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【長編エッセイ】その日を摘み、心の畑を耕す-限られた時を美しく生きるために

「カルペ・ディエム(Carpe diem)」という言葉をご存じでしょうか。これは今から二千年以上も昔、古代ローマの詩人ホラティウスが残した詩の一節に登場するラテン語です。現代を生きる私たちは、この響きを一般的に「その日を摘め」、あるいは「今この瞬間を生きよ」という、時を超える普遍的なメッセージとして受け取っています。私たちは日々の慌ただしい生活のなかで、つい「まだ見ぬ未来」への漠然とした不安に心を曇らせたり、「過ぎ去った過去」の苦い後悔に囚われて立ち止まったりしてしまいがちです。「あのとき、もし違う道を選んでいれば」という、どれほど願っても変えられない過去への執着。あるいは、「明日もし取り返しのつかない失敗をしたらどうしよう」という、不確実な未来への果てしない恐れ。そうした実体のない思考は、私たちの心を「今ここ」という確かな現実から引き離し、どこか遠くの虚無へと連れ去ってしまいます。しかし、私たちがこの手で本当に触れることができ、自らの意志で変えていくことができるのは、常にこの手の中にある「今日」という1日、そして「今」という一瞬の積み重ねだけなのかもしれません。この言葉の持つ本当の深みに触れるとき、かつてお話しした「メメント・モリ(死を想え)」という、もう一つの厳かな格言が静かに、しかし力強く心に響いてきます。「メメント・モリ」が私たちに「人生には必ず終わりがあり、人は誰しも死を避けることはできない」という厳然たる事実を突きつけるものであるならば、「カルペ・ディエム」はそのコインの裏返しとして、「だからこそ、この限られた時間を最高に輝かせよう」と優しく背中を押してくれる、あた
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【追悼寄稿】「メメント・モリ」-死を想え、死を忘れるな-山田五郎が私たちに遺したもの

 この静かな、しかし確固たる響きを持つラテン語の警句は、私たちが日々の喧騒の中でつい忘れてしまいがちな、しかし絶対に逃れることのできない「いつか必ず死ぬ」という厳然たる事実を告げています。 どれほど富を築き、名声を高め、栄華を極めたとしても、死の絶対的な前ではあらゆる人間が平等です。「お前もまた、ただの人間であることを忘れるな」というこの言葉は、権力や富に溺れがちな人間の虚栄心を厳しく戒めるものとして、古代ローマの時代から人々の心に深く刻まれてきました。 美術の歴史を紐解けば、この「死の自覚」というテーマは、時代を超えて様々な形へと姿を変えながら、連綿と描き続けられてきたことが分かります。 中世のヨーロッパを席巻した、身分に関わらずあらゆる者が死へと誘われる「死の舞踏」や「死の勝利」の図像。あるいは、東洋において肉体が朽ち果てていくプロセスを冷徹に見つめた「九相図」、西洋で墓碑に刻まれた横たわる死体像「トランジ」など、かつての人々は死を生々しいリアリティをもって見つめていました。  やがてそれは、17世紀のオランダなどを中心に「ヴァニタス(人生の空虚さ)」という静物画のジャンルへと洗練されていきます。画面に配されるドクロや、時を刻む砂時計、そして今にも消え入りそうな蝋燭の炎は、いずれも地上の富や生命の儚さを象徴していました。 そして興味深いことに、これらの絵画にはしばしばリュートなどの「楽器」が描き込まれます。なぜなら、音楽がもたらす美しい響きや快楽は、奏でられた瞬間に消え去り、二度と引き留めることができないものだからです。それはまさに、形なき人生の儚さそのものを表していたので
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山田五郎さんの最後の授業はメメント・モリ

   山田五郎さんの最後の「大人の教養講座」がユーチューブで公開されました。テーマは西洋美術におけるメメント・モリ(死を忘れるな)でした。 鼻に医療用チューブを入れた五郎さんの授業はとてもわかりやすいものでした。 西洋美術におけるメメント・モリはどくろなどのわかりやすい象徴だけではなく、砂時計、置時計、虫に食われた葉など様々な象徴が使われることがわかりました。 授業が終わるとスタッフから「お体がつらそうだったので、今日はやらなくてもいいのではないかと思いましたが、やっていただけたのはどういうお気持ちだったのでしょうか」と問われると、五郎さんは「メメント・モリの対語はカルぺ・ディエム(今日の花を摘め)。今、摘まなくては明日は無理だ。今できることは今やる。そんなつもりで・・・」と答えられました。 続けて「5年半みんなで作ってきたチャンネル・・・これでしばらくお休みすることになると思うな・・しばらくなのか、永遠なのかわからないけど、ひとまずこの5年間ありがとうございました」と感謝を述べました。 とても、感動的な最期の授業でした。 ところで、たまにスピリチュアルな人は生まれ変わりを信じているから、メメント・モリは関係ないでしょう、と言われることがありますが、それは違います。 たとえ、生まれ変わるにしても、人生は大切に生きなくてはなりません。怠惰な気持ちや欲望に打ち勝つにはメメント・モリの気持ちは何よりも大切だと言えるでしょう。https://coconala.com/services/983852(左下のハートを押して下さると嬉しいです)
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第62話 もしもあなたの余命が1年だったら…

どうも、またまた私です!こうやって毎日ブログを更新してますが、時々「ネタってそんなにたくさんなくないですか?」って言われる時がありますが…その通り!!wwそんなにネタないんですよwwだから、色々な本を読んでネタをあさってる毎日ですwインプットしないとアウトプットできないですから!ってな感じで絞り出した今日の話題は「もしもあなたの余命が1年だったら…」です!このブログを読んでくれている読者さんの年齢はわかりません。ですがもし、今日お医者さんに「あなたの余命はあと1年です」と言われたと想像してみてください。どんな気持ちになりますか?辛い?悲しい?仕方ないとあきらめる?親や知り合いに言う?色々な感情が頭の中をぐるぐる回ると思います。そこで、その思考に一つ疑問を投げかけて、思考力をそちらに全振りしてもらいます。その質問とは…「今までの人生でやり残したことはないですか?」です。「人生はまだまだ長い」そう考えて、今やらずに「定年になったら…」とか「お金が貯まったら…」とかやらない理由をつけて先延ばしにしていることありませんか?そうなんです!今日このテーマでブログを書こうと思ったのは、読者の皆さんの本当にやりたい事を先延ばしにせずに実行してもらおう!という裏テーマがあったのです!!人生は瞬きしている間に終わってしまいます。今回の設定では余命が1年ということにしましたが、もしかしたらあなたの余命は1か月、1週間、明日かもしれません。そう考えて行動することで、あなたの人生は100倍豊かなものになるのです。人間は面倒なこと、やりたいけど失敗したら…と思うようなことは先延ばしにしてしまう傾向にありま
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第79話 さぁ、脳力を開放するときだ!

どうも、私です!久しぶりにブログを書きますw休んだ分、がっつり書いていきますので覚悟は良いですか?ということで、二日ぶりのテーマは「さぁ、脳力を開放するときだ!」です。今から私の指示のまま動いてください。まずは目を閉じてください。あなたは大富豪で、お金も時間も余裕があります。あなたを縛るものは何もありません。ですので、あなたの脳を解き放ち、自由に想像してください。その状態のあなたが、今一番やりたいことは何ですか?想像力を無限大に膨らませ、この世にある事でもあなたが新たに作り出したことでも構いません。一番やってみたいことを思い浮かべてください。では、ここからが核心です。「あなたが今、思い浮かべたことを今すぐやらないのはなぜですか?」あなたには時間がないかもしれません。余命が5年かもしれません。もしかしたら1年かもしれないのです。なのに、あなたがやりたいことをやらないのはなぜですか?やりたいことをやらずに人生を終わらせるのですか?私は嫌です。一度きりの人生、やりたいことをやって生きていきますwこんなに素晴らしい世界なのに、楽しいことや面白いこと、嬉しいことはできる限り全て経験したいです!私は強欲なのでwwぜひ皆さんも一度きりの人生、強欲に生きていきませんか?では、今日はこの辺で。いつも読みに来ていただき、ありがとうございます。ではまた明日お会いしましょう!See you♪
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