むかしむかし、まだスマホが世に出る前のガラケー時代、アメリカはサンフランシスコに語学留学をしていたことがあります。
リアルな英語を体感してみたかったのとアメリカへの強い憧れから旅行ではなく半年間の留学を選択しました。
サンフランシスコでは語学学校に通い、世界各国から英語を学びに来た多くの留学生たちと出会いました。語学学校ではお互いの会話は当然英語です。おかげで英語を話すことには大いに慣れることができました。
しかし、彼らも私も英語学習者なので完璧な英語を話すわけではありません。
語彙力、表現力は限られ、間違いもあります。話すことはスピーキングの向上には欠かせませんが、やがて物足りなさを感じるようになりました。
やはり、せっかくアメリカに来たのだからネイティブスピーカーと話したい。でも、語学学校には先生以外、ネイティブスピーカーはいません。先生とはもちろん話をしますが、あくまでもクラス内でのことです。
さて、どうするか。
そこで登場したのが「クレイグズリスト」です。
クレイグズリストは言わばサンフランシスコ版ジモティー。
モノからヒトまで、ほしいものはなんでも見つけることができます。
語学学校の先生からも、ほしいものがあったらまずはクレイグズリストを当たれと勧められました。
ジモティーのように不要なものをタダでゆずってくれる方も多いので短期滞在者にはうってつけなわけです。
さて、私はネイティブスピーカーと話す機会を得るためにこのクレイグズリストで「language exchange partner」を募集しました。「母国語を教え合う相手」、つまり私は日本語を教えるから、代わりに英語を教えてくれるネイティブの方をクレイグズリストで募集したわけです。
運よく多数の反応があり(日本語の需要もなかなかのものです)、定期的に英語⇔日本語を教え合うパートナーを見つけることができましたが、その方とは別に、このようなメッセージをいただきました。
「私は会って話をすることはできませんが、あなたが書いた英語の文章を送ってくれれば添削してあげます。」
探していたのは英会話の相手でしたが、願ってもないお申し出でした。
留学の具体的な成果として、私は帰国後の英検1級取得を目標に据えていました。(当時、準1級は取得していました)
そこで英検1級のライティング問題に取り組み、答案を送らせていただくことにしました。
いきなり答案を送るのも不躾なので、まずはメッセージのお礼と英検という日本の試験を受験する旨を説明し、その試験の一環であるライティングの答案を送っても構わないかメールでお伺いしました。
いつでも送っていいですよ、とすぐに返信をいただきました。
「Richard(リチャード)」と署名もありました。
私はリチャードさんに再びお礼のメールを返し、後日改めてワードでタイプした答案をメールに添付して送りました。
すると1時間も経たない内に返信をいただきました。
冠詞の漏れと前置詞の誤りが2か所だけ赤で訂正されていました。
私はすぐにお礼のメールをし、またよろしくお願いしますと書きました。
いつでもどうぞ、と速やかな返信。
次に答案を送るとき、私は、お忙しいところ申し訳ないが、よろしければ遠慮せずに大幅に直していただきたい、とお願いをしました。文法の間違いもあるとは思うけど、それよりはネイティブの表現、自然な言い回しを学びたいとお伝えしました。
するとまた1時間も経たないうちに訂正された答案が返ってきました。今度はそれぞれのパラグラフの文章が、意見はそのままに大幅に書き直されていました。
私は深い感謝のメールを送り、ネイティブの表現を自分のモノにするため書き直していただいた答案を丸暗記しました。
以降、訂正された答案の暗記をしたら新たな問題に取り組み、答案をリチャードさんに送ることを繰り返しました。
このやり取りが4ヶ月ほど続いたころでしょうか、ついに私の帰国の日が近づいてきました。
リチャードさんにアメリカからの最後の答案を送り、1週間後に日本に帰るけど、引き続きご指導をお願いしますとメールに書きました。
お付き合いはメールだけですからアメリカにいようが日本にいようが何も変わりません。
するとリチャードさんからいつも通り早い返信がありました。
「まずはおめでとう。今回のエッセイはとてもよく書けてます。ほとんど直すところはありませんでした。ところで、日本に帰る前に一度お会いして食事でもしませんか。」
こうして私はリチャードさんと会うことになりました。
約束の日、彼は私が住んでいたシェアルームのアパートまで車で迎えに来てくれました。
現れたのは、初老のアジア系の男性でした。
握手を交わし、近くの韓国料理店でプルコギをごちそうになりました。
食事をしながらいろいろな話をお聞きしました。
某有名雑誌の記者だったこと。現在はリタイアして奥さんと二人暮らしであること。両親はフィリピン人で、フィリピンに兄弟がいること。甥っ子が日本に語学留学していること。
「甥っ子はジェイって言うんだ。日本に帰ったらぜひ会ってあげてくれないかな。君たちは同じぐらいの年齢だし、きっといい友達になると思うんだ」
私もぜひお会いしたいとお伝えしました。
「私のメールアドレスを教えて構わないのでぜひ連絡をください」
帰国して間もなく、甥っ子のジェイさんからメールが来ました。
私たちはジェイさんの滞在場所からアクセスのいい新宿で会うことにしました。
ジェイさんはすっと背の高い物静かな方でした。
二人で天ぷら屋に行き、そこでいろいろな話をしました。
「アメリカではリチャードさんにとてもお世話になったんです」
「リチャードは本当に親切な人です。彼のサポートがなければ僕は日本に来ることができなかった」
話をするうちにジェイさんと私には共通の趣味が数多くあることがわかりました。
好きな本も音楽も一緒で、二人とも剣道をやっていました。
リチャードさんがなぜ「二人はいい友達になれる」と言ったのかがよくわかりました。
「リチャードさんがサンフランシスコで韓国料理をごちそうしてくれたんです。今日は私がごちそうする番です」
「じゃあ今度ぜひフィリピンに来てください。その時は私の番ですよ」
天ぷら屋を出ると私たちは紀伊国屋書店に向かいました。
何かおススメの日本の漫画を紹介してほしいとジェイさんが言うので私は井上雄彦氏の「バガボンド」をおススメしました。宮本武蔵を主人公にした漫画です。紀伊国屋には英語版が売っていました。
ジェイさんと会った日の夜、私はリチャードさんにメールを書きました。
とても楽しい時間を過ごしたこと、共通の趣味が多々あり、二人とも剣道をやっていること。
すぐにリチャードさんから返信があり、感謝の言葉が綴られていました。
リチャードさんともジェイさんともお会いしたのは一度きりです。
でも、今でも時々メールのやり取りをしてお互いの近況を報告したり、ジェイさんとは最近読んだ本や聴いた音楽の話をします。