「虹の橋」のその先へ。私がペットロスで学んだこと、思うこと

記事
学び

①はじめに

巷で言われる◯◯ロス…
ハマったドラマが終話となり、その喪失感でツライ時などに使われる言葉だ。

しかし、ペットロスについては、その辛さを思えば、ちょっとその言葉のニュアンスに違和感を感じる。

なぜなら、飼い主にとってのペットとは、家族であり、我が子であり、伴侶であり、相棒であり…と、その関係は、飼い主とペットの数だけ
存在するからだ。

それは経験した者にしか理解できない辛い喪失感だから。
そして、

「早く病院に診てもらってたら…」
「感情的に叱らなければ…」
「もっと散歩してあげたら…」

頭の中から離れない、後悔の念。

私がそれを知ったのは、半野良だった「クロちゃん」との別れだった。

ペットロスの辛さは、相当なものだと頭では理解していたつもりだったのだが…
長くなるが、読んで欲しい。


②母とセナ

亡くなる前の母は犬を飼っていた。
長く共同住宅で暮らしていたので、一軒家に住めるようになったことで、子供の頃からの夢を叶えることができたと言っていた。

脚に障害がある母は、私が卒業して独立したことで、独り暮らしとなった。
心細さや寂しさもあったのだろう。

最初に飼った犬は、知人のブリーダーさんから譲っていただいた、マルチーズだった。
一緒に生まれた兄弟たちの中で、体がいちばん小さく、お乳も満足に飲めない子だったそうだ。

しかしとても賢い子で、
「◯◯持ってきて」
と母が言うと、ちゃんと対応するおもちゃを間違えずに咥えてきた。

おもちゃをすべて持ってきてしまったので
「何でもいいから持ってきて!」
と言ったら、小さなカゴをかぶってきたそうだ。
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名前は当時人気のF1レーサーからとって「セナ」。
頼まれて、私が名付けた。
どちらのセナも若くして亡くなることになるとは、夢にも思わなかった。


③セナの死

飼い始めの苦労や、喜びが大きかったこと、独り暮らしの寂しさを埋めてくれる存在であったことから、母はセナに対して特別な感情があったと思う。

そんな中で、セナがガンであることがわかった。

日に日に衰弱してゆき、最後は母に見守られて亡くなった。

私は「セナ」と名付けたことを後悔した。


④失う悲しみ 喪失感

母は、セナとの想い出がつまった家に居ることが耐えられなかった。
遠方から、私の暮らすアパートに来て、しばらく滞在した。

「こんな辛く悲しいなら、二度と犬は飼えない」

と、一緒に飲んでいる時は、いつも涙声で呟いていた。

母が自宅へ戻り、しばらく経った頃、新しく子犬を飼ったと聞いた。

悲しみに暮れる母をみかねて、知人が勧めたとのことだった。
毎日の世話で忙しいと、楽しそうにこぼしていた。

それから母は元気を取り戻したが、セナのアルバムや撮りためたビデオを観ることは、最後までなかった。 

愛するペットを失ったら、心を埋める何かが必要なのだと、その時の私は思った。


⑤クロちゃん

それからしばらくして、私は一軒家に移り住むようになった。
市内でも古い団地で、地域猫をよく見かけていた。

その地域猫の一人なのか、幼猫がウチにくるようになり、次第に懐いて、半野良で飼うような感じになった。
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美人な黒猫で「クロちゃん」。
家族みんなのアイドルだった。

私が仕事中の交通事故でPTSDとなり、休職を繰り返したことで、会社で孤立していた時期だった。

精神的に弱っていたためか、家族内もギクシャクしていたが、クロちゃんが来てからは、家族の会話も増え、PTSDの症状も薄れていった。


⑥クロちゃんの妊娠

クロちゃんは元々野良猫なので、夜になると、玄関で外に出してと訴えるため、完全に家の中だけで飼うことできなかった。

外に行くのをいつか諦めるだろうと思っていたが、駄目だった。

そんなある日、クロちゃんは妊娠し、しばらくして姿を見せなくなった。


⑦クロちゃんの出産

クロちゃんは、隣りの家の納屋で出産したようだった。

納屋からは煙突が突出していたが、その隙間から納屋に出入りするのを何度も見かけたからだ。

家でエサを食べたあと、以前のように長居はせず、すぐ煙突の隙間へ向かったので間違いないだろう。

ある日、外でクロちゃんの鳴き声がするので見てみると、納屋の煙突の隙間がふさがれていて、そこにクロちゃんがいた。

毎日、煙突の周りで子供たちを探すように鳴いていた。

私の家でエサを食べたあと、窓から煙突の方をじっと見つめるクロちゃんの姿は、今でも忘れられない。

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⑧クロちゃんとの別れ

それから少し経ち、クロちゃんを見なくなった。

家族で何度も探したが結局、二度と会うことはなかった。

数ヶ月後、煙突の家の方が猫嫌いであることや、市に駆除を依頼したことを近所の方から聞いた。

家族の会話も少なくなり、毎日クロちゃんのことを悲しみ、
そして後悔した。

もし、無理やりにでも外に出さないようにしてたら…
隣の家の人に言って、子猫を引き取っていたなら…

家の中は、悲しみと後悔だけの暗い空間になった。
クロちゃんが来る前より……ずっと。


⑨闇の中へ

家族は、やりきれない思いを私にぶつけた。

日々の後悔と悲しみ、家族からの責め…PTSD後の会社での孤立…
私は会社を休みがちになった。

家にも居たくなかったので、インターネットカフェやパチンコ店で時間を潰していた。
ギャンブルをしている間は、すべてを忘れることができた。

やがて借金するほど、のめり込んだ。

依存症だったと思う。

そんな時、ふと母のことを思い出した。
新しく犬を飼ってから元気を取り戻したことを。

…しかし、また失う辛さを思うと
、なかなか踏み出せなかった。


⑩かすかな期待

そんなある日、市内のホームセンターで保護猫の譲渡会があることを知った。

もしかして、保護されたクロちゃんがいることはないだろうか…

かすかな期待で会場に向かった。

入口から順番にケージを確認していった。
いるわけないか…そう思った時…

あるケージの前で、私たちは釘付けになった。

ケージの中には、黒猫。

それまで楽しそうにしていた私の子供の表情が変わった。

ひと目でわかる。
クロちゃんではない黒猫。

今までの感情が込み上げてきて、私たち家族は、人目もはばからずに泣いた。

無邪気に遊ぶ黒猫の前で。


⑪運命の出逢い

黒猫を見ているのが辛いこともあり、私は別のケージに向かった。

とあるケージの奥に子猫が震えながら伏せていた。

なぜか私はその子のことが気になり、ケージの隙間に折り曲げた指をそっと差し入れた。

子猫は、
よたよたと震える足で近づき
私の指に鼻をつけた…

冷たい鼻先。

なぜだか涙がこぼれ落ちた。

さっきとは違う涙。

(一緒に暮らそう…)

その子猫は、まるで返事をするかのように、音もなく鳴いた。

運命だと感じた。


その子はいま、12歳。
色んなことがあったが、今でも、あの出逢った時のことは、鮮明に記憶している。


⑫猫の恩返し

昨年私が退職して、次の仕事が見つからず、体調も悪くなり、経済的な苦しさから、希望を失い、世の中から消えてしまいたいというネガティブな感情に支配されるようになった頃。

なぜか彼は
私と寝るようになった。

仕事探しサイトや、人類滅亡の予言などの動画を疲れるまで観ていた。

現実に震え…現実逃避する…その繰り返しだった。

その間、彼は黙って私の腿を枕にして背を向けていた。
長い時間。

私が、疲れ果てて寝ようか…と思うと、声もかけないのに、必ず彼は振り向いて小さく鳴いた。

「もういいのかい?」

布団をかぶり、弱音を漏らす私を、まん丸の綺麗な目で見つめてくる。

そしてやさしい毛の生えた手を伸ばし、そっと頬に触れてくる。

温もりを感じ、優しさに包まれていく…

日々心がすり減るけど、この子と寝るときだけは、ネガティブなことを忘れられる。

1年近く経ち、彼のおかげで、やっと前を向けるようになってきた。

ずっと忘れていた“夢”、それを思い出すことができた。

するとなぜか、彼はあまり一緒に寝なくなった。

あれだけ長い時間、私の腿で動画を見終わるのをまっていたのに、今はすぐに寝ようと誘ってくる。

「もう大丈夫にゃ」

いつか、この子も虹の橋を渡る。
私が先かも知れないが…

きっとまた何かを後悔するだろうし
悲しみに暮れるだろう…


最近觀た動画で、ペットは生まれてくる前に、運命をわかったうえで、

“出逢う飼い主を決めてくる”

というものがあった。

私の関わった子たち。みんな、そうだったと感じる。

飼い主の
魂の成長のために
魂を救うために

そう思うと、一層愛おしくなった。
いつまでも悲しんでいたら、あの子たちに心配をかけてしまう。

ありがとう
私のとこに来てくれて

そんな言葉がお互いにとって、ふさわしいのかもしれない。

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◆あとがき◆

ペットロスの経験を伝えるために書き始めたが、思い返してみると、その他にも考えることが色々とあった。

地域猫の問題
保護猫
ペットの病気
飼い主の事情で飼えなくなること
など…

そのため、あえて間接的なことも書くことにした。

飼い主とペットの数だけ、それぞれのストーリーがあると思う。

私は、人だけではなく、ペットとの関わりも運命だと信じている。

たまたま觀た番組で、高齢化社会の中で、ペットと暮らすことの意義や、飼い主の死や病気などでペットを買い続けることができなくなることについて特集していた。

世界でも考えは様々あり、フランスでは飼い主がやむを得ずペットを飼えなくなる場合は、国が支援する仕組みがあるらしい。

一方で英国などでは、あくまで飼い主の責任であるとして、国として税金を使っての支援はしないという考えだ。

ペットを飼ったことがない、或いはペットが嫌いな方からしたら、そこに税金が使われるのは納得できないという考えも当然あるだろう。

しかし人生において、ペットと暮らすことは、ただ可愛がる愛玩動物ではなく、心に寄り添うパートナーとして、運命づけられたものであると私は思う。

殺処分される子たち
殺処分しなければならない人たち
悪意のあるペットショップやブリーダー
イイねを稼ぐためにペットを飼い不要になったらゴミとして捨てる者…

そんなことがない世の中であって欲しいと切に願う。

日本でも、フランスのような取り組みを検討し始めたと聞いた。
殺処分を減らす活動が成果を出している自治体も増えてきた。

人も
ペットも
幸せに、その命を全うできる世界…

その実現のために何ができるのか。

このブログや、私の電話相談が、その役に立つことができますように…


ここまでお読みになられた、あなたへ

私の個人的なストーリーを、つたない文章にもかかわらず、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

ペットとの辛い別れを思い出させることになったのでは、と危惧しております。お辛い記憶を掘り起こす結果となり、本当に、ごめんなさい。


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