絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

10 件中 1 - 10 件表示
カバー画像

【高い基準で歩む目的】

日常的スピリチュアル、安田です。 今は高い基準で歩むことが 求められている時代なのですが 目的が明確になっていないと 歩み続けることができなくなります。 目的というのは 目指す方向が 決まっていることをいい 方向が決まっていれば 紆余曲折があったとしても 軌道修正ができるのです。 基準高く歩むというのは 常識を越えた歩みであるので 他の人、周りの人は その基準に合わせることは できないのです。 なので、必然的に 一人で歩むしかないのですが 一人で歩み続けるには 目的、方向性の明確さが 必要なのです。 なぜなら 目的が明確でないと ふと我に帰ると 何となく バカバカしく なってしまうからです。 そして、基準高く歩むには 自分次元の意識では 歩めなくなります。 より大きな目的意識でないと 基準高く歩み続けることが できなくなります。 高い基準で歩み続けるには 原動力が必要なのです。 より大きな視野で 大きな目的を持ち 大きなことを目指すことで 原動力が強くなるのです。 私たちの歩みというのは 個体目的になるのですが 個体目的は全体目的に 連結されています。 どんな歩みであったとしても 全体目的に連結されているので 全体目的の意識が必要なのです。 より大きな目的というと 漠然としてしまうのですが 漠然としたことであれば プレッシャーを感じないで 歩むことができるのです。 現実的な歩みは ごく小さなことしか できないのですが そのごく小さなことが 全てに連結されていることを 信じていくことで 自分の歩みを 価値視することができます。 歩む基準というのは 最善を尽くしていけば おのずと上
0
カバー画像

【心霊基準が高い人の願い方】

日常的スピリチュアル、安田です。 心霊基準が上がっていくと 自分次元の小さな目的から 願うことができなくなります。 心霊基準とより大きな目的が 一致していくので 大きな目的から 願うようになるのです。 時代の恩恵によって 心霊基準が上がっていますが 自分の心霊基準を上げる 自己責任もあります。 心霊基準は 地道な努力を続けながら より大きな目的を 意識することで 上げることができます。 意識は 一日一回一瞬でいいのです。 常に意識ができなくてもいいので 毎日、一瞬の意識を高くしていくことで 心霊基準を上げる習慣を 身につけることができます。 私たちの無意識は 視野が狭くて低いのです。 なので、意図的に 広い意識と高い意識が 必要なのです。 そして 広い意識、高い意識が できるような学びが 必要なのです。 無駄な情報を入れないで 意識が高くなる情報を 選んでいくことで 高い意識を 保ちやすくなるのです。 心霊基準は情報の質の 影響が大きいのです。 心霊基準が上がる 学びばかりをしていれば おのずと心霊基準を 上げることができるのです。 時代の恩恵が大きくても その時代に合わせていかなければ 恩恵を感じることはできないのです。 心霊基準が上がる時代というのは 過去の時代が整理されていくので 過去の時代の延長線上では 歩めなくなってしまうのです。 否応なしに 新しい時代に 合わせるしかないので 過去の時代を 引きずっている人は 苦しくなってしまうのです。 過去の時代は 自分次元のことだけを 願っていても良かったのですが 今の時代は より大きな目的から 願っていかないと 時代の波動に
0
カバー画像

【志を大きくすることで原動力が強化される】

日常的スピリチュアル、安田です。 志を大きくするというのは 目指すことを大きくすることであり 目指すことが大きければ 歩む原動力が強化されます。 自分次元の意識では 自分次元の原動力しか 出て来ないのです。 自分次元では 視野が狭くなってしまい 歩む原動力が弱くなります。 志というのは 限りなく大きくすることができ 大きな志によって 基準高く歩むことができるのです。 とくに今の時代には 大きな志が必要なのです。 目指すことがないと 歩むことができなくなり 努力することができなくなります。 私たちの歩みは 基本的には同じようなことの 繰り返しになるのですが 常に新鮮に歩むためには 目指すことが必要なのです。 志というのは いつ実現できるか 分からないくらいの 漠然としたことでいいのです。 より大きなことを 目指していくことで 今の基準の不足さを 感じることができ より高い基準を 目指すことができるのです。 今の成熟時代は 目指すことがないと 歩む原動力が出てこないのです。 いくらでも無難に歩めるし 無難に歩むことで 精神的に病んでしまうこともあります。 目指すことがあれば 紆余曲折があったとしても 向かう方向を正すことができるのです。 どんなに大きな志を持っていても 現実の歩みは大したことはできないのですが 目指している方向が明確になっていれば 全体目的と個体目的の一致が感じられます。 志というのは 大きな視野からの意識なので 全体目的なのです。 全体目的と個体目的は 一致しているのですが 全体目的を意識しなければ 一致していることを 感じることはできないのです。 個体目的という
0
カバー画像

【スピリチュアルの視点からの歩み】

日常的スピリチュアル、安田です。 スピリチュアルの視点から見ることで 様々な視点から見ることができ 主体的に、能動的に歩むことができます。 視点を上げていくことで 大きな視点で把握することができ 気づきや悟りを得ることができるのです。 現実的には 目の前のことしか 見えないのですが 意識的、意図的に 視点を上げることで 見えない境地の 把握ができるのです。 今の時代は 視点を変えることが 求められています。 今までの延長線上の 視点ではなく より高い視点から 見ていくことが 求められているのです。 スピリチュアルの視点というのは 全てが含まれている視点なので 限りなく視野を広げることができ その中で、自分の使命を 悟ることができるのです。 使命を悟ることで 主体的、能動的に 歩むことができます。 使命というのは 全体目的の中から 与えられることなのです。 全体目的が分からなければ 使命を悟ることはできないのです。 いずれ、全体目的は 明確になっていくのですが 全体目的とは、本来の基準であり 究極の理想なのです。 時代の流れが どこに向かっているのかを 明確に知ることで 全体目的が悟れるのです。 スピリチュアルの時代というのは ごく最近始まったことではなく 人類の最初から始まっていたのです。 人が無知に陥ることで 霊的に鈍感になり スピリチュアルを信じるか 信じないかという次元に なってしまったのです。 霊的世界が全くなければ この世での歩みは 全て無駄になるのです。 霊的世界があるという 前提で歩まなければ 全てが空しいことに なってしまうのです。 使命というのは この世での使
0
カバー画像

【調整されていることを信じる】

日常的スピリチュアル、安田です。 何をやっても どうにもできない時期は 調整されているのです。 調整というのは バランスが保たれているので 身動きが取れなくなることがあります。 運勢が強い人は 調整されることがあります。 なぜなら 調整されないと 危険だからです。 いくら運勢が強くても 努力をした分しか 実らないようになっているのです。 現実的な感覚は 最大の努力をしても 最小の実りしかないような 感覚なのですが 調整されているので 実りが感じられないのです。 運勢の強さというのは 一方的に与えられたことなので 自慢することはできません。 逆に、運勢の弱さも 与えられたことなので 落ち込む必要はないのです。 実際、運勢が強い 弱いというのは 何の目安も 基準もないので 計りようがないのです。 なので めでたく勝手に 解釈をして 「自分は運勢が強い」ということを 漠然と信じていればいいのです。 大抵の人は 表面的なことでしか 判断しないのですが 運勢の強さというのは 表面的なことだけでは 判断しようがないのです。 運勢の強さは 一方的に与えられたことなので 全体目的のために 使われることがあります。 例えば 10人のチームがあるとして 同じように歩んでいても 2人は大きな結果を出し 6人はそこそこの結果を出し 残りの2人は結果が出せない ということがあります。 皆が皆、同じように歩んでいても 同じような結果が出せないのです。 これは一つの法則なのですが この法則を「2対6対2の法則」 といいます。 表面的な結果だけで見たら 先の2人は運勢が良くて 中間の6人はそこそこの運勢で 残
0
カバー画像

【主体的に歩むことで運の流れがつくれる】

日常的スピリチュアル、安田です。 主体的に歩めるようになれば 自分のペースで歩むことができ 運の流れをつくることができます。 運の流れというのは 単に良いことが起こるという 小さな次元のことではなく より大きな目的に貢献する 運の流れができるということです。 運の良さというのは 何かの願いが叶うとか 自分にとって都合が良いことが 起こるということではありません。 表面的なことだけで 運の良し悪しを 判断してしまうと 運勢の本質を 見失ってしまうのです。 運勢の本質というのは 本来の基準から見ることで 分かるようになります。 本来の基準では 運勢の良し悪しはなく 良いだけなのです。 良し悪しというのは 私たちが勝手に判断して 勝手に決めたことなのです。 現実的に 開拓、建設する使命がある人は 結果を出すことができるのですが 穴埋めをする使命がある人は 結果が出せないことがあります。 表面的に見ると 結果が出せている人に 注目してしまうのですが 結果が出せていない人の 使命の全うによって 結果が出せているのです。 与えられた使命というのは 自分で選ぶことができないのです。 誰でも建設する歩みを 願うのですが 否応なしに 穴埋めをする使命が 与えられる人もいます。 穴埋めをする使命が 与えられる人は 逆に言えば、運勢が強いのです。 穴埋めの歩みというのは ひたすら忍耐するような 歩みになっていくので 運勢が強くないと 耐えることができないのです。 大抵の人は 結果を出している人にしか 注目をしないので ひたすら穴埋めをしていても 誰からも見向きもされないのです。 ただ、宇宙の法則 原
0
カバー画像

【理想と現実の統一】

日常的スピリチュアル、安田です。 理想と現実を 分けて考えてしまうと 苦しくなります。 なぜなら、理想と現実は 常にギャップがあるので 矛盾を感じるからです。 理想と現実を統一するというのは 「理想を目指しながら  現実に最善を尽くす」 ということです。 理屈的には 何となく理解ができますが 私たちの思考は どちらかに偏りやすいのです。 理想と現実が つながっていかないので 理想と現実を 割り切ってしまうこともあるのです。 理想と現実というのは 全体目的と個体目的でもあるのです。 理想というのは より大きな目的のために 歩むことであり 現実の歩みというのは 目の前の歩みのことをいいます。 全体目的と個体目的は 連結されているのです。 個体目的を全うすることで 全体目的に連結されるのです。 私たちの現実の歩みは ごく小さなことしか できないのですが 全てにつながっているのです。 なので、理想と現実は 連結されているということです。 目の前の小さなことに 最善を尽くしていくことで 理想の実現に貢献ができるのです。 理想を目指すというのは より大きな目的に 貢献するということです。 自分次元の理想を 目指していくのではなく より大きな次元での 理想を目指していくことで 理想と現実の統一が 自然にできるのです。 時代の恩恵によって 究極の理想を目指せるようになり より大きな目的に 貢献できる時代になりました。 究極の理想というのは 本来の基準であり 本来あるべき姿から見た 基準のことをいいます。 本来の基準を目指すためには より大きな目的意識が必要なのです。 自分次元の意識では 本来の
0
カバー画像

【みんなと同じであってはいけない時代】

日常的スピリチュアル、安田です。 個性の違いというのは 全ての人は 唯一無二の存在であるので 同じであることは あり得ないということです。 みんなと同じであろうとするのは 不自然なことなのですが その不自然なことを 目指してしまったのです。 誰かになろうとしたり なろうと目指すことは できないようになっているのに 目指そうとしてしまうことで 心理的なバランスが崩れ 歪みが生じてしまうのです。 みんなと違うことを目指すことが 本来の基準で歩むことであり 本来の基準を目指す歩みが できるようになります。 過去の時代は 個性発揮がしにくい 環境であったのですが 今の時代の環境は 個性発揮ができるように 整っています。 今の時代の環境を活かすか 活かさないかは 一人ひとりの自己責任であり 環境を活かしていくことで 与えられた使命を 全うすることができます。 ただ、環境を活かすには 高い基準での努力が 必要なのです。 今の時代の環境に 合わせるというのは 実際、簡単ではありません。 次々に新しいことが 開発されているので その新しさに慣れていくのが 簡単ではないのです。 ですが、この変化は より加速されていくので 全てのことに対応することは できなかったとしても 変化に対しての 柔軟さは必要なのです。 私たちに与えられている環境は 成長するために与えられている環境であり 個性を発揮するために 与えられている環境なのです。 環境をどう活かしていくかは 一人ひとりで悟るしかないのですが 活かすことを意識していくことで 悟ることができます。 現実的に環境というのは 極端に変えることはできないの
0
カバー画像

【必要なことは、後にならないと分からない】

日常的スピリチュアル、安田です。 全ての環境、状況というのは 導かれることによって 経験、体験していることなのです。 意図的に選んで 決めたことでも 導かれなければ 経験、体験はできません。 そして、導かれたこと 与えられたことは 必要なことなのです。 私たちの願いは 居心地が良いことだけを 体験したいのですが 現実は居心地が悪いこと 感じたくない感情を 体験することがあります。 どんな体験であったとしても 必要なことが与えられているのですが 自分の基準で良いか 悪いかを決めてしまうのです。 必要なことと悟れるのは 後にならないと悟れないのです。 全てが与えられていることを 理屈的には納得できても 感情的に納得できないので その場では悟ることができないのです。 私たちに与えられていることは 全体目的のために 与えられていることなのです。 その全体目的の中の 使命が与えられています。 その使命には 建設する使命が 与えられる人もいれば 穴埋めのような使命が 与えられる人もいます。 誰でも建設の使命だけを 与えられたいのですが 穴埋めの使命が 与えられる人がいるのです。 表面的に見たら 納得がいかないのですが 使命というのは 与えられることであるので 選ぶことができないのです。 穴埋めの使命が 与えられる人は 運勢が強いのです。 運勢が強いので 穴埋めをすることで バランスが保たれています。 運勢の強さというのは 自分で勝手に強くできたのではないので やはり与えられたことなのです。 運勢というのは 表面的に何かを 成したから良い 強いということではありません。 波乱万丈の歩みをしな
0
カバー画像

【自己確立することで、利他的に生きれる】

安田です。  自己確立をしていく目的は 利他的に歩み、生きるためなのです。 利他的に歩む 生きるというのは より大きな目的のために 歩むことであり 生きることなのです。 自己確立も より大きな目的のために 確立していくことで 確立しやすくなるのです。 全体目的と個体目的は つながっているのです。 自己確立のための 自己確立では 全体目的に連結されないので 何のための歩んでいるのかを 見失ってしまうのです。 私たちが成長するためには より大きな目的意識が 必要なのです。 単に成長することを 願っていても 目的意識がなければ 成長し続けることが できなくなります。 学ぶことにしても 実行するにしても 何のために学び 実行しているのかの 目的意識が必要なのです。 目的意識が明確になっていると 挫折することができなくなります。 自己確立をしていけば 結果的に利他的に歩むことができ 生きることができるのです。 なぜなら どんな分野のことでも 全てが全体目的と 連結されているからです。 自己確立というのは 暇と孤独の中で 一人でも歩める力を 身につけることをいいます。 他の人、周りの人が どうであっても 一人でも学び 一人でも実行することで 自己確立が成されていきます。 多くの人は みんなと同じことを学び 実行するということに 慣れてしまっているのですが 人それぞれで 必要なことが違うので 自分に必要なことを学び 実行することで 自己確立が 成されていくのです。 これから多極化の時代が 始まっていきます。 多極化されていくことで より個人の
0
10 件中 1 - 10