結婚12年目
小学生の子どもが一人いる、どこにでもいる母です。
3人家族、犬1匹とカメや魚を飼っています。
夫は会社員、私は扶養内で仕事をしています。
夫は、会社では店長を任される立場にいます。
責任感もあり、仕事もできる人。
外から見れば、きっと“頼れる人”なのだと思います。
夫自身もよく
「夫として俺は、“優良物件”だと思うよ」
と、自負していました。
私もその言葉に
「確かにそうかも」 と思っていたところがあります。
しかし、子どもが少しずつ自立していく時期頃から、
夫の強要する内容が日に日に増していったのです。
私は一度、壊れました
気づいたときには、
眠れなくなり、
涙が止まらなくなり、
夫のいる家に帰れなくなっていました。
玄関の前で、涙をぬぐいながら動けなくなったこともあります。
理由はうまく説明できないのに、体が拒否していました。
作り笑顔もできなくなって、
「大丈夫」と言うことすら苦しくなっていました。
今振り返ると、あれは心が限界を迎えていたのだと思います。
「私が悪い」と思い続けていた
夫は心療内科で適応障害と診断され、休職しました。
そこから、家の空気が変わりました。
言葉が強くなり、
否定されることが増え、
正しさを押しつけられるようになりました。
でも私は、
「今はつらい時期だから」
「支えなきゃいけない」
「私が我慢すればいい」
そう思っていました。
夫は、会社でも部下や自分の指導下にいる人に
正しさをきちんと教えているようでしたが
今思うと、会社でも自覚なくパワハラをしていたのではないかと思います。
私は、
“夫は今適応障害で夫も辛いんだ”
“私の受け取り方が悪いのかもしれない”
と、ずっと自分を責めていました。
子どもの涙
ある日、子どもが泣きました。
「怒られるの嫌だ」
「昔のやさしいパパに戻ってほしい」
その言葉で、やっと立ち止まりました。
守らなければいけないのは、
夫の機嫌ではなく、
子どもの心と、私自身だったのかもしれないと。
たどり着いた言葉
夫は「自己愛性パーソナリティ障害」と診断されたわけではありません。
それでも、何度も調べる中で
“自己愛傾向”という言葉にたどり着きました。
そして私は驚きました。
その症状のすべてが、夫に当てはまったからです。
絶望と、安堵が同時にありました。
私が弱いわけじゃなかったのかもしれない。
そう思えた瞬間でもありました。
今、わたしは再構築中です
離婚寸前までいきました。
今も、将来について迷いがゼロではありません。
子どもが成人したら……と考えてしまう自分もいます。
でも、私はここにいます。
なぜなら、
夫を変える前に、
まず自分を取り戻すことを選んだからです。
嫌なことは嫌と言う。
好きなことをする。
我慢を美徳にしない。
少しずつ、境界線を引く練習をしました。
その結果、
夫への恐怖感はほとんどなくなりました。
もう一度好きになれるかもしれない。
でも、無理かもしれない。
そのどちらも、今の正直な気持ちです。
私は、まだ揺れています。
・モラハラに気づくまでのこと
・心が崩れた日のこと
・離婚を本気で考えた夜
・恐怖感が消えるまでにやったこと
・自己愛傾向のある人との向き合い方
・そして、自分を取り戻す過程
壊れて、
揺れて、
それでも戻ってきた私。
もし今、
「私が悪いのかもしれない」と
自分を責めている人がいるなら。
ここが、少しでも
安心できる場所になりますように。