不登校と発達障害に相関性はあるのか?

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興味深い精神科医とのインタビュー記事を読んだので備忘録的に書いておこうと思います。

「発達障害が不登校の理由になっているのか?」
という問いに対して、ASDにおいて「はい」と言えるデータはあるそうですが、その方曰く「問題は(学校という)システムにある」とのことです。

横浜市でASDの人たちを幼児期から20年間にわたって追跡した調査によると、対象者の中で不登校の経験があった人は23.5%。知的障害がない人に限っても30%に上るとのこと。一般の不登校よりも高い。

ただ学生時代の不登校→大人になってから引きこもりの因果関係はなく、大人になったらどこか出かける場所をもって社会参加している人の方が圧倒的に多い事実を鑑みると、「学校」といういう環境がASDの人たちにとって大きな関門になっていることを示唆していると言えます。

ここでは「学校」という環境をあげたのは、最も細かく枠組み化されているカリキュラムや指導手法にあり、現場の教員がそれに従わなければ評価に関わるとなれば、決められた枠にはめてカリキュラムを進めるしかないわけです。

皮肉にも、教員の方々が真面目に文科省に決められたカリキュラムをこなそうとすればするほど、ASDにとってはいずらい環境になってしまうというわけです。

就職氷河期世代の学生時代もカリキュラムというものはあったものの、担任や教科担当は、教科書の全部を網羅するわけでもなく、上手い事手抜きをしていた教員もいました。それが逆に多様性にとってはいい環境と言えたのかもしれません。

その証拠に、当時も今も発達障害を持った人はいたはずです。特にADHDも遺伝の要素を持っているため、今の子供の両親のうち、両方又はいずれかはADHDを持っていたと考えられ、その両親もまた同様の可能性があるからです。

現在、大学進学よりも専門学校へ行く生徒が多くなっていると言います。つまり専門学校は私立が96%ほどを占めています。私立で独自の教育方針を持っている教育機関に注目が集まっているとも取れます。

私が学生の時代は、「苦手なことも努力で克服する」→「赤点取れば補習」などが一般的。私は生物や数学が苦手でした。逆に中学で音楽のテストは感覚的に覚えることができて、且つ自分でも楽器ができるようになりたいなどの思いも重なり、自分から音符を学んだりしました。

この「赤点」があることで、自分の弱点が明確に分かります。中学の時に得意だったのは音楽の他に英語がありました。この2つの強みは、大学を卒業してから大きく私の人生に関わるようになります。

留学してから在米17年

入試のスコアで満遍なく合格点に到達することが難しかった私は、浪人含めて全ての入試に不合格となります。そこで英語のエッセイの提出だけで合否が決まる機会があり、いとも簡単に米国の大学の留学の機会を得ることが出来たのです。

その後、渡米した先でバンドを組むようになります。このバンドは何度も変わったものの最終的にプロを目指すまでに本格的に活動するようになります。

しかもバンドメンバーには、二人のボーカルがいて二人ともADHD。49歳にしてADHDの診断を受けた私は、振り返ってみればバンドで3人目のADHDだったわけです。

メンバーは皆やることがばらばらでしたが、適当に音を出している時に私含めた3人は、「この音だ!」というところで一気に注意が同じ方向へ定まる瞬間があり、強みの過集中で楽曲を完成させていきます。

ビジネスマインドが強かった私は、とにかくメディアキットを送り続けました。マーケティングとしてライブを重ね、遠方でのライブをブッキングする条件として、地元からバスをチャーターしてお客さんを連れていくということもしました。その度にお金が飛びましたし、家に帰る時間も夜中になることは多々ありましたが、なぜかいきづらさを感じなかったと今でも不思議に思います。

「いい大人がバンド活動して」と恐らく日本なら言われたかもしれない中で、当時はライブ会場で出会う人達は、いい歳してバンドをしている大人をいつも盛り上げてくれたし、受け入れてくれていたのも、自分の特異な特性でいることに違和感を感じることがなかった理由なのかもしれません。

もちろん海外であっても学校や企業の型にはめる方針をもった環境はあるでしょうが、それでも自分の言いたいことを言える素地がありました。帰国して不思議に感じるのが、言いたいことが本当に言いにくい雰囲気が漂っているのは否定できません。

私が会議が好きではないのは、その1点に限ります。私は、特定のタイプを持つ人の前だと極端にコミュニケーションが下手になります。一方で逆の特定のタイプの前だと分かりやすい表現に言い換えるのが上手になります。

帰国してからは前者ばかりしか経験しておらず、その結果出来ない社員となってしまうことを何度も経験しました。

振り返れば、自分自身を輝かせるのは、「環境」だと感じます。一人で突き進む特性を持った人は、たとえ大企業であってもチームで足並み揃えることに違和感を覚えるだろうし、指示の中であれば才能を最大に発揮できる人であれば大企業で自分の役割りに特化した働き方にしっくりくると思います。

その「環境」を特定するためにも「自分自身」の理解ができるだけ早い段階でできていれば、いきづらさという時間の間ですら「自信」で居続けられる可能性だってあるのです。

一定数の集団が働きかけたって、または一定数の企業が固まったって、国の文化を変えるのは至難の業の中で、一人の人間が変えようと働きかけることが如何に難しいのかは分かるでしょう。

抗うのではなく、自分のありのままを受け入れ、そのありのままが輝ける場所を特定し、そこに飛び込むのが最善の策だと私は思います。

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