「私」を見つめるノートの余白――カウンセリングと内省がくれた気づき

「私」を見つめるノートの余白――カウンセリングと内省がくれた気づき

記事
コラム
 己理解の出発点であり、最も核心となるのが「内省」というプロセスです。 
 私たちは日々、慌ただしい日常の中でさまざまな出来事に遭遇し、言葉や態度によって心を動かされています。
 しかし、その感情の揺れをただやり過ごしてしまうと、自分が本当は何に傷つき、何に喜びを感じるのかが次第に見えなくなってしまいます。
 内省とは、静かに机に向かい、自分の心の中で起きた現象を一つひとつ紐解いていく、自分自身との対話の時間にほかなりません。
 内省を深めるということは、単に「あのとき悲しかった」「嫌なことがあった」と振り返るだけにとどまりません。
 「なぜ自分はあの出来事にそこまで心が動いたのだろうか」と、一歩踏み込んで問いかけることです。

 過去の記憶をたどり、これまでの経験を振り返ることで、自分でも気づいていなかった「思考の癖」や「価値観の原点」が見えてきます。
 この、自分の内側にある光と影の両方を丁寧に見つめる作業こそが、自己理解の確かな土台を形作っていきます。
 心理学やビジネスの現場において、自己理解には2つの側面があると言われています。ひとつは、まさにこの内省によって、外部の刺激で変化する感情や体調、ストレスのサインにいち早く気づく「私的自己理解」。
 もう一つは、社会生活の中で「他者から自分がどう見られているか」を客観的に把握する「公的自己理解」です。
 内省によって自分の内面を深く満たして初めて、他者からの視点も歪みなく受け止めることが可能になります。

 しかし、このように自分を深く知るための有効な手段であるはずのカウンセリングを、実際に受けている人は残念ながらほとんどいません。
 そこには、保険適用が効かないという現実や、継続的な金銭の負担が大きく関わっているのを感じます。
 一人で行う内省には限界があり、時には自分の認知の歪みに気づけず、同じ悩みの周りを堂々巡りになってしまうこともあるにもかかわらず、専門的なサポートに手が届きにくいのは非常に惜しいことです。
 医療の手を借りることで、カウンセリングを受けることによってうつ症状の改善が見込まれることは、広く知られるようになってきました。

 私自身の話をすれば、プロのカウンセラーという伴走者を得たことで、認知行動療法がきちんとできるようになりました。
 具体的な取り組みとして、日々の気圧の変化やその時の気分、どれくらい眠れたのかといった身体のバイオリズムをはじめ、その日に起こった出来事や反省点を細かくノートに書き出すようにしています。
 そして、ただ書き出すだけでなく、それらをポジティブな捉え方へと変換させる練習を重ねていきました。
 「できなかったこと」の裏にある小さな進歩に目を向け、多角的な視点を持つことで、一人では辿り着けなかった心の奥深くへと問いを進めることができます。
 このようにして、毎回のセッションの中には、必ずと言っていいほど新しい「気づき」が生まれるのです。
 その実体験があるからこそ、心の健やかさを取り戻すためには、投薬治療という外側からのアプローチだけでなく、深い内省と認知の変容を支えてくれるカウンセリングという存在が必要不可欠であり、これらはまさに「両輪」として機能すべきではないかと思えてならないのです。

                          沙門蒼俊  合掌
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