大好きな人の隣にいて、ふと「この人は今、誰を騙しているんだろう」と背筋が凍るような思いをしたことはありませんか。
隣で誰かが、その配偶者や家族に向かって、スラスラと淀みなく「嘘のアリバイ」を伝えている。
その声のトーンがあまりに自然で、あまりに完璧なクオリティであればあるほど、聞いた瞬間に心の中に冷たい風が吹き抜けてしまいますよね。
「私に対しても、いつかこうして嘘をつく日が来るんだな」
そう確信してしまったとき、鏡に映る自分の顔を見るのが、なんだかとても苦しくなってしまう。
まるで、その嘘に静かに加担している自分までもが、汚れてしまったような感覚になるかもしれません。
心理カウンセラーとして、僕は、あなたのその感覚はとても純粋で、大切なものを守ろうとしている心のサインだと捉えています。
繊細な気質を持つ方は、言葉の裏側にある細かなニュアンスや、空気のわずかな揺らぎを敏感に感じ取ります。
だからこそ、相手が「嘘」をついているときの、日常と寸分違わない演技力の高さが、恐怖として心に刻まれてしまうんですよね。
「器用に嘘をつける」ということは、それだけ「本当の自分」を隠すことに慣れているということでもあります。
あなたは今、その人の隣にいながら、世界で一番孤独な場所に立たされているような気持ちではないでしょうか。
相手が誰かを騙しているその技術が、いつか自分に向けられる刃になるかもしれない。
そう予感しながら過ごす時間は、心を削り、信頼という根っこを少しずつ枯らしてしまいます。
でも、そんなふうに感じてしまう自分を「疑い深い」とか「性格が暗い」なんて責めないでくださいね。
嘘を平気でつける人の隣で、心がザワザワするのは、あなたが「誠実さ」を何よりも大切にしている証拠です。
自分の心に嘘をつけないからこそ、相手の嘘が、鋭いトゲのように刺さってしまうんです。
鏡の中の自分を直視できないのは、あなたが自分自身の清らかさを、まだちゃんと信じているから。
心理カウンセラーとして、僕は、まずはその傷ついた心を、あなた自身が優しく包み込んであげてほしいと願っています。
相手を変えることは難しいけれど、その「違和感」を無視せずに、自分の感覚を信じてあげることはできます。
「私は今、悲しいんだね」「私は、誠実な関係を望んでいるんだね」と、心の中で自分に語りかけてみてください。
嘘が渦巻く場所に無理に馴染もうとしなくていいんです。
あなたのその繊細で、真っ直ぐな感性は、もっと温かくて、透明な場所で花開くべきものです。
今はただ、その胸の痛みを、そっと受け止めてあげてくださいね。