死にたいと思っていた、幼稚園時代③

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コラム
4歳のとき、
「幼稚園に行きたくない」と
一度だけ勇気を出して、両親に伝えたことがあります。

すると母は、
自分の仕事をわざわざ遅らせ、

私の手を引っ張り、
私を引きずるようにして、
園の送迎バスが待つ場所へ連れていきました。

あの時、
私は初めて親の前で
あんなに泣いていた気がします。

泣いていたけれど、何も喋れない。

母は私に、
「先生や幼稚園に、迷惑がかかるから!」

そう怒鳴られ、私は無理矢理、
幼稚園のバスに乗せられました。

バスに乗った時には、
全てを諦め、泣き止んでいました。

その光景を見ていた
バスに同乗していた先生も、
何か声を掛けてくれる訳ではありません。

その経験があり、幼稚園には
「行かないといけない場所なんだ」
と、思い込んでいたのだと思います。

幼稚園の頃、
塾に通っていたこともあり、
私は簡単な字を、読み書きする事ができていました。

家にあった勉強用のノートに、

鉛筆で

何度も、

何度も

「しにたい、しにたい」

そう殴り書きをしていました。

書いたページはちぎって、
ぐしゃぐしゃに丸め、
ゴミ箱に捨てていました。

両親は家事をほとんどせず、
ゴミに気づくこともありません。

ゴミの日に、
ゴミを捨てるのは、いつも祖父母でした。

だから、
その紙にも気付かれる事は、なかったのです。

私が「死にたい」と思っていることは、
両親に気づかれることは、ありません。

「死ぬ」
ということが、
どうゆうことなのか、
深く理解していたわけではありません。

でも、
死ねば幼稚園に行かなくてもいい。

それだけは
はっきりと分かっていました。

ただ、
4歳の私には、死に方がわかりませんでした。

家の前の道路の真ん中に寝そべり、
車が来るのを待つ。

でも、
運転手さんが直ぐに寝そべっている私に気付き、
車を止めて降りてきて、私を起こし、

「こんな所で遊んで寝てちゃ危ないだろう!」

と、怒って去っていく__

今度は、
自分の両手で口をふさいでみて、
息を極限まで止めてみる。

でも、
苦しくなって、
涙が出て、
結局自分で手を離してしまう。

そしてまた今度は、
冬に、こたつの中に顔を突っ込み、
息を止めて、
顔が熱くなるまで我慢してみる。

けれど、
やっぱり苦しくなって、
こたつから、顔を出してしまう。

「死ぬ」ということは、息が止まること。

幼い私は、
なぜかそれを知っていました。

テレビか、
何かで見た情報だったのかもしれません。

そのとき初めて思ったのです。

__死のうとすることは、
こんなに苦しいんだ。

そして、なぜか涙が出る。

その苦しさを知っているからこそ、
幼稚園を卒業してから
「死にたい」と
本気で思ったことは、
一度もありません。

死に方がわからなかった___

そのおかげで、
今こうして生きています。

幼い私には、
「死ぬ」という怖さを
完全には理解できていなかったのかもしれません。

ただ一つ、
確かなことがあります。

4歳の子どもが
「死にたい」と思うほど、
あの頃の毎日は、
一人で抱えきれないぐらい、地獄だったということです。

__それでも、

あのとき死ななかった私は、
今、ここで言葉を書いて、
誰かの心の救いになりたいと願っています。

mito
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