絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

16 件中 1 - 16 件表示
カバー画像

場面かん黙ものがたり~私の場合③~

幸い、家には遊びに来る友達(なぜか皆、年下)かくれんぼだの、鬼ごっこだの、古き良き時代の遊びをして過ごしていました。でも、学校では喋れず、いじめられていました。そんなこんなの小学校5年生。やらかしてしましました。場面かん黙の子は、目立つのが嫌なんです。だから、授業中トイレに行きたくなっても我慢しています。「トイレに行きたい」と言えない、というのももちろんありますが。そして、あの日。トイレに行きたくなったけど、必死で我慢していました。が、授業が終わって立ち上がった瞬間、漏らしてしまいました。ちっちゃい方。それがきっかけで、学校に児童相談所の方が来て、発達検査などを受けました。結果、知能などには問題なし。そういうわけで、それまで通りの日常を過ごしていました。でも、私自身はとても苦しかったです。「こんな恥ずかしいこと、一生誰にも話せない」「こんな変わった子、世界中で私しかおらへんわ」「なんでこんな子になっちゃったのだろう」タイムマシンがあったら、「ひとりだけじゃないよ」と伝えたいです、あの頃の私に。✼••┈┈┈┈••✼••今でも気付かれることの少ない場面緘黙症。早めに気付いて、その子に合わせたケアをしてあげることは大切です。「もしかして場面緘黙?」「このままで大丈夫?」専門家ではありませんができる範囲で相談に応じます。男性との雑談が苦手なので、「女性限定」としてますが、男性からのお悩みも受け付けます。
0
カバー画像

場面緘黙ものがたり~私の場合②~

さて、場面緘黙。学校とかでは全く喋れない、という子がほとんどなのですが。私の場合は、ちょっと特殊だと思います。ただ、私は、「勉強が好き」(小学生時代はね)だったので、授業中、先生に指されたら答えることができました。それだけでなく、「全校生徒の前で、壇上に上がって一人、国語の教科書を読む」ということもできました。「自分らしさ」を表現する場だったのかなぁ。でも、それ以外の場面では喋ることができない。「家で喋ってたやろ、喋れるんやろ、喋れよ」「『あ』って言ってみて」と周りから詰められても無理です。というか、こう言われることが、本当にキツいと場面緘黙の子は言います。私の場合は、「挨拶もできないなんて…」とほかの子の保護者から言われることや「親のせい」と言われることもキツかったです。他の保護者が、私のことをどう思っているかは、他の子の口から自然に伝わってくるんですよね。-続く-場面緘黙に関する質問、お悩み、できる範囲でお答えします。
0
カバー画像

家族のこと_深夜、裸足で外へ出されて①

幼稚園の頃、私はほとんど喋らない子どもでした。 喋り方が、分からなかった。 何を話せばいいのかも、分からなかった。 自分から誰かに、話しかけた記憶はありません。 話しかけられても、小さな声で短く返すだけ。 当然、友達もできませんでした。両親は共働きで、 家にいる時間はほとんどなく、 その代わり、祖父母が毎日のように家に来て、 家事と、私の世話をしてくれていました。 参観日も、遠足も、運動会も、 そばにいたのは祖父母でした。 幼い頃の記憶に、 両親の姿はほとんど残っていません。 当時は残業が当たり前の時代。 両親は朝早く出て、夜遅く帰る。 私が起きている時間に、 顔を合わせることはほとんどありませんでした。「家族で過ごした時間」そう呼べる記憶は、ほぼありません。 唯一、家族が揃う日曜日。 それは安らぎの日ではなく、私にとっては緊張の日でした。 働きづくめで疲れ切った両親は、 昼過ぎまで起きず、家事もされないまま、 祖父母が来ない日の家は、 すぐに荒れていきました。 そして、 些細なことで手が飛んでくる日でもありました。 その頃から、 私は「大人は怖い」と感じるようになります。 両親とは話さず、友達もいない。祖父母も多くを語る人ではありませんでした。 言葉を使う機会そのものが、 私には、ほとんどなかったのだと思います。 両親は2人とも真面目で、教育熱心な人間でした。 幼稚園の頃から塾やピアノなど。 休みの日は、家でも両親から、厳しく指導されていました。「期待」されていたのだと思います。でも、うまくできていないと、 頭や顔を何度も何度も 叩かれることがよくありました。 顔は真っ赤、鼻
0
カバー画像

ここまで読んでくださった方へ__場面緘黙症という言葉⑥

”場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)”という名称があります。家などのリラックスできる場所では話せるのに、 幼稚園や学校、職場など、 特定の社会的な場面になると、 声が出なくなってしまう状態のことを指します。 それは決して、 「内気な性格」や「人見知り」ではありません。強い不安によって脳がフリーズし、 体がすくんでしまう 「不安障害」の一種とされています。私が幼稚園で話せなかったのも、これがあったのかもしれません。もしかしたら、同じような経験をしてきた方も、いるのではないでしょうか。「こうゆう名前がある」と知るだけで、少し心が軽くなる方もいます。ーご感想を教えてくださった、ご相談者さまへー一昨日と昨日、相談を頂いた最後に、「ブログ、読んでいます」と、別々の方が、電話口で伝えてくださいました。直接、声で感想を聞けたこと。凄く嬉しかったです。正直、重く暗い内容のブログを読んだと伝えるのは勇気がいることだと思います。掛ける言葉にも迷いますよね。それでも伝えてくださったことに、心から感動しました。「書いていてよかった」と、本気で思えました。本当にありがとうございます。このブログを書くことには、私なりの意味があります。その理由も、少しお伝えしました。こうして受け取ってくださる方がいることが、何より励みです。このブログを読んで、ご自身の過去と重ねたり、似た経験を思い出したりする方もいるかもしれません。もし何か、私にできることがあれば。お話を聞けることがあれば。そう思っています。相談を聞く側として、表面だけ合わせることも、その場しのぎの言葉を選ぶことも、きっと簡単です。心理学的な答えや、マニュ
0
カバー画像

私に期待していた両親が、涙した日⑤

幼稚園を卒業し、小学校に入学する前の春休み。私は、穏やかな日々を過ごしていました。もう幼稚園に行かなくていい。誰にも虐められない。それだけで、私の世界はとても静かで、平和でした。ところが、ある日の日曜日。自宅に一本の電話がかかってきました。電話はリビングにあり、私は電話のすぐ近くにいました。電話に出た母が、「ええっ・・・・!!」と、驚いた声を出し、その直後に聞こえてきた、すすり泣き。なんだか聞いてはいけない気がして、私は廊下に出て、息を潜めました。電話の相手は、あの幼稚園の担任でした。母は泣きながら、リビングにいた父に、電話の内容を話していました。私は、ただならぬ予感がして、その場から逃げるように、自分の部屋に閉じこもりました。「私のせいで、お母さんが泣いている。」「親に迷惑を掛けてしまったかもしれない」「また、怒られる」それしか、頭にありませんでした。しばらくして、目を真っ赤にした母が、私の部屋に来ました。そして、母はこう言いました__・娘さんは、幼稚園で一言も喋れなかった事 ・原因は、障害かもしれない ・普通の小学校に通えるか心配 ・一度、病院で診てもらった方がいい ・「私自身も、とても苦労しました」と、電話口で担任が泣いていた という内容でした。 電話の内容は、 今でもはっきりと覚えています。 その話を聞いている間、私は、恥ずかしくて悔しくて、何も言えず、ただ下を向いて聞いていました。でも私は、幼稚園で、”話せなかった”のではありません。幼稚園で、”喋らなかった”だけです。当時は今より、障害への理解が薄い時代。世間体を気にして、私に期待していた真面目な両親にとって、それは
0
カバー画像

虹色の蟹⑬

二年生になり、気がつくと、あれほど続いていたいじめは、いつの間にか、なくなっていました。そして私自身の、あの頃の異様な行動も、いつの間にか、なくなっていました。きっと、いじめをしていた子どもたちも、異様な行動をしなくなった私に、飽きてしまったのだと思います。もちろん、あの出来事を忘れたわけではありません。心のどこかには、ずっと残っていました。そして表面上は静かな学校生活が、また始まりました。そんなある日、思いがけない出来事が起こりました。私が図工の時間に描いた「虹色の蟹」の絵が、学校の中で表彰されたのです。そしてその絵が学校の廊下に、飾られることになりました。自分が描いた絵が、みんなが通る場所に飾られている。それは、私にとって初めての経験でした。嬉しくてたまらなくて、特に用事があるわけでもないのに、何度もその廊下へ行きました。そして、誰にも気づかれないように、そっと、自分の絵を見上げていました。「私が描いた絵・・・」そんなふうに思いながら、少し離れたところから、何度もチラチラと眺めたりもしていたのです。目立たないように、静かに過ごしていた二年生の生活。その中で、この出来事は、私の心に小さな光を灯してくれました。そして、このあと__私の人生を少し変えることになる、ある出会いが訪れます。mito
0
カバー画像

幼稚園の卒業アルバムを黒く塗り潰した日④

年長さん。卒園の頃。幼稚園の卒業アルバムが、卒園式の前日、みんなに配られました。でも、私にとっての卒業アルバムは、どうでもいいものでした。きっと、みんなは家に帰って、「見て見て」と親に見せたのだと思います。でも、私は違いました。アルバムを持って帰った日、両親に見つからないように、自分の部屋の、机の引き出しの一番下の奥に、そっと隠しました。アルバムを、見られたくなかったのです。暗い表情の自分が、たくさん写っている写真ばかり__両親に見られて、幼稚園で先生やみんなに、虐められていることがバレそうで、そしてきっと、「お前が悪い」と怒られる。そう言われる気がして、どうしても見せられませんでした。両親は忙しく、私のことも、卒業アルバムのことも、何も聞いてきませんでした。アルバムの中には、私を無視して避けていた同級生たち。そして、一番見たくない担任の先生の顔。それが、ずらりと並んでいて、ページを開くたび、胸がぎゅっと苦しくなりました。アルバムは、思い出の記録ではなく、幼稚園時代の傷を、一つずつ並べたものにしか見えませんでした。気づくと私は、黒いマジックを握りしめ、みんなの顔も、先生の顔も、次々に黒く塗りつぶしていました。気づけば、アルバム全体は、真っ黒。自分の顔まで、黒く塗りつぶされていました。なぜ、自分の顔まで塗りつぶしてしまったのか__それは、自分の顔も、存在も、「気持ち悪い」と思っていたからです。どんな心境だったのかは、幼すぎて、今となっては分かりません。ただ、幼稚園時代をなかったことにしたかった。見てしまえば、あの時のことを思い出して、また傷つく。そう思っていたのかもしれません。幼
0
カバー画像

息子が生まれて変わった価値観

20年ほど前、NHKで「ちゅらさん」というドラマが放映されていた 沖縄を舞台にしたストーリーだ 人気のあったドラマなので覚えている方も多いと思う当時20代だった僕は、仕事に行く前に毎日かかさず視聴していた このドラマはヒロインの成長を中心に、笑いあり、人情劇ありと、とにかく明るく楽しめる内容だった その中で、ひとつだけ疑問に思ったヒロインの行動があった それは、ヒロインが4歳の息子に対してとった行動だった その息子が、ふとしたことで知らない人から心ない扱いをされてしまうのだが、それをきっかけに心に不安をもつようになってしまう おそらく場面緘黙の症状だろう 知らない人を見ると話せなくなってしまったのだ 親や知っている人との会話は問題なくできるので、周りの大人は気づかなかったが、ヒロインは、その変化を敏感に感じ取る。 そして息子を連れ病院で診察を受けた 医師は、「息子さんは成長と共に話せるようになってくるでしょう」みたいな診断をする当時の僕は、「そんなに深刻な状態じゃないなら、普通に息子が成長するのを見守っていけばいいんじゃないの」と、シンプルに思った しかしヒロインは想定外の行動にでる 都会での仕事を辞め、息子と2人で実家の島へ一時帰省する、その島で息子を療養して少しでも早く障害を克服させたい、との思いでだ 当時の僕は、「なんでそこまでするの?通常の生活をしながら息子の成長を見守っていけばいいじゃん」と、テレビに向かって意見したくなった あれから20年以上が経ち、小学生の息子をもつ現在 ちゅらさんのヒロインが、息子を島で療養させたいと突っ走った気持ちが痛いほど分かるようになった(
0
カバー画像

緘黙(かんもく)とは?

 「…」 「……」 これは無言や詰まりを表す、「リーダー」という文章記号です。 字幕などでも見かけると思います。というよりも、もう無言と言えばこれとおなじみですね。 さてこれが、学校や会社という集団生活で見かけたらどうでしょうか? そして、この無言は「話したくても話せない」という一種の'ジレンマ'ならどうでしょうか? それが、「緘黙症(かんもくしょう)」なのです。 「緘黙症(かんもくしょう)」も「広い意味での発達障がい」の一種ですが、残念ながらまだ研究が進んでおらず、「発達障害者支援法」の対象から外れています。 「緘黙症(かんもくしょう)」には「全緘黙症」と「場面緘黙症」の2種類あります。【全緘黙症】 「全ての状況で言葉を出すのが難しい」状態です。【場面緘黙症】 「ある特定の状況(大規模な集団生活など)のみ言葉を出すのが難しい」状態です。 どちらも5歳以降に発症することが多いようですが、話す機会が急増する学校生活や社会人まで「当事者でさえも自覚なし」という場合がほとんどです。 特に、「場面緘黙症」は'(家庭など)比較的小規模な社会や慣れた環境'では普通に話せたり、小声で話せることが多いので「不真面目」とか「甘え」と言った差別偏見も多いです。 これが、「緘黙症(かんもくしょう)」の理解と支援の遅れを招いています。 特に、社会人以降は「最も話す機会が急増しやすく」、「緘黙症(かんもくしょう)」の正しい理解と支援なしでは会社生活での評価が下がり、それがお給金などの対価(生活)に直結しやすいです。 中には、HSPスペクトラム(繊細さん)や他の発達障がい(ASD、ADHD、SLD)などと
0
カバー画像

私が泣かなくなった理由⑪

あの事件以来__小学校で、またいじめが始まりました。それは、幼稚園の頃とはまた違った形のいじめでした。https://coconala.com/contents_market/articles/cmmfb1x2s0igiak0hgmpqi15q
0
カバー画像

場面緘黙症ってご存知ですか?

こんにちは。あおです。いきなりですが『場面緘黙症』(ばめんかんもくしょう)というのがあることをご存知ですか?家では普通に話せるのに、学校など特定の場所に行くと言葉が出なくなってしまう症状のことなんですけど、あれって他の人から見たら、ただおとなしい人というふうに見られてしまい、なんで話さないんだろう?と思われると思うんですけど、でも本人は、うまく話せない中で学校生活などを送らないといけないから、毎日がかなり憂鬱なんですよね。誰もが当たり前にできるであろう友だちとのおしゃべりが、めちゃくちゃ苦痛なわけなのです。楽しいはずの、息抜きのはずのおしゃべりが、とてもストレスになってしまう。休み時間が嫌で仕方ない。早く授業が始まらないかな、そしたらみんな、おしゃべりをやめるから、話さない自分が変だと思われずにすむとか、そんなことばかりを考えてしまう。自分が学生の頃は『場面緘黙症』なんて聞いたことがなかったから知らなかったけど、大人になった今、自分は間違いなくこれだったと思っています。話さないという理由でクラスの男子にいじめられ、私は親の仕事の都合で転校することになるのですが、クラス中の男子から「これでやっとこのクラスが明るくなる」と、私がいなくなることを手を叩いて喜ばれました。もちろんそのとき、先生のフォローはありません。先生も場面緘黙のことなんて知らなかったんでしょうね、きっと。私は今現在も、自分から話を振ることが苦手です。だけど、周りの理解があるからどうにか暮らしていけてる。世の中、いろんな症状の人がいるけれど、私自身も、私がわからない症状を抱えて苦しんでいる人のことを100%完璧に理解
0
カバー画像

場面緘黙症の長女

さて、長女の様子を書いていきます。 先日学校の社会科見学で5,6年生でバスに乗って出かけた長女。長女はとにかく人の視線を過度に気にします。 なので、他の児童よりも一足先に学校に連れていき、先生に対応してもらい 先に別室で待機をし、時間になるとクラスの子と合流してバスに乗って社会科見学に行くという流れでした。(これも事前に担任の先生と打ち合わせ) 当日の天気は予報では雨・・ 持ち物で、折り畳み傘が必要です。 私は持っていなかったのでおばあちゃんから拝借。 そしてこれも長女ならではの特徴なのでしょうか、 折り畳み傘を一人でうまく開き、それを閉じることができるか、 何度も何度も練習しておりました。 すぐにやり方を覚え一安心したようです。 これは、恐らく場面緘黙症である長女は、もし折り畳み傘を扱えれなかった時に、出来ない自分に焦り、でもそれを出来ないと周りに助けを求める(話す)事が出来なくなるのを想定しているのでしょう。 この一生懸命な姿を見た時に、 長女は常に不安との隣り合わせなんだな・・・と少し胸が苦しくもなりました。 想定できる不安要素はきちんと把握し、事前に備える事ができるという事は 確かに将来大人になって社会に出た時に役立ちますよね(*^^*) こんな風に、プラスになる事に変換していかないと 親も悩みすぎてしまいますし💦 以上、長女の様子でした★
0
カバー画像

場面緘黙症知ってますか?

皆様初めまして、占星術とタロット鑑定をしておりますrinママです。そして、ご依頼頂いた皆様、本当にありがとうございます★毎日鑑定しておりますので、いつでもお待ちしておりますね。さて、何故ブログを書こうと思ったのか、書いていきたいと思います。ですが、このブログはスピリチュアルに関する事は一切書きません(;^_^A期待していた方ごめんなさい(;^_^Aでは何を書くかと言いますと・・私には長女(11歳)、次女(8歳)、三女(5歳)の三姉妹の娘がおります。普段は本当にそこらへんにいる普通のお母さんをしております。実はその長女がですね、場面緘黙症という症状を持っております。聞いたことがありますでしょうか??簡単に言いますと、ある特定の場等で声が出せなくなる(出したくても出せない)症状でございます。今小5なので、場面緘黙症ではないか?と気づいたのが小3ですね。それから、学校で言葉を出す事が出来ない状態が続いております。この記録を、場面緘黙症で悩んでいるお子様や当事者の方、興味のある方にシェアしていき、また娘の場面緘黙症の記録を残していきたいと思い、ブログをスタートしようと決めました。それではどうぞよろしくお願いいたします(*^^*)
0
カバー画像

今日は校内マラソン大会!

こんにちは。 今日は長女次女は、学校の校内マラソン大会です。 何日も前から、体育のマラソン練習で1200m走る長女。 「明日雨降らんかな?マラソン練習したくなーい、えらい」 と弱音を毎日吐きながらも、実は長女は長距離派みたいです。 記憶力もかなりいい長女は 「去年は〇分〇秒だったけど、今日は〇分〇秒で、昨日は〇分〇秒だったよ!」と詳しく話してくれます(;^_^A 当日の今日、朝学校に送る道中で、 「ママ?去年は7位だったけど、今年は何位が良いかな?」と 聞いて来たので、 「なら5位くらいを目指してみる?頑張ればいいんだから、 順位は気にしすぎなくていいんだよ(*^^*)」と言うと 「うん」と一言。 マラソンは、自分自身との戦いでもあるし、 場面緘黙の長女にとっては、話すことなく夢中で走るマラソンは 体力的には疲れるかもしれないけど、とてもいい運動だと思います★ ちなみに次女は昨日の練習では1位でした。 さてさて、二人の順位はいかに?? そんな中、三女(5歳)は 保育園の皆とバスに乗って遠足です(*^^*) 公園で遊んでお弁当食べるのを楽しみに出かけていきましたよ~♡
0
カバー画像

苦しくもなり嬉しくもあり。

先日は近くの広場で、催し物があって 長女は、クラスの女子で一緒みんなで行こうと 誘われたので、お小遣い持たせて連れて行きました。 数日前から楽しみにしていた長女。 当日、先にもう集まっていたみんなと合流して 『じゃ、楽しんでおいで😊』と 私はその間次女三女を連れて催し物を楽しみました。 そんな中、長女が気になるので見てみると。 みんなと同じ様に歩いていました。 私はその姿を見て、何か苦しくもなった。 だって、きっと普通にお喋りしたりしたいだろうなって。 それからだいぶ経って、長女の様子を見てみようとしたら、クレープ屋さんの列にみんなと並ぶ長女。 でも、長女は1人で注文する事ができない。 チョコバナナクレープ一つ下さい。 この一言が言えない。 遠くから見ていてとりあえず私は長女のそばに行き、 『〇〇ちゃんに、代わりに注文してもらうよう頼もうか?』ってコソッと聞いたら、うんって言う長女。 それを私が頼んで、快く受け入れてくれる友達。 皆、長女を理解してくれるからそれだけが 救いです。 クレープ屋さんにきっと30分は並んでいたと思う。 昨日の天気は久々暑くて日差しもあって、 普段私となら絶対 『暑い、並びたくない』って言う。 だけど、私にそこはいないからひたすら 友達と並んで順番待ちをする長女。 みんなは、お喋りしながら時間を潰せるけど、 長女は会話がしたくても出来ないから、 ただただ、友達の会話を聞く側。 話せないのを友達はわかっているから、 自然に長女は孤立してしまう。 たまに話しかけられても、何も反応は返せない。 思ってること、今の気持ち、言いたいことたくさんあると思う。 私は
0
カバー画像

学習発表会、今年こそ・・

先日は長女、次女の学習発表会でした。 実は長女は小3、小4の学習発表会は本番になると緊張から 出る事が出来ませんでした。 人の視線が苦手で、足がすくんでしまうという状態でした。 去年は、ギリギリまでお友達も長女を連れて行こうとしてくれたけどね。 そんな去年は、目の前で木琴をするはずだった長女を想像して、 一人コッソリ涙を流しながら私は発表を見ておりました。 そして、今年。 今年の楽器はオルガン担当で、ちょうどオルガンの蓋?で 顔が見えずらいのが逆に良かったのもあり、長女もしっかりとみんなと並んで登場してきました。 もうこの段階でまたまた私は涙です。(マスクがあってよかった・・) 合唱はすこーーーしだけ口を動かしているかな?くらいの感じではありましたが、頑張りました(*^^*) 2年ぶりの学習発表会に参加できたことは、きっと本人にも自信となったと 思います。 旦那が一言。 「久しぶりに○○(長女)の顔をビデオで撮った」と嬉しそうに 教えてくれました。 本当によく頑張った長女。 もちろん次女もね(*^^*) 自分の足で確実に一歩ずつ頑張る姿勢に母は感動しました(´;ω;`
0
16 件中 1 - 16