なくして気づく、日常の宝物

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コラム
☁️ 「なくしてみて、はじめて気づく。」
それは、ほんの小さなことかもしれません。
けれど、その“ちょっとの変化”が、日常の愛しさをそっと教えてくれることがあります。
今日は、左手の薬指がくれた小さな気づきのお話です。

🌸 なくして気づく、あたりまえの大切さ
昨日のこと。
お風呂上がりに「あ、爪が伸びてきたな」と思い、爪切りを手に取りました。
パチン、パチンと小気味よく切っていく時間は、ちょっとしたリフレッシュのひととき。
でも…左手の薬指だけ、うっかり切りすぎてしまったんです。
深爪というほどではないけれど、爪の先がほとんどなくなってしまって、指のやわらかい部分がひょっこり顔を出してしまいました。

「まぁいっか。すぐ伸びるし、それに左手の薬指なんてあまり使わないし」
そんなふうに軽く考えて、そのまま眠りにつきました。

💡 薬指って、思ったより働き者
翌朝。
コーヒーカップを持ち上げようとしたとき、なんとなく力が入りにくい。
書類にクリップを留めるとき、ほんの少し薬指に力がかかるだけで、ジンワリと違和感。
スーパーの袋を持つときなんて、袋の持ち手を指にかけた瞬間、「あっ」と小さく声が漏れてしまいました。

普段、薬指がどれほど働いてくれているかなんて、考えたこともありませんでした。
でも実は、ものをつかむときも、支えるときも、力を分散させるときも…ちゃんと大事な役割を果たしてくれていたんですね。

☕ 当たり前にあるもののありがたさ
今回のことで、「当たり前にあるもの」って、本当にありがたいなぁと感じました。

たとえば、毎朝のコーヒー。
忙しい日は「今日はいいや」と飛ばしてしまうけれど、その香りや温かさが一日のはじまりをそっとやさしく包んでくれる時間なんですよね。

家族や友達の存在もそう。
普段は特別なことをしているわけじゃないのに、会えない日が続くと、その安心感の大きさにハッとします。

なくして初めて、「あれは私にとって大切なものだったんだ」と、心から気づく瞬間ってありますよね。

🌱 小さな不便がくれた贈りもの
たかが爪、されど爪。
ほんの少し切りすぎただけなのに、そのおかげで日常のありがたさを見つめ直すきっかけをもらいました。

人のやさしさも同じです。
そばにいるときは当たり前に感じてしまうけれど、ふと離れたときに胸がきゅっとする。
仕事や趣味も、続けられることがどれだけ恵まれているかって、止まってみてやっと気づく。

当たり前って、じつはとても尊いものなのかもしれません。

💕 今日の自分にやさしさを
だから今日は、ちょっとだけ意識して「ありがとう」を探してみようと思います。
疾患を持ちながらも見えている目(毎朝どきどきしています)、美味しく食べられること、安心して眠れるお布団。
どれも、なくしてからでは遅いくらい大切な存在です。

私はしばらく、薬指の爪が元に戻るまで、その存在に感謝しながら過ごすつもり。
そうしたら、ほかの指や体のパーツにも、もっとやさしくなれそうです。

指先をそっと見つめながら、
「ありがとう、また一緒にがんばろうね」
そんなふうに、小さくつぶやく夜。

あなたは最近、「なくして初めて気づいた大切なもの」ってありますか?
よかったら教えてくださいね✨
きっと、そのお話を聞くだけで、今日が少しほっこりする気がします。
穏やかな1日をお過ごしくださいね🍀

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