PROLOGUE-第0話
セーラー服の占い師、始めました
― ある高校生がタロットに出会った日―
シリーズ『瞳のタロット占い ― セーラー服の占い師と学ぶ、78枚の物語』
導入編|無料記事
① 導入
うちには、年の離れた妹がいる。
名前は瞳。高校2年生。ミニスカートのセーラー服がユニフォームで、部屋はアイドルのポスターやコスメや、少女漫画の単行本で溢れている。要するに、どこにでもいる女子高生だ。
――と、少なくとも僕は、つい先日までそう思っていた。
いま僕がこうして文章を書いているのは、その思い込みが静かに、そして完全に、塗り替えられたからだ。
きっかけは一枚のカード。もっと正確に言えば、妹の手に握られた、一枚のタロットカードだった。
この話は、高校2年生の少女が「占い師」になるまでの記録である。リビングのテーブルに紫のクロスを敷き、初めて僕を占ってみせた、あの夕方から始まった物語。僕は妹の兄として、そして時々、巻き込まれる側の人間として、この物語をできるだけ正確に書き残しておきたいと思う。
まずはすべての始まり、あの夕方のことから話そう。
② ある日の妹
ある平日の夕方、僕が仕事から帰ると、瞳がリビングのソファに座り込み、タブレットを食い入るように見つめていた。
「お兄ちゃん、見て見て、これ」
画面にはココナラのコンテンツマーケットのページ。スクロールすると、タロットカード78枚の意味を解説したPDF教材の出品画面が表示されていた。
「買った。タロット、始める」
唐突だった。
「……いや、えっと。何があった?」
「何って、別に。テレビで占いの特集見てたら、なんか気になっちゃって。それで調べたらすごく面白そうで、ここの教材が一番わかりやすそうだったから、買った」
「うん、過程は飛ばしすぎだと思うけど」
「だって気になるときに気になることするのが一番でしょ?」
瞳はタブレットを僕の鼻先に突き出した。画面にはタロットカードの絵柄が並んでいる。愚者、魔術師、女教皇、女帝……ずらりと並んだ22枚の大アルカナ。僕は正直に言って、この妹が「占いに興味がある」と口にするのを、ここまでの人生で一度も聞いたことがなかった。
ファッション、音楽、カフェ、最近は韓国ドラマ。好きなものはその都度変わる。そして飽きるのも早い。
だから僕は、このときも、心の中で軽く呟いた。
――また数週間で飽きるだろうな。
③ 独学の2週間
その予想は、見事に外れた。
瞳は翌日からタロットの勉強を始めた。しかも異様な集中力で。学校から帰ると自分の部屋にこもり、ココナラで買ったPDFをプリントアウトしたバインダーを開き、図書館で借りてきたタロット関連の本を積み上げ、ノートに手書きで何やら書き留めている。
僕がある夜、ドアの隙間から覗き込むと、瞳は机に座ったまま、タロットカードを一枚だけ取り出して、じっと見つめていた。絵柄は愚者。崖の上で一歩を踏み出そうとしている旅人の絵柄のカードだ。
「……何してるんだ?」
「暗記じゃなくて、絵を"聴いてる"の」
「聴いてる?」
「この絵、なんか話しかけてくるでしょ? 怖がらずに行け、みたいな。暗記しようとするとそれが消えちゃうから、先に絵と話すの」
我が妹ながら、何を言っているのか半分もわからなかった。ただ、その瞳の真剣な横顔には、僕がこれまで見たことのない種類の集中があった。好きなアイドルの新曲を聴いているときでもない。推しのライブに行く前の朝でもない。あれは、何かを「掴もうとしている」人間の顔だった。
二週間が経ち、瞳はリビングにやってきて、こう言った。
「お兄ちゃん、ちょっと占わせて」
僕は、何気なく頷いた。
あのとき、僕はまだ知らなかった。妹の本気が、僕自身の何かを静かに書き換えようとしていたことを。
④ 兄への初リーディング
リビングのテーブルに、紫色のクロスが敷かれていた。いつ用意したのか、上質な質感のベルベットだ。瞳はクロスの上に、きれいに並べたタロットカードの束を置いた。
「今日はスリーカードで占うから。過去・現在・未来。お兄ちゃん、聞きたいこと考えて」
「えっ、考えるところからか」
「タロットは質問が命。具体的じゃないと、カードも何を答えればいいかわからないでしょ?」
我が妹ながら、いつの間にかずいぶん占い師っぽいことを言うようになっている。僕は少し考えた。
そのとき僕は、ある仕事の案件で壁にぶつかっていた。数週間、答えが出ない。上司にも相談したが煮え切らない。夜中にふと目が覚めることが、ここ最近増えていた。
でもそれを、わざわざ妹に相談する気はなかった。ないつもりだった。
「じゃあ……仕事のこと。今の自分の状況について、どう思うか」
「OK」
瞳はカードを両手で持ち、目を閉じてシャッフルし始めた。シャッ、シャッ、という紙の擦れる音がリビングに響く。妹がこんな音を立てる日が来るなんて、ひと月前の自分に言っても信じなかっただろう。
「はい、じゃあ3枚引くね」
瞳は左から順に、カードをクロスの上に置いた。左が過去、真ん中が現在、右が未来。
一枚目を裏返す。過去。逆位置のソードの10。瞳は小さく頷き、次のカードに手を伸ばした。
二枚目を裏返す。現在。出たのは——愚者。
瞳が二週間前、夜中に部屋で「話しかけてくる」と言っていた、あのカードだった。崖の上で荷物を抱え、犬を連れて、空を見上げながら一歩を踏み出そうとしている若者の絵柄。
瞳はカードをじっと見つめ、それからゆっくりと口を開いた。
「お兄ちゃん、今、答えが見えない状態にいるでしょ」
僕は返事をしなかった。
「でもね、このカード、答えが見えないからダメ、って言ってるんじゃないの。答えが見えないまま、とりあえず一歩踏み出す勇気があるかどうか、そっちを問われてるの」
それから瞳は三枚目、未来のカードを裏返した。そのカードについては、ここには書かない。あまりにも具体的で、あまりにも言い当てていて、僕自身が今でもその言葉を胸にしまっているからだ。
ただ、ひとつだけ書いておきたい。
リビングのテーブルの向こうで、セーラー服のままカードを読み解く妹の姿を見ながら、僕はあることを思い知らされていた。
僕はこの二週間、妹の熱意を、またいつもの一時的なブームだと侮っていた。ファッションや音楽と同じく、数週間で飽きるやつだろうと、心のどこかで決めつけていた。
でも、目の前で愚者のカードを指差す瞳の指先には、その決めつけを粉々にする何かが宿っていた。
カードは答えをくれない。問いをくれる。
僕がその夜、心の中で勝手に作った言葉だ。後で知ったが、タロットの世界にも、これと響き合うような言葉があるらしい。ただ、誰から教わったわけでもなく、あのリビングのテーブルで、セーラー服の妹に占われながら、僕の中に自然と浮かび上がってきた言葉だった。
⑤ 「占い師、始めます」宣言
その翌日。
瞳は学校から帰ると、僕の部屋のドアをノックもせずに開けた。
「お兄ちゃん、相談。というかお願い。というか、もう決まってることの事後報告」
「選択肢全部一緒じゃないか」
「あたし、占い師、始めます」
瞳はキラキラした目でそう宣言した。その目は、僕が昨夜、愚者のカードの向こうに見たのと同じ光をしていた。
「まずは友達からね。学校の放課後に、空き教室で。一人500円でお小遣い稼ぎしながら経験値を積む。目標は、18歳になったらココナラで出品」
「いきなり事業計画じゃないか」
「だってちゃんと計画立てないと占い師にはなれないよ。でね、お兄ちゃん」
瞳はそこで、両手を胸の前で合わせ、僕を見上げるような仕草をした。この仕草をされるとき、僕は経験上、ろくなことを頼まれない。
「ポスター作ってほしいの。あたしが占い師ですっていう宣伝用の」
「……なんで俺が」
「だってお兄ちゃん、パソコンでデザインみたいなのできるじゃん。前に会社の何か作ってたじゃん。それで、放課後に教室のドアに貼りたいの。あと家のリビングにも」
「家にも貼るのか」
「貼る」
断りたかった。でも、昨夜あの愚者のカードを指差した瞳の真剣な横顔を思い出すと、どうしても断れなかった。僕は「わかった」と小さく言った。
「やった! お兄ちゃん大好き!」
要するに、僕は妹の商売道具の最初のパートナーに任命されたわけだ。これはビジネスの世界でいえば、先行投資の引き換えに共同経営者ポジションを約束されたようなもので——と思いかけて、僕はこの妹相手に何を真剣に考えているのだろうと、自分のおかしさに少し笑ってしまった。
その夜、僕はデザインソフトを立ち上げ、生まれて初めて「占い師募集中」ではなく「占い師、始めました」というポスターを作ることになった。
⑥ 読者への語りかけ
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
これが、うちの妹が占い師になるまでの、ほんの始まりの話だ。
あの日から現在まで、瞳はコツコツと学び続けている。友達を占い、後輩を占い、やがて学校の外の大人たちを占うようになり、失敗し、泣き、それでもカードを引き続けている。彼女が向き合ってきた78枚のカード、そしてその向こう側にいた相談者たち一人ひとりの物語を、兄である僕が記録者として、これからゆっくりと書き残していこうと思う。
この連載で、読者のみなさんにお願いしたいことが四つある。
ひとつ、できれば物語を「追体験」しながら読んでほしい。瞳が震える手でカードを引くその瞬間に、一緒にいるような気持ちで。
ふたつ、もし家にタロットカードがあるなら手元に用意して読んでほしい。なければ、スマホの無料アプリでも充分。瞳が引いたカードを、あなたも引いてみると、物語の景色が変わる。
みっつ、自分が感じたことを、ノートの端にでも書き留めてほしい。「今日はこのカードが気になった」それだけでいい。
よっつ、急がないでほしい。タロットは78枚。瞳も2週間でマスターしたわけじゃない。一話ずつ、瞳の歩幅で、読み進めてもらえたら嬉しい。
実を言うと、僕自身もまだ、タロットのことはほとんど知らない。妹の占いを横で見て、聞いて、笑ったり驚いたりしながら、少しずつ理解しているだけの素人だ。だからこの連載は、専門家が教える講座ではなく、兄と一緒にセーラー服の占い師を見守る記録として読んでもらえれば、いちばん気楽に楽しめるはずだ。
そして、もうひとつだけ付け加えておきたいことがある。
これから書き記していく物語の中で、瞳は「本物の占い師」になっていく。でもそれは、78枚のカードを完璧に暗記したからでも、難しいスプレッドを使いこなせるようになったからでもない。もっと別の何か——彼女自身が気づき、乗り越え、手に入れていく「何か」のおかげだ。
その「何か」が何なのか。それは、ぜひあなた自身の目で、物語の中から見つけてほしい。
⑦ 第1話への橋渡し
さて、いよいよ次回から、瞳の本当の物語が始まる。
第1話、タイトルは「愚者の一歩」。
放課後の空き教室。瞳の前に座るのは、クラスメイトの結衣。相談内容は「好きな人に告白すべきかどうか」。瞳が初めて、友達の前でタロットカードを引く日の物語だ。
瞳は、震える手でカードを引くことになる。初めてのシャッフル、初めての沈黙、初めての「誰かのためにカードを読む」経験。そして、あの愚者のカードが、今度は友達の未来を前にして、もう一度姿を現す。
——カードは答えをくれない。問いをくれる。
僕が妹に占われたあの夜、心の中に浮かんだこの言葉が、第1話の終わりに、意外な形で物語の中に現れることになる。
それでは、セーラー服の占い師と、彼女の最初のお客さんとの物語へ、ご一緒ください。
このシリーズについて
「瞳のタロット占い ―― セーラー服の占い師と学ぶ、78枚の物語」
タロットカードに、触れたことはありますか?
書店で見かけて手に取りかけた。アプリで試してみた。友達に占ってもらったことがある。――きっかけは何でもいいんです。大事なのは、あなたが今、この記事を開いてくれたこと。
「タロットって難しそう」「78枚も覚えられない」「独学で本当にできるの?」
もしそう感じているなら、安心してください。
このシリーズの主人公・瞳は、高校生です。ミニスカートのセーラー服を着たまま、放課後の空き教室でタロットカードを広げることから、すべてが始まりました。ココナラで買った教材で独学し、友達を占い、時に壁にぶつかりながら、一歩ずつ「占い師」になっていく――その過程を、瞳の兄である「僕」の視点でお届けします。
この物語を読み終える頃、あなたもタロットが読めるようになっています。
◇ このシリーズの3つの約束
ひとつめ、「物語で学べること」。
教科書ではなく、瞳の成長物語を通じて自然にタロットが身につきます。
ふたつめ、「正確であること」。
タロットの解釈はウェイト版に準拠。物語の面白さと教材の正確さを両立しています。
みっつめ、「自分で占えるようになること」。
毎回の実践ワーク+購入者特典「瞳のタロット日記」付き。
◇ シリーズの全体像
Phase 1(第1〜6話):出発 ―― カードを知る(基礎編)
Phase 2(第7〜12話):試練と出会い ―― 読み解きを深める(実践編)
Phase 3(第13〜18話):内面の変容 ―― 本格リーディング(応用編)
Phase 4(第19〜24話):闇と再生 ―― 占い師として独立(発展編)
Phase 5(第25〜30話):完成と新たな旅立ち ―― 自分だけのタロットを創る(創造編)
◇ こんな方に読んでほしい
タロットに興味はあるけれど、どこから始めればいいかわからない方。独学で学んでいるけれど行き詰まっている方。占いを仕事にしてみたい方。タロットの知識は性別を問いません。 男性の方にも、占い以外のビジネスに活かしたい方にも。
※ 登場する相談者はフィクションですが、鑑定経験や実際によくある悩みをもとに構成しています。
次回予告:第1話「愚者の一歩」
クラスメイト・結衣の告白相談。瞳が初めて友達の前で引く、たった一枚のカード。
続きが気になった方へ
全30話の本編は、コンテンツマーケットで順次公開していきます。第1話は、瞳が初めて友達を占う、記念すべき一話です。
※本編(第1話~第30話)は、1話あたり、10,000文字前後になります。
※基本的には、1話ずつ完成ごとに出品します。
(今、第3話作成中です。完成次第、第1~第3話をそれぞれ出品予定)
\より深く学びたい方には、以下のシリーズも準備/
【恋愛リーディング編シリーズ】
(完成済み・近日販売)
【仕事リーディング編シリーズ】
(完成済み・近日販売)
【恋愛シリーズ】
百人一首で学ぶ タロット恋愛リーディングの知恵と実践
百人一首の恋の歌×タロットカード。各カードに現代の恋愛物語を配置し、恋愛リーディングを「体感」で学びます。
片思い、すれ違い、復縁、新しい恋。さまざまな恋愛の局面を物語として体験することで、カードの恋愛的意味が自然と心に刻まれます。
【仕事シリーズ】
ビジネスフレームワークで学ぶ タロット仕事リーディングの知恵と実践
ビジネスフレームワーク×タロットカード。各カードに現代の仕事物語を配置し、キャリアリーディングを実践的に学びます。
転職の迷い、起業の不安、チームの葛藤、プロジェクトの壁。仕事のリアルな場面を物語で体験しながら、カードとフレームワークの両方が身につきます。
同じカードでも、恋愛と仕事ではまったく違う顔を見せます。両方のシリーズを読むと、カードの理解が立体的になり、どんな相談にも応えられるリーディング力が育ちます。
どちらのシリーズも、先生・遼と生徒・小雪の対話形式で進みます。小雪が読者の代わりに疑問をぶつけ、遼が問いかけで導く。一方的な講義ではなく、「あ、そういうことか」という気づきの瞬間を対話の中に設計しています。
【姉妹シリーズ】
百人一首で学ぶ 女性起業家のための知恵と実践のマーケティング
(完成済み・近日販売)
このシリーズは、起業前・起業直後の女性起業家の方を主な読者として書いていますが、ビジネスの本質は性別を問いません。
起業を志す男性の方にも、副業を始めたい方にも、転職やキャリアチェンジを考えている方にも、「自分の価値を届ける力」を身につけたいすべての方にお届けしたいと思っています。