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【シリーズ】行政書士は胃が痛い 第5話:締め切りと、降り積もる案件

相続問題で揺れる依頼者兄弟に、どう連絡を取るべきか。高橋はパソコンの画面とにらめっこしながら、慎重に言葉を選んでいた。下手に介入して関係を悪化させてもいけないし、かといって傍観していては手続きは一向に進まない。その匙加減が、行政書士の腕の見せ所であり、胃痛の種でもある。集中してメールの下書きを進めていると、ふとデスクのカレンダーに書き込まれた赤丸が目に入った。「…まずい!」思わず声が出る。来週に迫った、別のクライアントの会社設立に関する書類の申請期限だ。相続問題と、先日まで格闘していた建設業許可の件に気を取られ、すっかり対応が後手に回っていた。慌てて該当のファイルを引きずり出す。定款の最終確認、必要書類の取り寄せ状況、登記申請書の作成…。やるべきことが山積みだ。冷や汗がじわりと滲む。相続問題での感情的な配慮、会社設立の細かな手続きと期限管理、そしてまだ結果の出ていない建設業許可の行方…。異なる性質を持つ複数の案件が、一気に頭の中で交錯し、重くのしかかってくる。一つでもミスは許されない。一つでも期限を破れば、クライアントの事業計画や人生設計に影響が出かねない。そのプレッシャーが、まるで鉛のように高橋の胃に沈み込んでくる。彼は無意識のうちにデスクの引き出しを探り、常備している胃薬のシートを取り出した。降り積もる案件のように、胃の不快感もまた、積み重なっていく。(第6話へ続く)
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【シリーズ】行政書士は胃が痛い 第2話:役所の壁と、小さな不備

午後の日差しが差し込む中、高橋はあの気の短い社長から依頼された建設業許可の更新書類を手に、役所の担当窓口へと足を運んだ。朝の電話での剣幕を思い出すと、絶対に今日中に受理してもらわなければ、というプレッシャーが胃にかかる。順番待ちの番号札を握りしめ、待合の硬い椅子に腰掛ける。周囲の喧騒とは裏腹に、高橋の心は妙に静かだった。いや、静かというより、嵐の前の静けさに近いのかもしれない。ようやく番号が呼ばれ、窓口へ。用意した書類一式を、担当者に手渡す。相手は無表情のまま、慣れた手つきで書類をめくり始めた。その一分一秒が、やけに長く感じる。「うーん、高橋さん…」担当者が、ふと顔を上げた。その声色に、高橋の背筋がわずかにこわばる。「この、工事経歴書なんですけどね。記載されている工期と、添付されている契約書の工期が、一日ずれてますね。」一瞬、頭が真っ白になる。何度も確認したはずなのに。こんな単純なミスが?「申し訳ありません、すぐに確認して…」「ええ、会社さんに確認取って、訂正印で修正をお願いします。それから再提出ですね。」淡々と告げられる言葉が、重くのしかかる。また事務所に戻って、社長に連絡して、訂正してもらって、そしてまたここに来る…。考えただけで、朝からくすぶっていた胃の痛みが、また主張し始めた。たった一日のズレ。されど、役所の壁はそれを許さない。この小さな石ころが、行政書士の心を、そして胃を容赦なく抉るのだ。(第3話へ続く)
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【シリーズ】行政書士は胃が痛い 第1話:鳴らない電話と、鳴りすぎる電話

街の片隅に事務所を構える行政書士、高橋(仮名)。開業して5年目、ようやく仕事も軌道に乗ってきた…と言いたいところだが、現実は甘くない。午前中のデスクワークは、鳴らない電話との戦いだ。新規の依頼だろうか、それとも問い合わせだろうか。いや、そもそも事務所の存在を知ってもらえているのだろうか。そんな不安が、じわりと胃のあたりを重くする。やっと昼食にありつき、コンビニのサンドイッチを頬張っていると、今度はけたたましく電話が鳴った。「先生!例の件、どうなってるんですか!?期限、明日ですよね!?」建設業許可の更新を依頼されている、少し気の短い社長からだった。もちろん、期限は把握しているし、書類も準備万端だ。しかし、電話口の焦りように、こちらも胃がキリッと痛む。「はい、社長。ご安心ください。書類は全て整っておりますので、本日午後に提出いたします。」丁寧に対応し、電話を切る。安堵のため息をつく間もなく、別のクライアントからの着信。今度は相続手続きの件だ。「あの…やっぱり遺産分割協議書の内容、変更できませんかね…兄が納得しないみたいで…」一度は合意したはずの内容。振り出しに戻るのか…? 高橋は、こめかみを抑えながら、再び胃に手を当てた。鳴らない電話も、鳴りすぎる電話も、どちらも行政書士の胃には優しくない。今日も一日、この痛みと付き合っていくしかないのだろうか。(第2話へ続く)
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【シリーズ】行政書士は胃が痛い 第4話:ハンコと、揺れる心

朝一番で役所へ向かい、社長から訂正印をもらった建設業許可の更新書類を再提出した高橋。窓口で「今回は大丈夫そうです」と声をかけられ、ようやく胸をなでおろす。これであの気の短い社長からの催促の電話も鳴り止むだろう。事務所に戻り、安堵感と共にコーヒーを一口飲んだ、その時だった。メールの受信音が鳴る。開いてみると、先日相談を受けていた相続手続きの依頼者からだった。『先生、大変申し訳ありません。先日合意したはずの遺産分割協議書なのですが、兄がやはり納得できない、と…。ハンコを押してもらえそうにありません。』高橋は、思わずモニターの前で天を仰いだ。一度は「これでお願いします」と全員が頷いたはずなのに。相続は、単なる財産の分配ではない。そこには、目に見えない家族間の長年の感情や、それぞれの思惑が複雑に絡み合っていることを、高橋は嫌というほど知っていた。行政書士は、法律に基づき書類を作成し、手続きを代行する専門家だ。しかし、依頼者の揺れる心や、家族間の感情的なもつれを直接的に解決することはできない。ただ、その「心」が原因で、手続きという「形」が進まないのであれば、何らかの橋渡しを試みるしかない。どうすれば、あのお兄さんの気持ちを和らげ、再び円満な合意形成に繋げられるだろうか。最適な言葉を探し、対応策を練る。その間にも、じりじりと胃が熱を持ち、鈍い痛みを主張し始める。法律や条文だけでは割り切れない、人の心の重さが、また高橋の胃にのしかかってくる。(第5話へ続く)
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【シリーズ】行政書士は胃が痛い 第3話:受話器の向こうの溜息

重い足取りで事務所のドアを開け、高橋は自分のデスクの前で深くため息をついた。役所で突き返された建設業許可の更新書類が、やけに重たく感じる。工事経歴書と契約書の工期、たった一日のズレ。しかし、その「たった一日」が、今は大きな壁となって立ちはだかっている。一番気が重いのは、これからしなければならない連絡だ。あの気の短い社長に、この不備をどう伝えるか…。考えただけで、また胃の奥が鈍く痛み始める。スマートフォンを手に取り、社長の番号を表示させる。コールボタンを押す指が、一瞬ためらう。ええい、ままよ。意を決して発信すると、数コールで相手が出た。「…あ、社長、先ほどはどうも。行政書士の高橋です。大変申し訳ないのですが、書類の件で一点だけ…」恐る恐る切り出すと、受話器の向こうから、予想していたよりもさらに深い溜息が聞こえてきた。「なんだよ先生!しっかりしてくれよ!こっちはその許可がないと仕事が進まないんだぞ!」叱責に近い声色に、胃がきりりと締め付けられる。高橋は痛みをこらえ、努めて冷静な声で、不備の内容と必要な訂正箇所、そして再度提出が必要なことを丁寧に説明した。「…わかったよ。すぐに対応する。だけどな先生、次はないぞ!」ガチャン、と少し乱暴に電話は切られた。高橋は、受話器を置くと同時に、椅子の背もたれに深く体を沈めた。安堵と疲労が、一気に押し寄せる。クライアントの期待と、役所の厳格さ。その狭間で神経をすり減らす日々。この慢性的な胃の痛みは、その証なのかもしれない。(第4話へ続く)
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