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咲くことだけが、自然じゃなかった。

最近知った「極楽RADIO」というお気に入りのプレイリストを聴いていた。苦しくて当たり前泣いて当たり前それでも朝はまたくるからそのまま貴方でいいんだよ泣きたいなら泣いていいただそこにいてくれたらいいんだよふと流れてきた歌詞に、心が止まった。私はこれまで、「どんな感情があってもいい。」そう感じられるようになってきた。でも、“当たり前”だっただろうか。「あってもいい。」その言葉には、どこか「なくてもいいんだけどね。」そんな気持ちが残っていた気がした。以前書いたドット絵 の記事では、「黒があるから、この絵なんだ。」そんな言葉になっていたけど、でも今思うと、「あってもいい」は、どこか許可を出している感覚だったのかもしれない。本当は、もっと自然に、どんな状態の自分も受け入れたかったんだなと思った。セッションで「たんぽぽ」の話をすることもあった。「私、バラがかっこいいと思ってたんです。でも、雑草かもしれないし、観葉植物かもしれない。冬をダメな季節にしていたんですよね。」言葉では理解したつもりだったけど、今回気づいた。私はまだ、『咲くこと』を特別にしていた。「ただ時が来たから咲いただけ。」その言葉の奥には、“咲く時は来るもの”そんな期待や評価が、まだ少し残っていたのかもしれない。全てただそうなんだ。というだけで泣く日も笑う日も咲く日も冬の日も全部、ただ、その時なんだな。そんなことを考えながらこの記事を言葉にしていると、頭の中で小さな声がした。「前も同じような言葉で記事、書いてなかった?」「え…確認してみようかな……。」そう思った、その瞬間。極楽RADIOから、「未完成で完成〜♪」という歌が流
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薄かった私。

10年前、「全て喜び」という言葉を聞いた。喜びや楽しさだけではなく、苦しみや悲しみも、魂にとっては喜びなのだと。その話を聞いて、すごくホッとしたことを覚えている。苦しみを感じている私は、ダメな人生を送っていると思っていたからだった。でも、不思議だった。ホッとしたはずなのに、私はまた苦しくなっていた。最近になって、あの頃の疑問が解けた気がする。あることをきっかけに、感情が湧くたび、身体の感覚を意識するようになった。例えば、不安になっている時。みぞおちの奥が、ぐーっと縮こまっている。皮膚全体が敏感になったような感じがして、ヒュと寒気がする。そうやって、感情が湧いた時の身体を観察した。胸がふわーっと熱くなって、あたたかさが広がっている。「あっ、こういうの好き。あたたかいなぁ」じわーん。心臓がドキドキしている。身体が揺れるほどバクバクして、自分の心音が聞こえてくる。胃の辺りがチクチクしているな。ただ実況中継するように、身体に起きていることを眺めていた。すると、ただ、それがある。それだけになった。名前をつけることも意味を持たせることもなくなった。感情の波はいつの間にか終わっていたり、「あっ、そっか」と気づきが起きたり、思考が動き始めたり、何かをしたくなったりして、次の何かが始まった。感情が湧くということは、ただ、身体に感覚があるということだった。10年前に聞いた、「全て喜び」という言葉。あの頃の私は、苦しみを、ただ感じていなかった気がする。どこかで悲しいのはよくない怖いのはよくない苦しいのはよくないと私から湧いてくるものを、良いものと悪いものに分けていて、悪いとしたものを一生懸命「喜び」
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『高所平気症』って・・?

今回もお立ち寄りいただきありがとうございます。最適ライフをサポートする☆てんせつです。https://coconala.com/users/4703237今朝は何に感謝できましたか?また、どんな気づきがありましたか?✧⋄⋆⋅⋆⋄✧⋄⋆⋅⋆⋄✧⋄⋆⋅⋆⋄✧⋄⋆⋅⋆⋄✧今回のタイトル、よ〜く見てください!『高所恐怖症』と読んでいませんでしたか?よ〜く見てください!違います!『高所平気症』です。今回は高所平気症というあまり耳慣れない症状についてのお話。あなたは、高い所は平気ですか?それとも恐くて苦手ですか?私もあまり得意な方ではありません。昔から「高所恐怖症」はよく話題にもなったりしていますし、恐怖症の中では知名度やその人の多さなど、メジャーな存在でもあります。ですが、ここ数年、逆に、『高所平気症』という症状が増えてきています。聞いたことありますか?私はそれまで全く聞いたことありませんでした。どういうものかというと、文字通り、高い所が平気というものですが、その平気というのが、ちょっと違う捉え方なんです。私たちが子供のころって見える光景ってどんな景色でしたか?今のような高層ビルやタワーマンションといったものは全くありませんでした。仮にマンションに住んでいたとしても、外に出てきて遊んだりしていたので、大地を駆け回ったりしていました。つまり、大地が基準となっているので、高いところに上ると身体や脳が感覚で「高いところにいる」と認識できていました。ですから、ものすごく高い所に行くと恐がったり、ソワソワしたり、ワクワクしたり、ムズムズしたり・・、何らかの感情や身体の感覚があるわけです。「高所恐怖
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脇汗は出なかった。

なんじゃこりゃー!笑そんなことがあった。私は手作業が好きで、編み物をすることが多い。BGM代わりにYouTubeを流していたら、たまたま“ユング心理学”の動画が流れてきた。その内容が、まるで「私」の話なのかな?と思えるくらいしっくりきて、夢中でいくつか続けて聞いていた。すると、私が好きで使っていた言葉や表現が、いくつも出てきた。「還る」「羅針盤」自然界に例える表現。それを聞いた瞬間、何とも言えない感覚になった。「えっ!何これ!!私が真似してると思われる!」まずそう感じた。でも、同時に「私、よく正解を探しにネットを彷徨って、同じ考えを見つけると安心してたよね?」とも思った。なんじゃこりゃ!案件だった(笑)娘も、お友達とおそろいを楽しんだかと思えば、「真似された!私の方が先だもん!」とプンプンすることがある。おそろいは嬉しいのに、真似されるのは嫌。何が違うんだろう(笑)そんな感覚が、今の私の中にもある。静かに観察していると、どっちにしたって、私を外の情報次第にしてるのよね?ちゃんと自分の体感から出てきた言葉だと思っていたのに、「真似した人」というふうに見られて、私が薄まったように感じるのが嫌なのかもしれない。でも、惹かれるものは、もともと同じ感覚の発信だし、同じ感覚の人と話すのも好き。似ていることと、真似って、何が違うんだろうね…そんなことを考えていたら、だんだんどうでもよくなってきた(笑) ただ一つだけ、しっかり確信できたことがある。脇汗が出なかったこと(笑)昔だったら、「こう思われる!」と思った瞬間、ヒュッ!と冷や汗と一緒に脇汗も出ていたと思う。私の発信がオリジナルじゃない気が
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愛ちゃん観察図鑑

今日、あることを始めるボタンを押そうとした時、「怖い。」そんな気持ちがふっと出てきた。「え?いつもやってることなのに?」そう思いながら、「怖い」があることだけ感じてみた。そして、「そのまま、一緒にやってみよう。」そう思ってボタンを押した。すると「怖い」はすぐ消えていた。でも今度は、別の心配が出てきた。「また私は、自分を置き去りにしてない?」「ちゃんと感じてた?」その心配も、そのまま感じてみる。 すると気づいた。あの時の「怖い」は、もう知っている怖さだった。怖いはある。でも、一緒にいても怖くない。そんな「怖い」だった。そこで、ふと思った。私、いつの間にか自分の反応を、図鑑みたいに見てるかも…笑⸻🌊 怖い生息地人と深く関わる直前。特徴責任や相手の反応を想像すると現れる。⸻🐍 普通トラップ生息地新しいことを始める時。特徴「みんなこうしてるよ。」「ちゃんとしなきゃ。」と、そっと囁いてくる。⸻👻評価モンスター生息地仕事関係・社会的場。特徴肩書き数字で自分を飾りたくなる。「もっとすごく見せた方がいいよ。」と、近づいてくる。⸻『愛ちゃん観察図鑑』には、他にもたくさん登録されてた。前なら、どれも倒さなきゃいけない敵だった。でも今は違う。感じて図鑑に登録すると、少しずつ「知っている」が増えていく。知っていると、怖さは消えなくても、一緒に歩ける。揺れることはあっても戻ってこられることも知っている。もしかしたら私は、新しい自分を見つけるたびに図鑑へ登録して、「大丈夫。」という信頼を、遊びながら探索しているのかもしれない。───────気づいたら少し心が軽くなってた。そんな時間を一緒につくれたら嬉しい
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