初めて、ブログを書きます。私は、長年小学校の教員をしてきました。その中で、高学年の段階でも、学習内容以前の部分で身に付いていなかったり、躓いていたりする児童が多数いました。
では、子どもたちは、どこの部分で躓いているのでしょうか?もちろん、これは、一人一人の子供によって違いがあるのですが、国語や算数などの学習の土台になっている「基礎感覚・基礎技能」が十分に身に付いていないのではないかと考えました。
私は、子どもたちに基礎学力を身に付けさせる上での「基礎感覚」をとても大切に考えています。どの教科(分野といったほうがいいかもしれません)においても基礎感覚はとても重要なものです。これが育っていなければ、いくら多くの知識を与えたとしても、どの教科でも必ず躓きがでてきてしまいます。
私は、子どもの頃、絵を描くのがとても苦手でした。(今でも苦手です)これは、絵を描くというテクニックが不足しているからだけでなく、まわりの風景や、絵を描く対象を見たときにその対象を認知する感覚がないからだと考えています。俗に言う「絵心のある人」は、ある風景を見たとき、そこから多くの情報を「理屈」ではなく、頭の中に感覚的にインプットします。その感覚のない人間は、同じ場面を見ても、そういった情報がインプットされません。従って自分の頭の中で見た場面がうまく再生できないのです。誰でも自分の苦手なものを考えてみると、何らかの理由で、ある部分の感覚が十分に身に付いていないため苦手意識をもちます。苦手だから避けます。避けて練習しないから感覚が育ちません。従ってさらに嫌いになります。このような「苦手分野を作るサイクル」にどっぷりはまってしまっていることが多いのではないでしょうか。
子どもたちの「基礎感覚」を説明する時にわかりやすいのは、体育の領域かもしれません。運動が苦手なお子さんは、必ずと言っていいほど「基礎感覚」が育っていません。特に器械運動領域でこの傾向が強く、「鉄棒、マット、跳び箱」嫌いの子どもが年々増えてきています。
そもそも器械運動は算数の学習と同じように、系統的に学習されるべき内容をもっています。基礎になる感覚、基礎になる技能をしっかり身に付け、その上で系統的に学習していけば、徐々に高度な技も習得されていくものです。しかしながら、算数とは違い、親も教師も体育の基礎技能が多少身に付いていなくても、それほど危機感をもたないため、特別な手だてがうたれないまま高学年に進みます。そのため何年生になっても技らしい技が何もできないということが起こります。
器械運動は、「できる」・「できない」がはっきりと友だちの前で明らかにされますので、いつもみんなの前で恥をかいてしまえば、誰だって嫌いになってしまいます。だからといって基礎的な感覚や技能を身に付けていない段階で、いろいろな技をいきなり学ぶというのでは、子どもたちは恐怖を感じ、技を習得できないばかりか、よけいに器械運動を回避するようになってしまいます。
本題に入る前に紙面がなくなりました。子どもたちの躓きも同じように「基礎感覚」に近い「読む力」・「聴く力」の不足が大きな原因だと思っています。続きは、読みたい方がいらっしゃるようでしたら、次回書きたいと思います。