ここまで読んでくださった方へ__場面緘黙症という言葉⑥

記事
コラム
”場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)”
という名称があります。

家などのリラックスできる場所では話せるのに、
幼稚園や学校、職場など、
特定の社会的な場面になると、
声が出なくなってしまう状態のことを指します。

それは決して、
「内気な性格」や「人見知り」ではありません。

強い不安によって脳がフリーズし、
体がすくんでしまう
「不安障害」の一種とされています。

私が幼稚園で話せなかったのも、
これがあったのかもしれません。

もしかしたら、
同じような経験をしてきた方も、
いるのではないでしょうか。

「こうゆう名前がある」と知るだけで、
少し心が軽くなる方もいます。

ーご感想を教えてくださった、ご相談者さまへー

一昨日と昨日、

相談を頂いた最後に、
「ブログ、読んでいます」

と、別々の方が、電話口で伝えてくださいました。

直接、声で感想を聞けたこと。
凄く嬉しかったです。

正直、
重く暗い内容のブログを読んだと伝えるのは
勇気がいることだと思います。

掛ける言葉にも迷いますよね。

それでも伝えてくださったことに、
心から感動しました。

「書いていてよかった」と、
本気で思えました。

本当にありがとうございます。

このブログを書くことには、
私なりの意味があります。

その理由も、少しお伝えしました。

こうして受け取ってくださる方がいることが、
何より励みです。

このブログを読んで、
ご自身の過去と重ねたり、
似た経験を思い出したりする方も
いるかもしれません。

もし何か、

私にできることがあれば。

お話を聞けることがあれば。

そう思っています。

相談を聞く側として、

表面だけ合わせることも、
その場しのぎの言葉を選ぶことも、
きっと簡単です。

心理学的な答えや、
マニュアル的な正解もあります。

それが必要な時もあります。

でも、
経験からくる言葉は、
経験した人にしか出ません。

私が誰かに相談するなら、
経験者で、
「わかろうとしてくれる人」に
話したい。

だから私は、
そんな人でありたいと思いながら
お話を聞いています。

「この人の気持ちを、誰が救えるのだろう」

そう感じることも、正直あります。

自分の理想を押し付けるのは簡単。
でも、それだけでは解決しない。

完璧な正解はありません。

だからこそ、
ちゃんと考えたい。

ブログを書くことは、
今の自分の成長にもつながっています。

そして、
これからのやりたいことにも、
つながっていく。

だから書いています。

疲れたら休みます。
書きたくなったら、また書きます。

あまりに重い内容は伏せたりしながら、
読みたい方だけに、届けばいい。

そう思っています。

いつも本当にありがとうございます。
心から、感謝しています🌸

mito


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