〜うつ病を通して改めて感じたこと〜

〜うつ病を通して改めて感じたこと〜

記事
学び
言えないのと言わないのは違う

これまで生きてきた中で
理不尽に思うことは 沢山ある

例えば
私のこと大して知らないのに
「〇〇ちゃんて〜だよね...」
いや 違うけどな

「いつもYesマンだね...」
いや 限度はあるけどな

「怒ったことあるの?」
そりゃ あるに決まってる

「何考えてるかわからない...」
え?わからないとダメなの?
何でも言わなきゃいけないの?

一見 決めつけのようにもとれる
これらの発言

多分相手にとってはどれも
悪気ない一言
これってきっと私が
感情をあまり表に出さなかったから

ムカっときても心で苦笑いして
特に言い返すこともなく
辛くても悲しくても大丈夫なふり
嬉しさを表現することすら
下手?だった

とはいえ 凪の状態を保つのは
特に苦にはならなかった
むしろそれがいいと思って
ずっと生きてきたところがある

我慢するのも慣れていた

感情の起伏を乱すより
その方が楽だったのかもしれない

そんな自分を疑うこともなく
周りからは"控えめでもの静か"
"古風"だと言われたこともある

それも特に嫌じゃなかった
自分の中では褒め言葉として
認識していたから

中にはそれを褒め言葉だと
受け取れない人もいるというこを
後々知ることになる

感情は 出せなかったんじゃなくて
出さなかっただけ

言いたいことがあっても
言えなかったこともあれば
あえて言わなかったこともある

自分が人の気持ちを察する
察しようとするタイプだったから
人にも根掘り葉掘りは聞かないし
別に話さなくてもいいと思っていた

察する力(表情や言葉から)は
当たり前に備わっていたし
誰にでもある力だと思い込んでいた

ある時いろんな学びの中で
それは当たり前じゃないのか...
察するのが苦手な人もいるんだ...
ということを知った

ある意味新鮮な驚き

子供ながらに
人はみんなそれぞれ性格や考え方
感じ方・受け止め方が違うことは
なんとなく分かってはいた

だからすぐに泣いたり
怒ったりする人もいれば
平気な人 平気そうな人もいるんだな...
そう理解していた

だけどそんな中でも
"本音と建前"や"世間体"のようなものは
日本人にとって必要な概念でもあり
みんなあるものだと思ってた

ところがここも違ってた

世間体を気にせず
"建前"の概念がない人の中には
いつも本音で生きている人もいた

とにかく我慢はしない
発言や行動も
自分の思うがままの人
それゆえトラブルを招くことも

節度をわきまえつつ
常に賢く本音を言える人もいる
これは勉強になった

そして"世間体"の形にもいろいろ
違いがあることを知った

あくまでも常識的に振る舞うための
周りと調和をとる意味での"世間体"

もう一つは
自分をよく見せたいがために
周りの目や意見を気にする"世間体"
いわゆる外面の良さ

似ているようで全く違う
どちらもわからなくはない

周りに振り回されない人から見れば
『あの人は世間体ばかり気にして...』
といい

世間体を気にする人から見れば
『全く...あの人は常識はずれなんだから』
というイメージ

これもよく目にしてきた光景

いろんな人を見て関わってきた中で
最終的に辿り着いたことは
やっぱり "人は人 自分は自分"

国籍 出身地や家庭環境
血液型や体型 性別 健康状態
発達特性や個性の凸凹

好みの違いや
喜び・不快に思うことの違い
感じ方や受け止め方も違えば
言葉の選び方 発言の仕方や態度も
違ってくる

当然違いがあって当たり前

生まれ持った性質も
生まれ育った環境も
出会ってきた人たちも
これまで起こった出来事も
どのように感じてどう受け止めるのか

そこから出来上がっていく性格も
みんな違うから 
そこで出来た価値観も違って当たり前

だから
無理に合わせすぎなくていい
自分を出してもいいし
出さなくてもいい
だけど
人を決めつけたり
責めたり否定はしない
求めすぎない 期待しすぎない
自分も相手も尊重する

できていたかは別として
人には平等に公平に...
人様の悪口は言わない
人の嫌がることはしない
思いやりの心を持つ

道徳の授業好きだった私が
これまで育てられた環境の中で
なんとなくそう気をつけて
信じて進んできた考え方

*こうあるべき
*ちゃんとしなきゃ 
*きっとこうなるに決まって
るから こうしよう
*〜したのが良くなかったんだ
*あの人はすごい 私はまだまだ
*このままではダメだ
*私のせいだ

この縛りのようなものにも囚われて
長年生きてきたところもある

人には優しく親切にできてきたつもり
だけど自分には厳しかったのかも

うつ病になるまではもうちょっと
固い考えの自分がいた

人の腹黒さや卑怯さ 
無関心な態度による残念な気持ち
裏切られたことへのショック

理解してもらえていなかった
ということがわかった時の落胆

大切に築いてきたつもりの
信頼関係の崩壊

自己防衛のための数々の嘘や
人の印象を下げることにより
自分を正当化し守ろうとする
相手の弱さ

相手の往生際の悪さが招く
イライラや腹立たしさ
言動と行動の一貫性のなさ

これらのことによる幻滅感

うつ病生活の中で
改めて自分を内省する時間
それら全てから学んだことは

自分に都合の悪い部分(劣等感含む)を
隠すために必死な人がいる
どれだけ理解し歩み寄ろうとしても
全く聞く耳を持たない人もいる
話し合いができない人もいる

この間まで褒めてくれていたと思えば
それがなかったかのように
貶すような発言をしてくる人がいる
いわゆる『こき下ろし』

一番助けて欲しい時に
自己保身に回って無関心な人もいる
そこで分かるその人たちの性質

逆に どんな状況にあっても信頼し
変わらず見守り寄り添ってくれる
タイミングをみて連絡をくれる
会いに来てくれる

そんな切れないご縁
ありがたい存在があることを
再確認できた

それを目の当たりにして
肝に銘じて思ったことは

時間は有限 これからは 
自分を大切に思ってくれる人や
助けてくれた人にだけ力を注ごう

そうでない方には
これ以上合わせすぎたり
与えすぎないようにしよう

深刻に考え過ぎない
もっと気軽に考えよう

自分の気持ちに正直に
心や体を大切に生きよう
そうやって自分や大切な人を
守っていこう

変えられないことや
どうにもならないことに
執着するのはやめよう
手放すことも必要

心からこう思えた時
ちょっと自分を緩めることができて
清々しい気分になって
新しい自分が生まれた感覚

鬱になって辛かったことも
たくさんあったのは事実

だけど鬱にならなかったら
気づかなかったことも
それ以上にたくさんあって

今になれば
鬱になって良かった
以前よりもずっと幸せだなぁと
感じられる自分がいる

命があってよかった

改めて
生まれてきてよかった
何事も学び
無駄なことは一つもない
これもまた
そう思える体験の一つ


とはいえ
鬱といっても人それぞれ

他の問題が重なっていることで
なかなか回復が難しかったり
時間がかかったり

思うように気持ちの切り替えが
できないことによる
気分の落ち込みを繰り返す毎日に
苦しんでいる方もたくさん
いらっしゃることでしょう

今 うつ病で悩んでいる方たちが
少しでも穏やかに過ごせる日が
来ますように...


なんだか 取り留めのない文章になりましたが
ご覧いただき ありがとうございました☺️



















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