配属から一週間が経った。
オフィスの空気には、まだ慣れない。
特に、隣に座る蒼さんの存在は、常に私の背筋を凍らせる。
彼は、私がキーボードを叩く音すら、効率化の対象として見ている気がして、私は必要以上に肩を縮めて業務に取り組んでいた。
「……澪さん、この資料」
蒼さんの静かな声が、私の思考を止めた。
彼が差し出したのは、私が昨日提出した、競合他社の動向をまとめたレポートだ。
私は、自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「はい」
私は、慌てて彼に向き直った。
声が上擦ってしまった。
「ここ。数字が、間違っている」
蒼さんは、資料の一箇所を指差した。
その指先は、まるで氷のように冷たく、私の失敗を鋭く突き刺した。
「え?」
私は、資料を覗き込んだ。
そこには、競合他社の売上データが、一桁間違えて記載されていた。
私の、単純な転記ミス。
「これは、基本。マーケティングにおいて、数字の正確さは、信頼のすべてだ」
蒼さんの言葉は、短く、的確で、感情を交えなかった。
だからこそ、その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。
「……すみません」
私は、うつむいた。
顔が熱くなる。
自分の能力を否定されたように感じて、大きなショックと自己嫌悪が押し寄せてくる。
(……私、やっぱりダメだ)
蒼さんは、私の謝罪を気にする様子もなく、パソコンに目を戻した。
「澪さん、効率も大事だが、正確さはもっと大事。次からは、トリプルチェックを徹底してください」
彼の言葉は、私に対する“指摘”だった。
初日から続くプレッシャーに、私の心は、砕けそうだった。
(……私、この部署で、やっていけるのかな)
一日の業務が終わり、私は、重い足取りでオフィスを後にした。
外はもう暗く、窓から見える街の明かりが、私の失敗を祝福しているように見えた。
(……私、才能ないのかな)
自宅に戻っても、蒼さんの冷たい視線と、的確な指摘が、頭から離れない。
(……正確さは、信頼のすべて)
私は、ベッドに入っても、眠れなかった。
(……失敗したくない)
その夜、私は、自分の失敗を振り返った。
蒼さんの指摘は、ただの小言ではなかった。
私の、初心者らしいミス。
正確さの大切さ。
そして、成長のための指摘。
私は、自分の失敗を認め、蒼さんの指摘を活かそうと努力することを決意した。
(……明日こそ、成長するんだ)
私は、蒼さんの冷たい視線に負けずに、正確さと効率を両立できる自分になる。
私の新しい物語は、まだ始まったばかり。
続く。