毒親育ちの生きづらさを克服する方法|毒親育ちの頭の中は・・・

記事
学び

「自己肯定感の高め方」や「生きづらさの克服」について書いています。
10000字ちょっとあります。


あなたは不特定多数の人の前で
自分は価値があると胸張って言えますか?
楽しい、自由だと言えますか?



毒親育ちはマイナスのスタートと言っても過言ではありません。
生まれた時は一斉に全員赤ちゃんで、そのままいるだけで愛されていました。

けれども、、、
年を増すごとに、そのままでいることを許されませんでした。
つまりハンディを課せられたのです。


worship (1).png


存在=BE
「自分がいるだけで価値がある」という考え方。
条件を必要とせず、無条件の愛や自己受容に基づいています。
例:あなたが笑ったり、ただそこにいるだけで誰かが癒されたり、安心感を得たりすること。

行動=DO
何かを成し遂げたり、誰かを助けたりすることで価値を感じる状態。
例:仕事で成果を出す、家族や友人のために尽くす。
必要な場面もありますが、これだけに価値を求めると疲弊しやすくなります。

所有=HAVE
物質的な所有や社会的なステータスによる価値観。
例:お金、成功、地位、称賛など。
一時的な満足感を与えるものの、長続きする自己肯定感には繋がりにくいです。



<BE(存在)の重要性>

1️⃣無条件の自己受容
私たちは、生きているだけで価値がある存在です。
これを認識することが、幸福感の基盤となります。

2️⃣人間関係の安心感
DOやHAVEに偏ると、「自分が役に立たないと愛されない」
「何かを持っていないと認められない」という誤解が生じます。
一方、BEを重視すると、ただ一緒にいるだけで深いつながりを感じられる関係が築けます

3️⃣内側からの満足感
「何もしなくても、ただここにいるだけで自分は価値がある」
と信じることで、外部の評価に振り回されることが少なくなります。



<価値をBEから築くためのステップ>

1️⃣「何もしていない時間」を楽しむ
リラックスして自分と向き合う時間をつくる。何もしなくても自分が「ここにいる」という感覚を大切にする。


2️⃣自己肯定の言葉を繰り返す、褒める労う
「私は存在するだけで価値がある」と自分に言い聞かせる。
最初はピンとこなくても、続けるうちに少しずつ実感が湧いてきます。


3️⃣自然や子どもから学ぶ
自然の美しさや子どもの無邪気な振る舞いは、存在そのものの価値を教えてくれます。それらを観察することで、自分の存在価値も感じやすくなります。

4️⃣BEの価値を重視する人とつながる
あなたの存在そのものを喜んでくれる人と過ごすことで、BEの価値を実感しやすくなります。



毒親育ちは、Beが抜け落ちた状態です。
親のせいで自分は無価値だと思い込まされ
それが「自分」だと信じたまま大人になり
常に何かが足りていない自分に嫌悪し
懸命に努力、我慢、迎合、忍耐、功労を横取りさせられ

どれほど過酷な人生だっただろう?
どれほどの傷を心に負ったのか?

残酷極まりない惨めな思いをしても
自分へのメンテナンスなどに当然意識が及ばず
なぜなら根っからの無価値な人間だと思い込んでいるから

こころの傷を癒そうなんて思いもしない
癒すくらいなら消えてしまえと思うことの方が容易いから。

全身が深く深く傷ついていて
もうこれ以上傷を負うことができないから
幾度も幾度も自己防衛を発動させ

本来の自分という存在価値は
豊かな感性も感じないようにするために
厳重に鎧を作り
ハートには鍵をかけて
本音も吐露も日の目を浴びることもなく
思考パターンに操縦されたままです。
つまりハッキングされているのです。

故に唯一の理解者であるはずの親から
見下されながら、生きてきた人は
自分を弱くて、甲斐性のない人間であると思い
本来の自分とは全く別の道を歩み続けることになっています。

それも一つの人生航路でしょう。
けれども自分自身は、常に納得がいっていないので
嫌悪と失意でもがき苦しみます。
どこかにあるはずだろう出口を探しながら、
もっと向こうへ、
もっとより良い人生へ、と。
ハッキングされていることに気づかないまま
もっと向こうへ、と自分探しをしているのです。




心と目で見ている外の世界が一致していないときは
なんかもやもやするなという感覚や
違和感を感じるようになるんです。
それはお知らせでもあるのです。


しかしいつもの頭の中で考える思考というものは
パターン化していますから、思考は
巧妙に自分を本来の自分から遠ざけていきます。
せっかくのお知らせにも気づかずに
思考パターンに流されてしまうのです。



その根底には「恐怖」が染み付いています。
しかしもっと奥には
無価値観が染み付いているのです。



価値がない自分は不幸がお似合いだと思っています。
この内面が、不幸な状態に合わせるように
言葉だったり
無意識のうちの行動を取ってしまうようになります。


例えば夫や彼が自分に使ってくれるお金の金額がいくらかとか
どこでご飯をご馳走してくれるとか
イベントの質はどうだとか
高いものと安いものの比較とか
セックスの回数とか
あの人の仕事は上司から評価されるのに自分は評価されないとか
いつも自分だけ除け者にされているとか
頑張っているのに評価されないとか
お金が巡ってこないとか
そういうことで他人との比較をしては
優劣というジャッジメントを繰り返します。
そこで自分の価値を感じようとしてしまうのです。


それは自分が価値を感じられないという
価値観を持っているから、
他人の言動で自分の価値を測ってしまうのですね。
日常での様々なシーンで一喜一憂しやすく
感情に振り回されています。


人は内面と見えている外の世界を
一致させようとする心の動きがあるんですね。
これも脳の思考パターンによるものですが、
毒親育ちは、親や周りの人の顔色や動向に合わせてきた分
その感度はとても大きく、価値の測り方は秀逸といえます。


不幸がお似合いだと思う思考パターンは
親のせいで、自分の存在価値を陥れられて
無価値な自分、


なんのために生きているのかわからない
いつになったら幸せになれるのか


なぜこんなにも自分はできないのか
なぜこんなにも自分は不運なのか


親を恨むこともできない、
恨んでいたとしても、ダメだ、そんなことしたって無駄だ・・・と
自分を邪険にして
自分を無視してきたのです。


それも、ハッキングされたゆえの思考なのに
それが自分なのだと、
悲しみ苦しみ、もがいているのです。


いいですか、何度でも言いますが
毒親に育てられた人は
脳がハッキングされているのです。
今のあなたの思考は本来のあなたの思考ではありません。


そのことをわかりやすく自己肯定感が低いとか
他人軸だとか言ってまとめるのは簡単です。
そしてその改善を言うのも簡単です。
けれども、実行するのは簡単ではありません。
そのハックされた脳を変えていけるのは
自分自身なのですから。
今までとは違う考え方捉え方を遂行するミッションになるわけですから
難しい、かもしれません。


毒親にハッキングされたままの思考パターンで
どんなに考えたってその起点は毒親ですからね。


ですから世に出回っている自己肯定感を改善することや
潜在意識を書き換えるワークや
セルフイメージの設定を変えることもジャーナリングも
確かに利用する価値はありますが
つまづいてしまうのも否めません。


そのような場合思考パターンは表層部にアプローチしますが
深層部へのアプローチまではいきつきません。
表層部のアプローチだけでも
いっときは心も脳も休まりますが
根っこが取れていないので


常に不足感、倦怠感、羨望、他者比較が絶えません。
そして本来の望みじゃないものを
自分の望みだと思い込み、
それを達成させようと頑張り続けます。
行動と持つことにフォーカスすることを強化していくのです。
これを持てばいい、これができればいいと。


そうしてこれはダメだった、これもダメだった・・・
とさまざまなワークやセミナーに挑戦しますが
なかなか見つかりません。


違和感やモヤモヤを感じるからやめたいけど
やめることができません。
なぜなら、自分自身を信頼できない無価値観を持っているからです。


そのため価値を見出すために
なんでもやり続けるのです。

悲鳴をあげている心があっても
休息を必要としているけれども

私はこんなに苦しんでいるの
だから見て、気づいて
私を守って、庇って、
無視しないで
ねえ、お願い・・・

そんな自作自演を繰り返しているのです。
無価値観は本来の自分の持っているエネルギーを
抑え込むために使っている道具にすぎないのですが、
親によって無価値観を植え付けられたため
そのことにも気づけません。

親によって無価値観を植え付けられたというのに・・・
親のせいにしないことも多いです。
親のせいにしても報われることがないから、と
わかったような口ぶりにして自身を納得させる。
あるいは親のせいにしてたとしても、最終的には
仕方なかったのよ・・・と親を庇い自身を納得させるのです。
本当のところ納得などしたくもないのにです。
こうやって間違ってはいるものの
落とし所をつけることが「人の生き方だ」とも言われているからかもしれません。


自分自身への信頼ができてないからこそ
自分への価値を見出すには、何かしなければならないと思います。

お金巡りが良くない、だから働く
人間関係が良くない、だからコミュニケーションを磨く
パートナーとうまく行かない、だから恋愛指南書を読む
キャリアアップがうまく行かない、だから資格を取る・・・
と考えるそれらは、対処であり本質的な問題解決になりません。

それ自体に問題があるのではなく、
自分のほとんど自動的な思考パターンによる
自作自演であることに気づくことの方が
何よりも早いのです。

しかし自作自演だったと気づくよりも
なんとかして成果を上げれば現状打破できるだろうし
夢や願いが叶えば幸せになれるのだからと
対処法が賢明だから、と思い
「外側」に対処方法を求め続けるのです。
これは非常にアクロバットです。
ですから疲弊するのですね。



毒親育ちは、誰よりも優しく、深い包容力を持っています。
そして、相反する忍耐力にも優れています。
その能力は人を支えたり、導いたりする力として大きな強みです。


ですが、時にその忍耐力が、
自分自身に鞭を打ち続ける形となり、心を疲弊させています。  
疲弊して「見下し」という状態にまで至ります。
そのことにどれだけの人が気づいているかと憂慮します。


そんなとき、
「この考え方は本当に自分自身のものだろうか?」
「これはハッキングされた思い込みではないだろうか?」
「何気に見下しをしていないだろうか?」
と問いかけることが大切です。
これは新しい信念を許容するという意味合いでとても重要なことです。


無価値観も罪悪感も、見下す行為も、
心を守るために纏った重い鎧のようなものです。
その鎧を外すためには、他者の助けが必要になることがあります。
それはパートナーや上司、同僚、友人、占い師、あるいは偶然すれ違った人かもしれません。  


他人に対して感じる感情や反応は、
時に自分自身を映し出す鏡です。
もし批判的な感情が浮かんだとしても、
それを「自分を救うためのヒント」として捉えることができるかもしれません。  


親に理解されなかった。
尊重されなかった。
だから理解されたいと願うし
尊重されたいと常に思っています。
しかも無意識のうちに。


毒親によって植え付けられた
「自分には価値がない」という、無自覚の感覚。
この無価値観は、親から謝られたり、
自分が親を許したりするだけでは
完全に癒されるものではありません。


無価値観は、親が与えたメッセージや態度の影響で形成されたものですが、
必ずしも真実ではありません。
親に理解されなかった経験があると、
人間関係での安心感を得るのが難しくなる場合があります。
それが恋、パートナーシップ、お金巡り、キャリア構成
人生全てにおいて影響を及ぼしています。
ですから、何かを叶えたら、達成したら変わるというわけではありません。


worship (2).png


ではどうすればいいの?

本当の癒しは?

1️⃣「自分が自分を認めること」から始まります。
自分にとっての価値基準を再定義し、
「自分であることに存在の意味がある」と感じられるようにしたいものです。
繰り返し言っていることではありますがどんな自分をも許す、認める、愛する、これ以上の最短はないのです。


2️⃣見下しをやめること
見下しの感情は、過去の傷や、親や他者との関係の中で感じた劣等感や怒りの未解決の感情が、自分自身を守るためや、優位に立つことで安心感を得るために無意識に発動してしまうものです。しかし、見下しの感情は他人だけでなく、自分自身にも負の影響を与えます。そのため、見下しを手放すことは、心の解放と豊かな人間関係を築く第一歩となります。


3️⃣「生きがい」「やりがい」「ミッション」など「なくてもいい」と考える自由
生きがいやミッションは、あると素晴らしいものですが、それを持つことが人生の前提条件ではありません。むしろ、日常の中に小さな幸せや満足感を見つけることこそが、心の豊かさを育む土台となります。



1️⃣自分を認めることから始める大切さ
(1)自分を認めるとはどういうこと?
自分を認めるとは、長所や成功だけでなく、失敗や欠点、
時には弱さも受け入れることです。
それは「こんな自分ではいけない」と否定するのではなく
「これが自分だ」とそのまま認識し、許すことから始まります。


⭐️たとえば、次のようなことを意識してみてください

🔸ミスをしても、自分を責めない
「失敗は成長の一部だ」と考え、自分を許してあげる。

🔸感情を抑え込まない
怒りや悲しみも自分の一部。これを感じることを否定しない。

🔸他者と比べない
自分のペースで進むことを尊重する。

🔸許す・認める・愛するの循環
自分を認めるプロセスには、「許す」「認める」「愛する」という3つのステップが含まれます。この循環を繰り返すことで、自己肯定感が少しずつ育まれます。

 (許す)
自分の過去の選択や、
現在抱えている欠点を「それでもいい」と受け入れること。

 (認める)
自分の存在そのものに価値があると感じること。
これには、自分自身で価値基準を見直す作業が必要です。

 (愛する)
自分に優しい言葉をかける、または自分が喜ぶ行動を取ること。


🔸自分を認めることがもたらす変化
 (心の平穏)
自己否定から解放されることで、日々のストレスが減ります。

 (他者との良い関係)
自分を認められると、他人を受け入れる余裕が生まれます。

 (人生の選択肢が広がる)
自分を信じられるようになると、挑戦や決断がしやすくなります。


♡最短の道、それは「どんな自分も愛すること」
繰り返しになりますが、どんな自分であっても愛し、認めることが、自己理解と自己実現への最短ルートです。それ以上に必要なことはありません。あなたがあなた自身を認められるようになったとき、本当の意味で自由な人生が始まるのです。

「これでいいんだ」と思える瞬間を、自分自身にプレゼントしてあげてください。それが、あなた自身への最高のギフトです。




2️⃣見下しをやめること
(1)見下しの背景にあるもの
①自己価値の低さ
見下しの感情は、実は「自分の価値に自信がない」ことから生まれる場合が多いです。自分の劣等感を隠すため、他人を下に見ることで一時的に優位性を感じようとします。

②比較文化の影響
社会はしばしば「他人との比較」を強調します。その結果、「自分のほうが優れている」と感じることで安心感を得る習慣がつきます。

③未解決の感情
過去の傷や、親や他者との関係の中で感じた劣等感や怒りが、見下しという形で表に出ることがあります。



(2)見下しを手放すメリット
①人間関係がスムーズになる
見下しをやめると、相手と対等で健全な関係を築けます。
信頼関係が深まり、誤解や争いが減少します。

②心の平穏が得られる
見下しの感情は、自分自身をも傷つけます。
それを手放すと、心の重荷が軽くなり、穏やかな気持ちで日々を過ごせるようになります。

③自己成長を促す
他者を見下す代わりに、尊敬や共感の目で見ることで、
自分が避けていた部分を素直に学べるようになります。



(3)見下しを手放す方法
①自分を理解する
見下しの感情が湧いたとき、「なぜこの感情が出てきたのか?」と自問します。その背後には、自分の劣等感や過去の傷が隠れていることがあります。


②自分を肯定する
「私は存在するだけで価値がある」と自分をアップデートします。
他人を見下す必要がないと気づくことで、自尊心が高まります。

③他者を尊重する練習
他人の良い部分や努力を意識的に見るようにします。
「この人から何を学べるか?」と考えることで、否定的な感情が減少します。

④感謝の習慣をつける
日々の小さなことに感謝をする習慣を持つと、他人や出来事を否定的に捉えることがなくなります。感謝は、他人や自分を温かい目で見る力を育てます。




3️⃣生きがいややりがいを「なくてもいい」と考える自由
(1)目の前の幸せを知る
暖かい飲み物が手にあること
雨をしのげる家があること
安心して過ごせる場所があること
誰かと笑い合える時間があること
これらは何気ないようでいて、実はとても尊いものです。
求めることを手放し、今あるものを丁寧に見つめることで、
「幸せはここにある」と実感できるようになります。


(2)目の前の日常を大切にする理由
①心が穏やかになる
何かを達成しなければならないという焦りから解放され、心が安定します。

②幸福感が増す
現在に目を向け、感謝する気持ちを育むことで、「今この瞬間」に幸せを感じやすくなります。

③自分らしさが際立つ
他者と比較して無駄に落ち込まず、自分のペースで生きることに幸福感と安心を見いだせるようになります。人は全員違います。成功法則さえ全員異なるのです。


(3)生きがいを求めずに生きるヒント
①日常の幸せに目を向ける
たとえば、朝日が昇る瞬間や、お気に入りの一杯の紅茶を楽しむ時間。
私ならコラージュを作ってる時、Canvaで創作しているときも幸せです。
これらに幸せを感じられるようになると、特別な「生きがい」を求める必要はなくなります。

②「選べる」ことの価値を意識する
自分の意志で選び、行動できる自由があることを実感することが大切です。
選択肢があること自体が豊かさの証です。
選択肢も人それぞれの中人生はただの暇つぶしだと思うようになってから変化していきます。

③他人の目を気にしない
生きがいややりがいを持たないことは何も悪いことではありません。
それを持つかどうかは人それぞれです。



worship (4).png


どこかで誰かが、それはあなたではない
それはあなたの思考ではない、過去の親の思考である
過去の記憶を安住の地としているだけだ
怖がらなくてもいい
ハックされた思考の回路を修正することができるのだから
大丈夫なんだよ

と言ってもらうことも
過剰な耐性を持つ毒親育ちの希望なのです。


無価値観を癒やすのは一瞬でできるものではありません。
しかし、少しの時間を毎日何年もできるだけ長く、
自分の気持ちを見つめ、
優しく接していくことで、確実に癒しに向かいます。
親にして欲しかったことを自分にしてあげる。
親から言って欲しかったことを自分に言ってあげる。

(親にそれを望んでも期待通りにならなかったらまた怒りが再燃するか失望に落ちるので、それはお勧めしません。ですが自分が自分にしてあげることが親からしてもらったことになるのですから、非常に効率が良いのです。なぜなら私たちはこの世界には自分しかいないからなのです。自分以外は全て他人ですが、自分の心(意識)を映し出すスクリーンなのです)



自分には価値がないという無価値観。
無価値観を持っていると
価値のない自分にふさわしいと思えるような状態を
無意識のうちに作ってしまうってことを
今一度これを自覚してほしいのです。


私なんか全然ダメだしいいところにもないしと思うと
そんな状態を作ってしまいますし、
相手の方が素晴らしいという気持ちを持ち、
そういう目線で見てしまうと
他者比較をして優劣をつけ萎縮していきます。


そして相手から選んでもらいたいと思ったり、迎合したり、
またはコンプレックスを感じて相手の方がすごいと思ってしまいます。
そうなると自分が上なんだという態度を取りたくなり
そのことに罪悪感をもちそんな自分を嫌悪しイラついたり
その気持ちをわかって欲しいと誰かに埋めてもらおうとします。
埋めてもらおうという無自覚の気持ちは奪う気持ちなので
人間関係も経済的にも物質的にも手元に残りません。
いつもなぜか「ない」に意識が向いてしまったりします。


土台である
親に愛されるべき時に愛されなかった・・・
受け止めてもらうべき時に受け止めれもらえなかった・・・
と思う記憶は残酷なまでに死ぬまで影響します。
その土台でどんなにイメージングしてもネガティブな出来事をもたらします。


これはネガティブな感情が全て悪い作用を及ぼしているというわけではなく
「見下し」と「存在するだけでいいと思えない」
ことが影響しているということです。


今のままの思考パターンで「無価値観」を持ちながら
「ない」の私が「埋めてもらおう」とするのもそれも人生です。
「無価値観」を癒して「ある」の私が 「与える人」になるのもいいと思います。どちらでも好きな方を選べばいい。しかもその選択は流動的でいい。

いずれにしても、私たち人というのは「存在しているだけでいい」のです。
存在していることと、お金をどれだけ持っているかの価値は比例していません。存在していることと、何を達成できているか、何を実現しようとしているかも価値の比例はありません。


生きているだけですごいのです。
そのままでいいのです。
誰かに嫌われていてもそれでも価値があるのです!
うまくいかなくたってそれでも価値があるのです!
本当に
生きているだけで大丈夫なのです。

そこに生活とかお金とか、生きがいとかやりがいとか、
成功、達成、発展などそれがなかったらおかしいじゃないか?と
思うのもわかりますし、それをやりたい人はやったらいいのです。
しかしそれと価値の有無は比例していません。
そしてそういうことを本音では求めない人もいるのがこの世界です。

相反するものが背中合わせで、凹凸でマッチしているのがこの世界の仕組みですから、今のこのままでもいいよね、何もしないでいてもいいのですね。

生きてるだけでいい、は本当なのです。
生きているだけで価値があるのです。





<毒親育ちが抱えやすい課題>
①自己肯定感の低下
「自分には価値がない」と感じやすく、自分を否定しがちです。

②罪悪感や無価値観
親の期待に応えられないことを責められた結果、
罪悪感を抱え続けることがあります。

③対人関係の難しさ
他人との距離感がわからず、人間不信や過度な依存に悩むこともあります。

④生きづらさ
自己表現を抑え込む癖や過剰な忍耐が身についてしまい、
本来の自分らしさを見失いがちです。




私は自分の体験と実験を基に分析考察し、心理学脳科学量子力学等を学び
スピリチュアル性と資質である霊視透視を掛け合わせたものから見解を書いています。

毒親育ち、繊細さん、HSP、自己肯定感低い、他人軸、人生変えたい
お金はあるのに幸せじゃない、やりたいことが見つからない、使命がみつからない、やりたいことやっているのに満足しない、欲しいものを買っているのに満足しない、彼から雑に扱われる、女性からモテない、友達が去ってしまう、誤解される、どうも気わられてるようだ、監視されている、自由を求める、、、
満足しない、枯渇する、これらの根幹は、無価値観です。
そして私自身が経験してきたことです。

親の育て方もこれから親になる人、今子育て中の人に訴えたいことですが、
昭和世代の当事者の一助になる方がずっと貢献性が高いと思いました。

毒親育ちの影響は深刻です。
それは、自分だけでなく周囲の人々にも不幸の連鎖を引き起こす要因となるからです。私が身をもって経験したからこそこうして発信することができます。
何よりも不幸の連鎖を断ち切ることができたことは、マイノリティーな自分を認めたからです。

毒親育ち、いじめ、希死念慮、発達障害、元宗教二世、シングルマザー、親の介護に明け暮れた10年、なんとか人生を「普通にしたい、できれば普通よりちょっといい」に好転させたいと踏ん張り続け、

何をやってもうまくいかなかった、引き寄せがうまくいったと思うとつまづく。スピリチュアルを極めたと思ったら次の展開が待ち受けている。経済的にうまくいったと思うと家族が歪む、病気になる、苦しくなるのループが。。。
何がみんなと違うのか研究に費やした15年。
おしゃれするよりも旅行に行くよりも「意識の勉強」「心のこと」の方が
興味があった。だからこそ、、、自分のままで生きよう!と決めれたのです。

希望の光を探し求め、あらゆる自己啓発ジプシーを経て分かったことは、成功や達成にこだわらなくてもいい、酷い過去を経験した当事者自身が、大嫌いな自分を見つめ直し、マイノリティーだとしても受け入れることで、少しずつ変化し、その連鎖を断ち切り、自分が幸せになることで、周囲にも幸福をもたらすことができると約束できることです。

過去が酷くなかったら私はここにいません。
無価値観を癒して見下しをしなくなったから、霊視と透視が蘇り統合してお届けしようと降りてきたのです。
だから変わらないでも変わったということなのです。

この可能性は、とても大きく希望に満ちたものです。



あなたは「毒親育ちの影響で悩んでいませんか?自己肯定感を戻し、生きづらさを改善する具体的な方法を解説。心の癒しと未来への希望を見つけましょう。」

参考になれば幸いです。



毒親育ちを癒すためのオンライン相談はこちら






サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら