博識が遺した、色褪せない教養の光ー山田五郎という希代の先駆者

博識が遺した、色褪せない教養の光ー山田五郎という希代の先駆者

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コラム
 山田五郎さんという稀代の知識人の歩みを振り返るとき、その出発点にあるのは、やはり「言葉の編み手」としての姿です。
 上智大学を卒業後、講談社へと入社した彼は、若者たちのバイブルであった雑誌『ホットドッグ・プレス』の編集長などを歴任されました。
 世の中のトレンドを見つめ、面白いものを世に送り出すその確かな審美眼が、のちの八面六臂の活躍の土台となったのでしょう。

 そんな彼に、メディアという新たな舞台が用意されたのは1991年のことでした。『タモリ倶楽部』への出演をきっかけに一躍注目を集めると、『出没!アド街ック天国』をはじめとする数々のテレビやラジオ番組に欠かせない存在となっていきます。
 どんなにマニアックで専門的なテーマであっても、彼の手にかかれば、誰もがクスッと笑えて深く納得できるお話へと姿を変える。
 その圧倒的な解説力は、多くの視聴者を魅了してやみませんでした。
 彼の語る言葉の深さは、大学時代にオーストリアで西洋美術史を学んだという、確かな背景に裏打ちされていました。
 数々の美術入門書を執筆される傍ら、2021年にはYouTubeチャンネル『山田五郎 オトナの教養講座』を開設。登録者数70万人を超える大人気チャンネルへと成長させ、2025年にはその功績が認められて「伊丹十三賞」を受賞されています。

 私自身、このチャンネルで配信された「聖徳太子とは実在したの?」という回を拝見したときの衝撃は忘れられません。まさに目から鱗が落ちるような、知的好奇心を激しく揺さぶられる「神回」でした。
 歴史の定説を鮮やかに紐解く彼の語り口には、単なる知識の披露を超えた、本物の教養が持つ輝きがありました。その博識と誠実な人柄は、分野を超えて多くの人々の心を動かしています。

 YouTubeで精神科の情報を発信されている増田祐介医師も、熱烈なファンの一人でした。山田さんが旅立たれた後、増田医師が動画の中で彼を忍び、思わず感極まって涙を流されていた姿は、彼がいかに深く愛され、人々の心に寄り添う存在であったかを物語っているようです。

 2024年、ステージ4Bの「原発不明がん」という過酷な病を公表されてからも、彼の情熱が絶えることはありませんでした。
 厳しい抗がん剤治療を続けながらも、亡くなる直前まで動画配信や番組収録の現場に立ち、ご自身の仕事を全うされました。
 最後まで知識を届けることに命を燃やした山田五郎さん。地上での役割を終えられたいま、きっとあの世でも、その圧倒的な博識を生かして大活躍されているのだろうと、どこか確信めいた思いを抱かずにはいられません。
 向こうの世界にいる歴史上の偉人たちや、名だたる芸術家たちを前に、「実はね……」と楽しそうに解説を始め、周囲を感心させている姿が目に浮かびます。

 彼の遺した言葉や博識は、これからも形を変えて、私たちの心を動かし続けてくれるに違いありません。

                          沙門蒼俊  合掌

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