こんにちは。
*気持ちを整えるサポーター*のあぼと申します^^
私のブログを開いてくださり
ありがとうございます^^
これまで、何回かに分けてお送りしてきた「べき思考編」。
今回の番外編で、締めくくりたいと思います。
いつも読んでくださっているみなさま🍀
いいねをしてくださるみなさま🍀
本当に私の励みとなっております。
いつもありがとうございます^^
今回も、最後まで読んでいただけたら
とても嬉しいです^^
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私がとても印象に残っている出来事があります。
それは今から約10年ほど前のこと。
夫と出会ってまもない頃に
2人で車に乗っていたら
ものすごいスピードで
私たちが乗っている車を
追い越していく車がいました。
私は
「うわ、気分わる...ルールは守るべきでしょ...」と
心の中で思っていたら、夫が
「もしかしたら、助手席に妊婦さんが乗っていて
産気づいているのかも知れないね」と
冗談のような、真剣なような表情をして
言いました。
私は
「えっ?妊婦さん...?」と思いながらも
「人の行動に、そんな見方があるのか…」と
とても衝撃を受けました。
夫にとってはきっと
なんてことない一言だったと思いますが
私にとっては、とても印象的で
10年経った今でも、その時の光景をよく覚えています。
それから数年経って、私は心理学を学び
“ものの見方を変えるだけで、心が軽くなる”
ということを、改めて知って
その学びに触れる度に
あの時の夫の言葉を思い出します。
今では
そんな車がいたら
「今日はどんな急用なのかな?」と
その車の無事を、夫婦で願ったりしています。
確かにルール違反はいけないことです。
モラルやマナーも守り合って
みんなが心地いい社会であってほしいと思う。
それでも
みんなそれぞれに背景や事情があって
みんな自分なりに精一杯、生きている。
どうしても
周りのことを気遣えないほどの事情があるのかも知れないし
いつもは人が不快になるような行動をしない人でも
たまたまタイミングが悪く、そう見えちゃうこともあります。
もちろん、私だって
悪気がなくても
誰かを不快にさせてしまうこともあると思います。
そう考えるようになってから
自分に対しても
周りの人に対しても
「~するべき」と思うことが、減りました。
周りの人への「べき」を手放すことで
関係性も良好になるし
自分への「べき」を手放すことで
自分の気持ちも、本当に楽になります。
完璧な人、なんて
この世に誰ひとりいません。
誰しも欠点があるから
その足りないものを補い合うために
助け合ったり
商品やサービスが開発されて
社会は機能していくのです。
その誰もが持っている
それぞれの欠点に対して
自分のものさしで「べき」を突き付けても
誰も心地よくないし
誰も幸せにはなれないと思います。
「べき」のぶつかり合いは
正義と正義のぶつかり合いなのです。
どちらも、その人にとっては「正義」だからこそ
そこに、正解はありません。
もし「~するべき」という考えが頭に浮かんだら
相手や周りの人の背景を想像してみる。
その背景の
真実は分からなくても
自分の心の中で
納得できるような答えを考えて
受け入れてみる。
それだけで
「べき思考」は
少し緩んでくるんじゃないかな、と思います。
お気軽に、ご連絡くださいね^^
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
みなさまの毎日が
“心地いい”日々で、ありますように...🍀
*あぼ*