   1.圧倒的な愛に包まれる感覚 臨死体験者の69%が、圧倒的な愛の存在に包まれる感じがすると言っている。 2.死後の世界の人々との意識交信 65%の臨死体験者が、死後の世界で会った人たちとのコミュニケーションは、テレパシーで行ったと語っている。 3.人生を振り返る 62%の体験者が自分の人生を始めから終わりまで見たと報告している。 4.神を見る 体験者の56%が、出会った存在は神、もしくは神聖な存在だったと報告している。 5.とてつもない恍惚感 この体験は自分の体の中から感じるものだという。56%の人が体験している。 6.無限の知識 46%の臨死体験者が、自分が無限の知識の存在の中にいると感じたという。 7.死後の世界の階層 臨死体験者の報告によれば、死後の世界はひとつだけではないようだ。 8.ここに来るのは時期尚早だと言われる 死後の世界にいる者によって、やるべきことがまだ残っていると、地上へ戻れと言われることがある。9.未来を示される 未来のことを教えてもらえることがあるらしい。 10.光のトンネル 光のトンネルの通過は臨死体験者の42%が報告している。  いかがでしょうか。怖いと感じる体験はほとんどないことに安堵を覚えます。しかし、生前の人生を振り返らされるということは、悪人にとっては耐えがたいものになりそうですね。(カラパイアの翻訳記事を参考にしました) https://coconala.com/serv
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臨死体験とは

臨死体験(Near-Death Experience, NDE)は、心臓停止や臨床死状態、重病や事故による一時的な意識喪失後に経験される現象です。これらの体験は、しばしば自己の体外からの視点、光の存在、回想や感情の強化、幸福感などを報告することがあります。一般的な臨死体験は、次のような要素を持つことがあります。まず、外から自身の体を観察する体外離脱体験が報告されます。これは、自身が浮いていたり、天井から自身の体を見下ろすなど、身体から離れたような感覚を伴います。また、明るい光やトンネルの存在もよく報告されています。これは、ピースフルで安全な感覚を与えるもので、経験者に不思議な平和さや幸福感をもたらします。臨死体験では、自身の人生や過去の出来事の回想、過去の存在者との出会い、神秘的な知識の獲得、そして経験者が人生の目的や使命を理解するといった、個人的な変化やエピファニーも発生することがあります。これらの体験は科学的に説明されていないため、個人の信じ方や信仰に大きく依存しています。一部の科学者は、臨死体験は脳の一時的な機能の変化や生物学的要因によって引き起こされると考えていますが、まだ完全な科学的な解明はされていません。総括すると、臨死体験は自己の体外からの視点、光の存在、幸福感などを含む現象です。これらの体験は科学的には説明されていませんが、多くの人々がその経験を報告しており、個人の信じ方や信仰に依存して解釈されることが多いです。
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神の計画 5

神の計画によると、私たちがこの地球で生きている間にしてほしい事があるようです。 そして、それを実行すると運気は上昇し幸福に満ちた人生が送れるそうです😊 では、何をすればいいのか?・・・をお伝えしていきます。*ここで話す神とはキリストの事ではありません  神としてのみ存在している愛のような存在です* 第5回目にお伝えしたいのは『愛を与える』です。*****神の計画 5*****今、あなたは何を目標に生きていますか?自分の好きな仕事がしたい。次の試験やテストで良い結果を得たい。いついつまでにまとまった金額の貯金したい。どの目標も称賛に値する良い目標に見えますよね。ですが、神曰くどの目標も、ただ経験したくて思いついた「努力して、できるとこまで自分なりにやってみよう!」という感じの・・・成せば自分なりに満足できる経験です。はっきり言ってそれは神の計画ではありません。神が重視しているのは『愛のある行動』です。例えば、困っている人を助けたり、誰かが散らかし捨てたごみを拾ったり、捨て猫を拾って一生懸命育てたり、親孝行したり無償の愛で子育てしたり、こんな感じの行為を指しています。まさしくその行動にはありそうですよね『愛』が!!!自分の大きな目標を達成している人は、『愛』のある行動をしている人が多いです。大谷翔平さんもその一人だと思います。彼は自分の目標を確実に達成していっています。絵に描いたように難しそうな目標をどんどん達成していってます。人間として、彼を見ると、本当に素晴らしい!の一言です。そして、なにより彼は落ちているごみを拾う人なのです。これですね!彼の成功の秘訣は!成功の裏には『愛』あ
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幼い頃の臨死体験から目覚めた力

人にはそれぞれ、人生の大きな転機があります。私の場合、その一つは幼い頃の臨死体験でした。医療ミスで死にかけている私をあの世から連れ戻してくれたのはなんと、生きている祖母でした。普通というか、よく聞く話ではすでに亡くなっている家族などにまだここに来るのは早いから帰りなさい。みたいなことを言われて戻ってきた。そんな話が多いのではないでしょうか?今のようにリーディングをするようになって思い出したことですが生まれてくる前の約束で私が死にかけたとき、祖母が救ってくれることそのために祖母が持って生れてきた能力でもありました。ただし、約束を果たすか果たさないかはその人の選択肢によるのですから私は心から祖母に感謝しています。その経験の後、私は目に見えないものを感じ取る力を持つようになりました。目の前の人が抱える心の奥の問題や、本来の姿がはっきりと分かるようになったのです。しかし、その頃の私は、それが特別なことだとは思っていませんでした。ただ、何となく「人の心の奥底にあるものが見える」という感覚があるだけ。それを深く考えることもなく、日々を過ごしていました。もう一つの転機人生には、何をしてもうまくいかない時期があるものです。私にもそんな時期がありました。大切なものを失い、自暴自棄になり自分自身を見失っていたのです。何をしても報われない——そう思っていたある日、突然、雷が落ちたかのような衝撃を受けました。それと同時に、「いい加減にしなさい! もっと自分を大切にしなさい!」という声が聞こえたのです。それはまるで、私自身の声のようでした。何が起こったのか分からず、ただ混乱していました。しかし、しばらく
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人間の死の瞬間:不可解な旅路の終わり 

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死の恐怖から自由になるためのエッセンス

人間は生まれながら死に向かっている。 仏教の言葉「無常」です。私たちは常に変化して、死に向かって歩んでいます。 老いや病、やがて訪れる死に対して恐れや恐怖、そして絶望。 これは全てエゴ(自我意識)の声です。確かに、エゴの視点に立てば、死んだら終わり。だから怖い。 これは、「生」と「死」と分類して捉えている状態から来る恐怖。 個人的な臨死体験からの視点でこの「死の恐怖」を捉えると、 「生きること」と「死ぬこと」は、分類できない。それは、質の違いがあって、実際は、紛れもない「私」(※実際は「私」さえも無いのですが) 例えるならば、あなたが雨の一粒になって海の中に落ちる状態をイメージしてみてください。 空から降っている状態が「生」 大海に落ちた状態が「死」 空から降っている状態はエゴの視点であり、私たちがこの物質的な世界を肉体を持って、他の雨粒である他者と一緒に生活している状態。 海に落ちている状態は意識や源、本質、魂の視点であり、私たちが意識の世界を肉体を持たずにいる状態。全てと融合、統合していて、他者との区別も無く、時空さえも無い。痛み、病、老いなども一切ありません。空から落ちている時に認識していた他の雨粒も、この状態では一緒になっている状態。つまり、他者とさえも融合している状態です。ちなみに、蒸発することで、再び物質的な雨にもなれます。つまり、物資的世界、体は、大海(源、本質)から生み出されているということになります。 どちらも私たちが選択した結果であり、質の違いだけで、あなたはあなたです。 意識、本質の視点をエゴの視点と同時に持つ事が死への恐怖を乗り越える一つのキー。 肉体を
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ヴェールネクサス(物質と精神の間)へのアクセス(奇跡の手土産)はレイキが最善説。言葉や絵、現代の様々な媒体は「人の経験のリンク付けのタグ」

の続き。みげか(未来・現在・過去)の性格診断、ほれた(本能・霊・魂)の統合理論に対して、キーとなるが「ヴェールネクサス(VN)」と「臼井式レイキ」だ。図の左の青領域は人類が探求して承認された学問であり、右の灰色は生物が絶対にたどり着けない観測不可領域だ。これは物質(カントの現象界)と精神(カントの物質界)の二元論が分かりやすいと思う。哲学者カントが言い残した、現象界(観測可能)と物質界(観測不可)とは違う第三の領域は、ヴェールネクサス(体験者の未共有可能)だ。例えるなら、幻覚剤などの麻薬。ムショから出た中毒者から「どんな感じ?」と聞いたとしよう。「どん! ときてズーンとなってポポンって感じ」皆さんは共感、理解できるだろうか?同じ薬を一度でもやった人なら、個人差はあれどその感覚を思い出して感覚を共有できる。「あーわかる! へへん! どーん! ぎゅぎゅー! って感じ」( ゚Д゚) <何言ってるのかわからんぞ!未経験者(私たち)には、言葉通りで解釈しようとするが、体験者は言葉からたどり着く過去のお薬経験を思い出して共有できる。言葉や絵、現代の様々な媒体は「人の経験のリンク付けのタグ」だ。男性なら「金的直撃の言葉にならない絶望」を女性にどう伝える?女性なら「人生で一番重い日の言葉にならない絶望」を男性にどう伝える?自分は男に生まれたので、前者を聞いただけでたまひゅんして、「あー思い出しくねぇ」って真顔になってしまう。後者の辛さは、今世ではわからないし、比較しようがない。しかし20歳を超える女性なら後者に共感できるはずだし、前者は理解できないだろう。男女で理解しあうためには「お互いは体験
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臨死体験に現れる14の段階とは

 米国の著名な心理学者、ムーディ博士が臨死体験者150人の証言を聞いたところによると、臨死体験には14の段階があるという。  その14の段階とは下記である。 1、医師による自分の死の宣告が聞こえる。 2、これまで経験したことがないような穏やかで愉快な感覚に包まれる。 3、不思議な声が聞こえる。美しいメロディーが 聴こえる人もいる。 4、突然暗いトンネルの中に吸い込まれる。 5、魂が肉体から離脱し、外部から自分の身体を観察できるようになる。 6、懸命に自らの状況を他人に訴えるが、誰にも訴えは聞こえない。 7、時間の感覚が喪失する。 8、視覚や聴覚の感覚が非常に鋭敏になる。 9、強烈な孤独感に襲われる。 10、周囲に様々な人間(霊)が現れる。 11、「光の存在」(高次元の存在)と出会う。 12、自分の一生が走馬灯のように現れる。 13、何者かによって先に進むことを止められる。 14、蘇生する。  まず、「1、自分の死の宣告が聞こえる。」に関しては驚愕すべき話ですが、最近の研究では心臓が止まった後も、しばらくの間、脳は動いているので音が聞こえるという事実が判明しているようです。  次に「5、魂が肉体から離脱」ですが、このような状態になっても蘇生する場合は、魂と肉体はシルバーコードでつながれていると言われています。  また、「8、視覚や聴覚の感覚が非常に鋭敏になる。」に関しては肉体の視覚や聴覚が、霊体のそれに切り替わるので鋭敏になるというのが定説です。  最後に「12、自分の一生が走馬灯のように現れる。」は自分の立場からだけでなく他人目線からの走馬灯も現れるそうです。たとえば、生前誰か
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「生命倫理と死生学の現在⑭」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(5)「臨死(ニア・デス)体験」の物語るもの ②「臨死体験」「近似死体験」の「共通性」は「普遍性」を意味する 臨死体験の研究史~欧米では地質学者のアルベルト・ハイムが登山時の事故で自身が臨死体験(Near Death Experience)をしたことをきっかけに研究を行い、1892年に発表したことに始まります。1975年に医師のエリザベス・キューブラー・ロスと、医師で心理学者のレイモンド・ムーディが相次いで著書を出版したことで再び注目されるようになりました。 キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』は約200人の臨死患者に聞き取りし、まとめたもので、事例に関する統計や科学的アプローチが行われるようになりました。1977年にはジョン・オーデットを会長に臨死現象研究会が発足し、これは後に国際臨死体験研究会(IANDS)に発展し、国際会議が開かれています。1982年に行われたギャラップ調査では、当時のアメリカの臨死体験者の総数は数百万人に及んでいたと推測されています。 臨死体験のパターン~臨死体験には個人差がありますが、そこに以下のような共通パターンがあることが指摘されています。特に、比較的に文化圏の影響が少ないと考えられる子どもの臨死体験では、「体外離脱」「トンネル」「光」の3つの要素が見られ、大人よりもシンプルなものであると報告した研究もあります。 1、死の宣告が聞こえる  心臓の停止を医師が宣告したことが聞こえる。この段階では既に、病室を正確に描写できるなど意識が覚醒していることが多い。 2、心の安らぎと静けさ  言いようのない心の安堵感がする。 3、耳障りな音  ブーンというような音
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「生命倫理と死生学の現在⑮」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(5)「臨死(ニア・デス)体験」の物語るもの ③「死」が決定的意味を持つのは人間だけ 「たましいの現象は不思議なことや不可解なことに満ちていた。ユングはそれらを真剣に観察し記録していったが、多くのことに関しては発表してもおそらく理解して貰えないだろうと思い、公表を長くためらったものもある。公表した後も、彼は死の時まで自分の真に述べたいことは世の中に理解されなかった、ということを嘆いていたという。もちろん、このことは彼自身も自分の考えを不確かなままで発言しているので、表現が解りにくかったり、彼が自分の行っていることに対する方法論についてあいまいであったり、直観に頼って理論的な詰めをおろそかにしたりするという欠点のためもあったが、何しろ彼の考えが時代の流れをあまりにも先取りし過ぎていたためと言えるであろう。  彼がたましいの現象について見出した、もっとも大切なこととして、共時性(synchronicity)ということがあるであろう。これは端的に言えば、たましいの現象のなかには因果律によって把握できぬものがあること、それは「意味のある偶然の一致」と今まで呼ばれてきたように、継時的にではなく共時的に把握することのできるものであること、の指摘である。ユングはこの考えについて、まだ考えのまとまらないまま、その考えの一端をアインシュタインに話したら、アインシュタインは、それは極めて重要なことだから必ずその考えの発展を怠らないようにせよ、と言ったという。  人間のたましいに関する研究を通じて、心理療法の在り方が根本的に変わってきた。フロイトの考えによれば、治療者は明確な理論と技法によって、患者
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「生命倫理と死生学の現在⑬」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(5)「臨死(ニア・デス)体験」の物語るもの ①科学的研究の対象となった「死後の世界」 エマニュエル・スウェーデンボルグ~スウェーデン王国出身の科学者、神学者、思想家(1688 〜1772年)。前半生は鉱山技師、科学者で、化学、地質学、天文学、解剖学など、様々な分野で先駆的な業績を残しており、特に大脳皮質論の先駆性は高く評価されています。50代から幻視体験をするようになり、霊との会話や霊界探訪の記録を残していて、その多くが大英博物館に保管されています。代表的著作は『霊魂の王国』『天界の秘儀』『天界と地獄』『夢日記』などです。同時代人のカントをはじめ、後代に与えた影響は大きく、ヘレン・ケラーなどもスウェーデンボルグの教説によって霊的世界の実在を確信し、三重苦を超越する希望を見出したとされます。 「その夜、その同じ人(イエス・キリスト)が再び私に現われたのです。私は今度は恐れませんでした。彼は「私は主なる神、世界の創造主にして贖罪主である。人々に聖書の霊的内容を啓示するために汝を選んだ。この主題に関して何を書くべきかを汝に示そう」と語りました。そしてその夜、霊たちの世界や地獄および天界が、はっきりと私に開かれたのです。私はそこで、生涯のあらゆる場面で出会った多くの知人たちと再会しました。そしてその日以来、私は一切の世俗的な著述活動を放棄し、私の研究を霊的な事柄に捧げたのです。」(1745年4月にロンドンのホテルで起きた自らの召命について、スウェーデンボルグが友人の銀行家カール・ロブサームに語った言葉) 「古来、洋の東西を問わず、いわゆる霊界書と呼ばれる書物はいくつかあった。『エジプ
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臨死体験とカルマ

 カルマとは宿業であり、生まれる前から魂の位置を決められたものと記される。まあカネに例えれば、貯金のあるやつはいいところに行けて、タワマンに暮らせるといったところ、貯金のない奴は橋の下に暮らして缶ひろいということだろう。ところでここで言うカネは、我々のカネではなくて、徳が金に変わっていると書かれているので、徳を貯蓄しておくことだ。徳に関してはヴェーダ・仏典に書いてある。 この宿業によって、生まれた時の、出生が決まり、そして密教占星の出生の運命が振り分けられるということだ。実際、臨死体験をしたおじさんたち、いろいろな話を集大成したものから霊界は推定されているようだが、玉石混交で全体は見えないという話が多い。 臨死体験者は、三途の川や雲の上から突き落とされてこの世に戻ってきている、また、第二次大戦中、中国兵に囲まれ、最期だと覚悟して戻ってきた元将兵、田植えで転んで泥に顔を付けてもどっきた爺さんなど、たいてい霊界にすんなり入れない人が落とされて蘇っている。つまり霊界は高いところにあるイメージの源泉だ。 ところで霊能者は自分の境涯の霊界の穴しか通れない。行った先が最低レベルなら、最低な霊と交信してあちらの情報を聞いて、そんなものと思う。高次の霊界と通じるものは山から見下ろすように低次の者たちを見下ろしているが、しかし、全てではない。 霊能者の意見が異なってくるのは彼ら自身のそれぞれの境界により、感応して答える霊体が異なるためだ。 それが臨死体験では明らかになる。このおじさんはいつまでも戦場をさまよっているとか、いつまでもこぼした銭を数えさせられているとか、人々になじられ続けるとか、そん
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アヤワスカの日常に開放することは霊性への近道か? 薬物戦争か?

青井硝子さんの、雑草で酔うという本が麻薬幇助で逮捕された話アヤワスカの幻覚薬のドラッグから動画見つけて、なるほどなーと思ったので記事にした。とある人が「雑草で酔う」という本を出して、沖縄のアカシアの草をいろいろやってお茶にするとドラッグ的にDMTを抽出して飲むことができるとか。彼は実際に違法なぶつをを作って売ったわけではないのだが、本を買って読んだ人が中毒で入院したとかで本の著者を逮捕することになった。 「戦後の混乱の統制には、おくすりを禁止するしかなかった」と彼は語っていて、日本政府が薬に敏感すぎだろー! って愚痴のように聞こえた。 タイやアメリカでは、一部OKではっぱの成分を売ったりのビジネスが成立している。当然単価も高いので、質が悪いあぶないものも出回っている。 さて本題。 今後来る霊性ブームに対して「アヤワスカによる幻覚飲料」の話をSNS等で広めたほうが良いかどうか? である。 過去再現型の3割は霊性を信じない、魂のない(少ない)人である。 彼らは堅実で世渡り上手で努力家で、尊敬されやすく競争に勝ちやすい。それは、霊性や直感などの不確定要素をバッサリエネルギーを切って、競争に勝つことにオールインした魂性質であるため、下手に不純物を入れると壊れてしまう。 6割の現在共感型は、流行ならやるし、廃れたらポイするわかりやすい霊性。 1割の未来創造型は、好き放題研究をするのだが、一致すれば一気に伸びるしトップに立てる。医師が日本の未来のためにオランダでアヤワスカを体験した話。 自分は、霊性の体験は言葉や絵にした時点で次元が1つ下がるので、相手には「本人の体験」以外は理解できない
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