【教育しても成長はさせられない】
日常的スピリチュアル、安田です。
どんなに優れた教育をしても
成長させることはできません。
成長ができるように
導くことはできますが
成長そのものには
自己責任の努力が必要なのです。
教育というのは
自己責任の努力ができるように
導くことをいいます。
何かを知ったからといって
成長ができるのではなく
知ったことを実践し
努力することで
成長ができるのです。
努力ができるように導く教育が
「悟り教育」なのです。
悟れるように導ける教育が
求められているのですが
表面的な教育では
悟りに導くことはできません。
教育する人が
悟っている分
悟りに導けるのです。
過去の時代の教育は
知っていることが多ければ
教育が成り立ったのですが
今の時代では
悟っていることで
教育が成り立つのです。
となると
教育が難しく感じますが
教育する人も
教育される人も
共に成長していく
時代だということです。
共に成長するというのは
共に悟れるように
努力をするということです。
いくら教えられることがあっても
完全完璧ではないし
成長過程であるのです。
教えて成長することができ
教えられて成長ができるように
導かれていくのです。
成長が自己責任であることを
悟れることで
自分の努力ができ
成長欲求が満たせるのです。
自己責任を全うするには
主体的に歩むことが必要なのです。
受け身で待っていながら
成長することはできません。
主体的に歩むというのは
自分の努力に対して
主体的に歩むということです。
主体的に歩むには
どのような努力をするのかを
自分で決めるということです。
今は義務、強制が
通用しない時代
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