【追悼寄稿】「メメント・モリ」-死を想え、死を忘れるな-山田五郎が私たちに遺したもの

【追悼寄稿】「メメント・モリ」-死を想え、死を忘れるな-山田五郎が私たちに遺したもの

記事
コラム
 この静かな、しかし確固たる響きを持つラテン語の警句は、私たちが日々の喧騒の中でつい忘れてしまいがちな、しかし絶対に逃れることのできない「いつか必ず死ぬ」という厳然たる事実を告げています。
 どれほど富を築き、名声を高め、栄華を極めたとしても、死の絶対的な前ではあらゆる人間が平等です。「お前もまた、ただの人間であることを忘れるな」というこの言葉は、権力や富に溺れがちな人間の虚栄心を厳しく戒めるものとして、古代ローマの時代から人々の心に深く刻まれてきました。

 美術の歴史を紐解けば、この「死の自覚」というテーマは、時代を超えて様々な形へと姿を変えながら、連綿と描き続けられてきたことが分かります。
 中世のヨーロッパを席巻した、身分に関わらずあらゆる者が死へと誘われる「死の舞踏」や「死の勝利」の図像。あるいは、東洋において肉体が朽ち果てていくプロセスを冷徹に見つめた「九相図」、西洋で墓碑に刻まれた横たわる死体像「トランジ」など、かつての人々は死を生々しいリアリティをもって見つめていました。
 やがてそれは、17世紀のオランダなどを中心に「ヴァニタス(人生の空虚さ)」という静物画のジャンルへと洗練されていきます。画面に配されるドクロや、時を刻む砂時計、そして今にも消え入りそうな蝋燭の炎は、いずれも地上の富や生命の儚さを象徴していました。
 そして興味深いことに、これらの絵画にはしばしばリュートなどの「楽器」が描き込まれます。なぜなら、音楽がもたらす美しい響きや快楽は、奏でられた瞬間に消え去り、二度と引き留めることができないものだからです。それはまさに、形なき人生の儚さそのものを表していたのでした。

 しかし、このメメント・モリという思想は、決して私たちに絶望を強いるものではありません。むしろ逆です。限りある命を強く意識するからこそ、逆説的に「今、この瞬間をいかに大切に生きるか」という、極めてポジティブな姿勢へと私たちを導いてくれるのです。
 その対句として存在するのが、「カルペ・ディエム(今を生きる、今できることを今やる)」という言葉に他なりません。死を見つめることは、生を輝かせることと同義なのです。

 ここでいう「楽しむ」とは、決して消極的な現状維持や、穏やかな時間潰しではありません。「限りある人生なんだから、御託を並べずに、とことん楽しめ!」という、魂を揺さぶるような烈しい呼びかけです。

 美術評論家であり、高名な編集者、そしてお茶の間に愛されたタレントでもあった山田五郎さんは、まさにこの「メメント・モリ」と「カルペ・ディエム」の精神を、その生涯と最期の瞬間をかけて、文字通り剥き出しのまま体現された方でした。

 1958年に東京都で生まれた山田さんは、上智大学在学中にオーストリアへと留学し、本場の西洋美術や文化に触れました。
 帰国後は講談社に入社し、独自の鋭い感性で数々の雑誌編集長を歴任。フリーの評論家となってからは、その膨大な知識とユーモア溢れる語り口で、美術という一見敷居の高い世界を、私たちの日常へと優しく引き寄せてくださいました。

 そして2026年7月14日、山田さんは67歳という若さで激動の人生に幕を閉じられました。しかし、彼が遺した最後の足跡は、あまりにも強烈で、そして美しく私たちの胸に迫ります。
 死の影がすぐそこにまで迫る病床にあっても、彼は決してユーモアを忘れず、自らの死のプロセスすらも貪るように、とことん楽しんで生き抜かれました。

 息も絶え絶えになり、身体がどれほど悲鳴を上げていようとも、カメラの向こう、あるいは読者の向こうにいる私たちへと、最後の最後まで懸命に言葉を紡ぎ、語り向かい続けた山田さん。その凄絶なまでの姿は、「人生をただ漫然と過ごすな、今ここにある生を徹底的に味わい尽くせ」という、私たちへの強烈なメッセージそのものでした。
 彼は最後の瞬間まで、自らの終わりを静かに見つめる希代の「メメント・モリ」の体現者であり、同時に、最期の瞬間まで人生をとことん謳歌してみせた、圧倒的な輝きを放つ「カルペ・ディエム」そのものだったのです。

 最後の瞬間まで稀代のエッセイストであり、語り部であり続けた彼の旅立ちは、あまりにも早すぎました。
 しかし、彼が命を削って遺してくれた言葉の美しさに触れたいま、私はただその死を悼み、悲しみに暮れるだけではいられないと感じています。

 山田さんがその生き様で示してくれた「とことん楽しめ!」という烈しい意志を、私がしっかりと受け止め、引き継ぎ、この胸に灯し続けたいと思います。
 いつか訪れるその時まで、自分の人生を漫然と過ごすことなく、一瞬一瞬を徹底的に味わい尽くして生きていく。
 それこそが、希代のメメント・モリであり、ユーモアに満ちたカルペ・ディエムであった彼への、最大の追悼になると信じて、私は今日からまた、私の生を全力で歩み始めます。

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