今日ふとした瞬間に、子どもの頃って当たり前のように世界に自分を存在させていたな、と思いました。
何の疑いもなく、そして、周りにどう思われるか、とか、嫌われてしまわないか、とか、そうしたことなど考えもせず、私は世界に当たり前のように存在していたな、と思ったんです。
でも、いつしか他者が自分をどう思うか、どう評価するか、嫌われてしまわないか、ということに過剰に反応するようになってしまったな、と思いました。
つい最近、ある方に「もっと図々しさがあってもいいと思いますよ」と言われたときは、「図々しく生きるの苦手、図々しく生きるってどうすればいいんですか?」と思いながらも「うん、そうですよね」としか上手く返せませんでした。
今日、当たり前のように世界に自分を存在させていた子どもの頃のことを思い出して、「あ、私は図々しさと優しさは共存し得ないもののように思い込んでいたのかも」と思ったのです。
優しさを存在させるなら図々しさは排除して、それが見えないように装わなければいけないって、どこかで思ってたのかなぁと思いました。
当たり前に世界に自分を存在させるって、実はなかなか図々しいことですよね。笑
でも、それでいいんですよね。
世界にとって誰もが等しく未知なわけで、それを存在させる行為にエネルギーを注ぐことが創造なんだな、などと思っておりました。
既に評価されてることをただ真似して、その安全圏で生きようとするだけならそんなに恐れることはないはずです。
でも、きっと自分が本当にやりたいことってそういうことじゃないからこそ恐れるんですよね。
私は図々しくも世界に当たり前のように自分を存在させてやる強さと優しさを持ちながら創造を楽しみたいな、と思いました。
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