誰かと楽しくおしゃべりをしているはずなのに、ふとした瞬間に相手の視線がスッと動く。
その動きを敏感に察知して、つい自分も同じ方向を見てしまったり、相手が何を見たのかを必死に追いかけてしまったりすることはありませんか。
「あ、今あっちを見たな。何があったんだろう?」「私との話、退屈なのかな?」「何か気に障ること言っちゃったかな?」
そんなふうに、相手の視線の先にあるものをすべて把握していないと、なんだかソワソワして不安になってしまう。
会話の中身よりも「相手の視線の意図」を探ることにエネルギーを使い果たして、家に帰る頃にはぐったりしてしまう。
心理カウンセラーとして、僕はこう考えています。その敏感さは、あなたが決して「落ち着きがない」わけではなく、むしろ人一倍、相手を大切にしようとしている証拠なんですよ。
繊細な気質を持つ方は、周囲の情報をキャッチするアンテナがとても高性能です。
相手のちょっとした目の動き、表情のわずかな陰り、場の空気の変化。それらを無意識のうちにすべて受信して、相手の感情や状況を読み取ろうと頑張ってしまうんですよね。
視線を追いかけてしまうのは、あなたが「相手の世界を一緒に共有したい」という深い優しさを持っているから。
あるいは、相手の変化にいち早く気づいて、不快な思いをさせないように先回りしようとする、健気な防衛本能なのかもしれません。
でもね、相手の視線をすべて追いかけようとするのは、暗闇の中で激しく動き回るライトをずっと目で追い続けるようなものです。
それはとても目が疲れますし、何よりあなたの心が休まる暇がありませんよね。
心理カウンセラーとして、僕は、まずはその「視線を追ってしまう自分」を否定しないでいてほしいなと思っています。
「あ、今私は相手の視線を追いかけちゃったな。それだけ一生懸命向き合おうとしているんだな」と、自分の頑張りを認めてあげてください。
もし、相手がふと視線を外したとしても、それは必ずしもあなたへの否定ではありません。
たまたま何かが視界に入っただけかもしれないし、次に話すことを考えていただけかもしれません。
相手の視線の先に何があっても、それは「相手の世界」の出来事であって、あなたが全責任を負わなければならないものではないのです。
少しずつでいいので、相手の視線を追いかけそうになったら、自分の足の裏が地面についている感覚や、手に持っているカップの温かさに意識を戻してみてください。
「相手が見ている世界」から「自分が今感じている世界」へ、意識のスポットライトを少しだけ自分の方に引き戻してあげるイメージです。
あなたは、相手の視線のすべてを把握していなくても、十分に素敵で、思慮深い人です。
全部を拾い上げようとしなくて大丈夫。こぼれ落ちてしまう情報があっても、あなたと相手とのつながりが壊れることはありません。
まずは深呼吸をして、あなたの優しい瞳を、あなた自身の穏やかな時間のために使ってあげてくださいね。
心理カウンセラーとして、僕はいつでもあなたの味方ですし、あなたのその繊細で美しい感性を大切にしてほしいと願っています。