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どんな販売員人生だったか【転職編】

ついに退職した。(自分の責任だけど)何もうまくいかなくって、一回リセットしたかった。でも販売はもういいや、憧れてた職種にちょっとだけど就けたし、まあ満足してた。今後は地道に生きていこう、地元に帰ろうかなって思ったけど、ここも楽しいしもう少しここで生活しよう。そう思ってとりあえず3ヶ月の短期バイトと派遣会社に登録した。派遣会社では事務職を希望して、自分でも求人を探したけど、自分で探すとやっぱり販売職を探しちゃうんだよね。個人売がなくればなんとかいけるんじゃないか、非接客型の店舗なら自分でもやれるんじゃないか。そんな時、派遣会社の方と面談する日が来た。わたしはどんな正直に今の気持ちを話した、というか、誰かに聞いて欲しかったんだと思う、今思えば。『事務職で探してもらってるんですけど、探してるのは販売職ばっかりで、でも事務職で探してください』『だったら販売がいいんじゃないんですか?』担当のお姉さんはちょっと怒ったような言い方してた(その時のわたしにはそう聞こえた)印象としてはこわかった。怒られたって気持ちになった。(豆腐メンタルだな)それからその派遣会社に行くことはなかった。お姉さんが怖かったから。でも自分で、販売の仕事を探し始めた。だから、今思えばなんだけど、ほんと結果論なんだけど、お姉さんがそう言ってくれたから、そっちに全振りできたんだなって思う。退職してから旅行に行って、短期のイベントのバイトをしつつ(これは本当に楽しかった)引っ越しをして、ほんと心機一転って感じで販売の仕事を探してたら、なんかすっごくいいのがあった。この感覚って、みんなにあるんだと思うんだけど、あ、多分ここで働
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どんな販売員人生だったか【FC→直営切り替え期】

この頃、直営はどんどん新店を出していた。でもわたしのいる件にはわたしのFC店しか無くて、契約があったのかな?よくわからないけど、とにかく直営になることになった。我々スタッフは今の会社に残るか直営に引き抜きという形で移るか聞かれたけど、基本給も上がって休日も増えるならと思って直営に行くことになった。ほかのスタッフも漏れなく異動した。一旦、FC店は閉店してリニューアルという形をとった(と思う。)閉店セールは日に日に在庫がなくなって、社長も、利益出なくていいから売り切ってって。最後、10着もなかったと思う、商品。わたしはわくわくしてたんだよね、直営。というか、新しいことが始まるって。でもさすが大手の会社は違う。まずは膨大なマニュアル。書類を1つ発送するにも細かいマニュアルがあって大変だった。次に店舗間のヘルプ。全国的に新店ラッシュだったから、慢性的な人員不足だったみたいで、直営に切り替わった1週間後にわたしは横浜に2週間のヘルプに行くことになった。最後に新店ラッシュ。ヘルプから帰ったらすでに新しいスタッフが入社していた。わたしの県にも新店だすから、ここで研修するんだって。そんな感じで、直営に切り替わった当初は2店舗(2ブランド)しかなかったのに、1年後には6〜8店舗(3ブランド)に増えてた。わたしもイヤミ店長(直営になるタイミングでマネージャーになった)の元を離れて新店でサブとして勤務することになったんだけど、わくわくが止まらなかった!!でもね、サブって大変なんだよね。。。
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どんな販売員人生だったか【FC店舗時代】

このFC店はあるブランドの店舗だったんだけど、2年半くらい勤めた。2年半後に直営に変わるんだけど、楽しかった。だってさ、知名度あるからお客様も勝手に入店してくれるし、その頃トレンドだったスキニーパン(1万円前後)がバンバン売れて、フェアなんてやろうものなら土日で100万とれるくらいのレベルだった。(時代よね)お客様が絶えないから楽しすぎて休憩行かずにいたら注意されたくらい。残業も多かったし、在庫管理はまさかの手書きだし、ストック整理は厳重なルールがあって大変だったけど、いい思い出だな。。。お客様が勝手に入店してくれるからか、スタッフの接客レベルはあんまり高くなかった。愛嬌はあって話しやすいお姉さんって感じだけど、いざ商品知識とか素材の話になると踏み込めていない感じ。(めっちゃ上目線!!ごめんなさい)わたしはと言うと、前職で落ちこぼれ認定もらってたけどそれなりにロープレとかのおかげで商品知識がついてて結構喋れてた気がする。気がするっていうか、喋れてた。1週間でこれを売りましょうっていう強化商品があって、全国上位に入るとお菓子とか飲み物あげますよって言うのが本社開催であってFC店も該当してたんだけど、わたしそれが得意で。わたしと店長でほとんど売って、毎週全国ランキング1〜5位には入ってた。ボーダーのカットソーが対象になった時の話なんだけど、別のボーダーのカットソーをセルフでレジにお持ちいただいたお客様に『こちらも素敵ですが別のカットソーご紹介してもいいですか』って言って、強化商品を買ってもらったこともあった。レジって、お客様が現実に戻る場所で、店内に戻るってことあんまりないんだけど
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どんな販売員人生だったか?【新社会人編】

最初に就職した会社はインポートと自社商品を扱ったセレクトショップでした。セレクトショップっていうと、路面店のおしゃれな印象ですがそう言うのではなく・・・モールの中に入った、2つのブランドがある複合ショップでした。会社としても複合店って珍しいみたいで、なんかそこもよかった。でも個人売があって、マネージャーが厳しくて、社会人の洗礼を受けた。そもそも、お給料をもらうことに対して簡単に考えすぎてたんだよね。春休みに、入社に向けての課題があって。もう勉強しなくていいと思ってたのにって。入社してからも、素材とか接客の勉強しないと売上なんて取れないのに、お店に立ってたらいいと思っていた・・・勉強が嫌で就職したのにって、泣いたよね。正社員だからね、生産性のある社員にならないとだけど、この時は利益なんて考えられなかった。でもさ、マネージャーは厳しかったけど、店長・スタッフの方は尊敬できる方で、本当にそれがなかったらすぐ辞めてた。(とはいえ2年で辞めちゃったけど) 店長は50代の、典型的なB型。商品知識とか接客について細かく教えてくれた。家庭があるのに閉店後もロールプレイングに付き合ってくれて。ちょっときついところもあるけど、それも愛情だと思ってた。この時わたしは一人暮らししてたんだけど(地元は田舎なので、隣の県で就職した)ほんとお母さんみたいな存在だった。でもねーそこも勘違いしてたんだよね。会社ってのがわかってなかった。甘えちゃってたんだよね。(ほんと、今これ書いてて当時の記憶が蘇る。。。迷惑なやつだったな。。。)忘れたい恥ずかしいことばっかだけど、今の自分の知識はこの会社のおかげ。そしてさ、こ
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どんな販売員人生だったか【再就職編 初日】

新しい店舗は結構大きいファッションビルだった。学生の時から憧れていたデベロッパーで働けることになって浮かれていたわたし。初日は店長含め3人のスタッフが出勤だった。出勤したら店長が不在で、ちょっと待っててねと言われたので店内をうろうろしてたら、試着したそうなお客様がいたので、売上になるならいいよねと思って試着室に案内した。無事、お買い上げにつながったんだけど、自分で決めたって感じでわたしの力ではない。ここのブランド、ほんと地名度があってしかもわたしが入社した時って接客しなくても売れるような時期で、前のお店での必死さってなんだったんだって感じ。今思えば販促費って改めて大事。そんなこんなで店長が来て、午前中は会社の説明とかを1対1してくれた。この店長がさ、あたしすごいでしょ的な店長で、ある意味この店長なしでは今の自分はいなかったって本当に思う。反面教師。(フラグ)そうして初日が終わろうとしたんだけど、最後に今日着た社販の精算しようかってなった。ここは現金で払うシステムらしく、レジ打ちしてもらった。(ほかの会社はわかんないけど、一般的に社販は給与天引きなんだと思う。レジで現金払い→売上が上がる→家賃が上がるって仕組みだからね。)そしたらさ、お財布に現金がなくって。。。ATM行ってきますって伝えて走ったよ。そしたらATMにも2万くらいしかなくって。そりゃそうだよね、貯金も無く前の仕事やめて、旅行・引っ越しして、自分の財布に中身も残高も把握してないんだもん。多分、30万くらいあったんだと思う、残高。それ、減らないと思ってたんじゃないかって。その帰りは泣いた。お金がないってこんなにも心細いん
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どんな販売員人生だったか【学生編】

今思えば、小学生の時からなにか販売(商売)をしたいと思っていた、わたし。小学生の時の卒業文集の将来の夢には、雑貨屋さんになりたいと書きました。中学は勉強しなかったな・・・今でも後悔。服は好きだったね。誰でも自信のあることってあるけど、わたしの場合はおしゃれすると自信になったタイプです。中学3年生で進路を考えたとき、(遅っ!!)やっぱり販売の仕事がやってみたくて、販売士の資格が取れる商業高校に進もうと思ったけど学力が足りなくて・・・結局は普通科に進学。高校はつまんなかったよ、いろんな理由があったけど、楽しい学生生活をアキラメロンな自分がいた。普通科なのでみんな進学するのに自分は就職。(公務員試験にも挑戦したんだけど、その理由も制服がないからって浅はかな理由・・・)アパレルに就職したくて、自分で検索して、応募して、面接して、なんと合格。そもそも高卒でアパレルっていうのがないんだけど、あの時の自分、無知なりに粘ったね。結果論なんだけど、もっと勉強しておけばよかったし、もっと早い段階から将来のこと考えておけばよかったっては思う。でも憧れのアパレルに就けたから文句なしです。
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どんな販売員人生だったか【入社2年目】

入社して1年経ってもわたしは月の予算を達成できずにいて、マネージャーに叱られ、店長を困らせ、でも楽しく仕事をしていた(と思う)というか、学生気分が抜けずにいた。(学生さんに失礼な言葉ね。)休みの日は勉強するわけでもなくダラダラ過ごし、仲良くしてくれた先輩にはタメ口を使って無視され、富裕層のお客様が5万円買ってくれた日は安心しきって接客へいかず。。。(え、ちょ。。ほんとダメな新人だな)そんなわたしに、なんと後輩ができることになった。4月に新入社員が入社することになったんよ。その会社は、本人の教育も兼ねて前年新卒がシスター(教育係)をすることになってて、わたしがシスターになった。もう、店長も副店長(さとうのシスターね。)も心配しかないって顔の中、わたしはやる気に満ちていた。だってさ、流石に入社したての子は売り上げ取れないでしょう。最下位じゃなくなるって、喜びの方が大きかった。↑これ、フラグね。新入社員の子は以前からお店に来てくれていた子で、スタッフにもすぐ馴染んだ。そもそもコミュ力の高い子で接客も頑張っているように見えた。頑張ってたんだけど、昭和生まれのわたしは【褒める】より【叱る】いや、【怒る】方が多くて、信頼関係が築けてたかは分からなかった。でも当時は【怒られる】で育ってきたし、それが正しいと思ってた。(退職後にSNSで声かけてくれたりしたから多分、嫌われてはいなかった、と思う)新人の子の頑張りと私のやる気は反比例で、6月には個人売を抜かされた。もうね、恥ずかしくって。何してるんだろう、向いてないんだよねって。販売員に向いていないって誰かに言って欲しかった。向いていないせいにし
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