保育園時代

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母の代わりは、祖母が全部やってくれた。

けれど、祖母には「右手」がなかった…。
若いころに仕事で失ってしまったらしい…。
肘から先は「義手」だった。

それでも、祖母は、裁縫をしたり、料理を作ったり、普通の人と何も変わらない生活をしていた。
けれど、私の髪の毛は、いつも
「刈り上げ」だった。
天パのせいもあると思うけど、
片手じゃ髪の毛…結えませんもんね…。
当時は、まだそんな気持ちまで把握することができずにいたけど。

それでも祖母を私は
小さいながら尊敬していた。

祖父は、「ガン」で入院していた。
お見舞いも、ほぼ毎日行っていたように思う。
よくバスに揺られながら病院にいったことが
思い出される。

祖父は、私がお見舞いに行くと、すごく喜んでくれた。

私は、あの時が一番幸せだったのだと思う。

父は、仕事なのか、ほぼ顔を合わせることはなかった。

その当時、今ではあまり見かけないけど、
「ピアノ」のチラシがよく入ってきた。

私は、何の気なしに
「ピアノほしい!」
といってみた。

保育園児の無茶ぶりですね(笑)

数日後…

私が保育園から帰ってきた時には
客間に

ピアノ…

「あれ?これ…もしかしてピアノ習うの?」
と父に聞いたところ
「当たり前だろ!!」
と怒鳴られてしまった。

別に習うまではしたくはなかったのです。

安易に買う、とかの代物ではないことはわかっていたけど…。

祖母は戦後を生き抜いてきたせいか、ものすごく「ケチ」…
んー…
物を大切にする人だった。

「食」も質素だった。

保育園時代は
お菓子は、せんべい🍘、バナナ🍌…
飲み物は、玄米茶、麦茶、牛乳
くらいしかなかった。

他の同い年の話を聞いていると
ポテトチップスとか、駄菓子とか…
オレンジジュースとか…

羨ましかったな。


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