女性起業家をイメージした「楽曲と物語の創作」です。
やるしかない!
(歌詞:御茶乃子)
朝イチ カフェラテ片手
開いたPC まだちょっと怖くて
「できるかな」ってつぶやいたら
画面の自分が笑ってた
失敗の数だけ
ストーリーが増えてく
誰もくれないスタートなら
自分で蹴って走るだけ
やるしかない!
今だって震えてるけど
泣きながらでも進めばいい (hey!)
言い訳よりも一歩前へ
やるしかない!
誰も決められない未来なら
この手で書きかけのページ
塗りつぶしてく 私の色で
満員電車 窓の外に
置いてきた夢が手を振るみたいで
定期じゃなくてパスポートを
胸ポケットに入れ替えた日
笑われるくらいが
ちょうどいいスタートライン
「無理だよ」なんて声より
心の鼓動を信じたい
やるしかない!
完璧なんていらないから
今の私で飛び出せばいい (oh yeah)
正解よりも情熱一枚
やるしかない!
転んだ足でまた走ればいい
悔しささえも味方にして
夜中のチャット 泣き笑いで
味方でいてくれる人もいる
ひとりじゃない だけど最後は
自分の「GO」で世界が変わる
やるしかない!
胸の震えが合図になる
怖さのあとに景色がある (woah)
限界線を塗り替えてく
やるしかない!
明日の私が誇れるように
今日の私が決めてあげる
ここから始まる 私の時代
楽曲「やるしかない!」の歌詞から着想を得た「女性起業家物語」です。
「女性起業家物語」では、主人公・柊木美優紀が大手広告代理店の安定を捨て、AIとアートを融合したパーソナライズドアート事業「IRODORI」を立ち上げるまでの道のりを描いています。
歌詞に込められた感情の層——恐怖の中の高揚、孤独の中の繋がり、震えながらも踏み出す一歩——を、身体的反応(震え、涙、心臓の鼓動)と環境描写(朝のカフェラテ、満員電車、夜中のチャット)を通じて物語に織り込みました。
やるしかない!
― 女性起業家物語 ―
プロローグ 朝の光の中で
午前六時四十五分。
柊木美優紀(ひいらぎ みゆき)は、自分の会社のオフィスで朝日を浴びていた。
渋谷のビルの七階。窓の向こうには、まだ眠りから覚めきらない東京の街並みが広がっている。遠くに見える新宿の高層ビル群が、朝焼けの中でオレンジ色に染まっていた。
彼女の手には、いつものカフェラテ。近所の小さなコーヒースタンドで、開店と同時に買ってきたものだ。紙カップの温もりが、まだ冷たい指先にじんわりと染み込んでくる。
三十四歳。
「IRODORI(イロドリ)」という会社の代表取締役。AIを活用したパーソナライズドアートサービスを展開し、創業からわずか二年で従業員三十二名を抱えるまでに成長した。
けれど、美優紀の心の中には、今でも震えがある。
毎朝、この時間にオフィスに来るのは、誰もいない空間で、自分自身と向き合うためだった。カフェラテを一口飲み、深呼吸をして、心の奥底にある小さな恐怖と対話する。
「今日も、やるしかない!」
そう呟くと、窓ガラスに映った自分の顔が、かすかに笑った気がした。
第一章 満員電車の窓の外
二年前の美優紀は、まったく別の人間だった。
大手広告代理店「電創堂」のクリエイティブディレクター。年収は八百万円を超え、都心のタワーマンションに一人で暮らしていた。傍から見れば、申し分のない成功者だっただろう。
けれど、毎朝の満員電車の中で、美優紀の心は少しずつ壊れていった。
午前七時五十三分発の半蔵門線。押し潰されるような人の波の中で、彼女はいつも窓の外を見ていた。流れていく景色の中に、かつての自分が手を振っているような気がして。
幼い頃、美優紀は絵を描くことが大好きだった。
小学三年生のとき、入院中の祖母のために描いた水彩画。病室の白い壁に飾られたその絵を見て、祖母は涙を流しながら言った。
「美優紀の絵には、色がある。ただの色じゃない、心の色が」
その言葉が、ずっと胸の奥に残っていた。
美術大学に進学したかった。けれど、父親の会社が倒産し、家計を支えるために安定した就職を選んだ。広告代理店なら、少しは「クリエイティブ」に関われると思った。
現実は違った。
クライアントの顔色を窺い、数字を追いかけ、誰かの決めた「正解」を形にする日々。自分の感性は、いつしか分厚いビジネススーツの下に埋もれてしまった。
ある雨の夜、終電間際のオフィスで、美優紀は自分のパソコンの画面を見つめていた。
クライアントから戻ってきた修正依頼。赤字だらけのPowerPoint。「もっとインパクトを」「競合他社に負けないように」「予算内で最大の効果を」。
その言葉たちを眺めながら、美優紀の目から、ぽたりと涙がこぼれ落ちた。
涙は、キーボードの上に小さな染みを作った。
「私、何やってるんだろう」
声にならない声が、喉の奥から絞り出された。
窓の外では、東京の夜景がきらきらと瞬いていた。数えきれないほどのビルの窓から漏れる光。その一つ一つの中に、きっと自分と同じように疲れ果てた誰かがいるのだろう。
そのとき、スマートフォンが震えた。
大学時代の親友、葉山奈々からのLINE。
「美優紀、生きてる? 最近、全然連絡ないから心配してた」
美優紀は、震える指でメッセージを打った。
「生きてるよ。ただ、私、もう分からなくなってきた。何のために働いてるのか」
すぐに返信が来た。
「今から電話していい?」
深夜一時。オフィスの片隅で、美優紀は奈々の声を聞いた。
「ねえ、美優紀。覚えてる? 大学のとき、美優紀が描いてくれた私の肖像画」
「……覚えてる」
「あの絵、今でも実家の玄関に飾ってあるの。お母さんがね、毎日それを見て『奈々は本当に幸せそうな顔してる』って言うの」
美優紀の胸が、きゅっと締め付けられた。
「美優紀の絵には、人を幸せにする力があるよ。私、ずっとそう思ってた」
電話を切った後、美優紀は長い間、暗いオフィスの中で座り込んでいた。
窓の外の東京タワーが、赤く点滅していた。その光が、まるで心臓の鼓動のように、彼女の目に映った。
第二章 パスポートを胸ポケットに
転機は、思いがけない形でやってきた。
年末の帰省で、美優紀は久しぶりに実家の押し入れを開けた。埃をかぶった段ボール箱の中から、一冊のスケッチブックが出てきた。
小学生の頃の、自分の絵。
拙い線。けれど、そこには確かに「何か」があった。色彩の選び方、構図、そして何より、絵の中の人物たちの表情。子どもの自分は、純粋に「誰かを喜ばせたい」という気持ちだけで筆を動かしていた。
その夜、美優紀は生まれて初めて、自分の未来について真剣に考えた。
もし、今の仕事を辞めたら。もし、本当にやりたいことに挑戦したら。
恐怖が、津波のように押し寄せてきた。
安定した収入がなくなる。社会的な信用を失う。三十二歳で起業なんて、無謀だと笑われる。失敗したら、もう二度と這い上がれないかもしれない。
布団の中で、美優紀は自分の体が小刻みに震えているのを感じた。心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。天井を見つめながら、何度も何度も深呼吸を繰り返した。
けれど、震えの奥に、もう一つの感情があった。
高揚。
未知の世界に飛び込むことへの、純粋な興奮。
「笑われるくらいが、ちょうどいいのかもしれない」
美優紀は、そっと呟いた。
年明け。
美優紀は上司の前で、退職届を差し出した。
「柊木、本気か。お前、このまま続ければ、来年には局長だぞ」
「はい。でも、私、もう決めました」
上司の困惑した顔を見ながら、美優紀の心は不思議なほど穏やかだった。
その夜、美優紀は定期入れから、使い古したPASMOを取り出した。何千回も改札を通った、傷だらけのカード。それを、そっと引き出しの奥にしまった。
代わりに胸ポケットに入れたのは、期限の切れた古いパスポート。大学時代に一度だけ行った、イタリア旅行のときのもの。
フィレンツェで見た、ルネサンスの絵画たち。あのとき感じた、魂が震えるような感動。
「私も、誰かの心を震わせるものを作りたい」
パスポートの冷たさが、胸の奥でじんわりと温かくなっていくのを感じた。
第三章 泣きながらでも、前へ
起業の現実は、想像以上に過酷だった。
美優紀が考えたビジネスモデルは、「AIを活用したパーソナライズドアート」。顧客の思い出の写真や大切なエピソードをヒアリングし、AIと人間のアーティストが協働して、世界に一つだけのアート作品を生み出すサービスだ。
しかし、最初の三ヶ月間、注文は一件も入らなかった。
貯金は、みるみる減っていった。毎晩、通帳の残高を見るたびに、胃がきりきりと痛んだ。
両親には「順調だよ」と嘘をついた。友人からの「どう? うまくいってる?」というLINEには、既読をつけたまま返信できなかった。
四月のある夜。
ワンルームのアパートで、美優紀はベッドの上にうずくまっていた。
テーブルの上には、食べかけのコンビニ弁当。洗濯物は三日分溜まっている。髪は何日も洗っていない。
スマートフォンの画面には、銀行のアプリ。残高は、もうあと二ヶ月分の生活費しかない。
「やっぱり、無理だったのかな」
声に出した瞬間、涙が溢れ出した。
嗚咽が漏れる。肩が震える。枕に顔を押し付けて、声を殺して泣いた。
どのくらい泣いただろう。
ふと、枕元に置いてあったスケッチブックが目に入った。最近描いた、自分のための絵。夜明けの海と、そこに立つ一人の女性の後ろ姿。
その絵を見つめながら、美優紀は気づいた。
泣いている。でも、まだ描いている。
まだ、諦めていない。
「泣きながらでも、進めばいい」
美優紀は、涙で濡れた顔のまま、ノートパソコンを開いた。
マーケティング戦略を、一から見直す。ターゲット層を再定義する。SNSでの発信方法を変える。
午前三時まで、ひたすらキーボードを叩き続けた。
第四章 夜中のチャット
転機は、SNSからやってきた。
美優紀が何気なく投稿した、制作過程の動画。AIがベースを生成し、それに人間のアーティストが魂を吹き込んでいく様子を、タイムラプスで撮影したものだった。
その動画が、予想外に拡散された。
「AIと人間の協働、こういう形もあるんだ」「これ、すごく素敵。依頼したい」「機械じゃできない温かみがある」
コメント欄が、みるみる埋まっていった。
最初の注文が入ったのは、動画を投稿してから三日後のことだった。
依頼主は、大阪に住む三十代の女性。亡くなったお祖母さんとの思い出を、一枚の絵にしてほしいという依頼だった。
美優紀は、その女性と何度もビデオ通話をした。お祖母さんがどんな人だったのか。どんな声で笑っていたのか。どんな匂いがしたのか。
そして、一ヶ月後。
完成した絵を見た依頼主から、泣きながらのメッセージが届いた。
『おばあちゃんが、本当にそこにいるみたい。この絵を見ると、おばあちゃんの声が聞こえる気がします。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます』
美優紀のスマートフォンの画面が、涙で滲んだ。
その日から、少しずつ歯車が動き始めた。
口コミで依頼が増え、メディアからの取材も入るようになった。一人では回らなくなり、アルバイトを雇い、やがて正社員を採用した。
けれど、成長するにつれて、新たな壁がいくつも現れた。
資金繰り。人材採用。クレーム対応。法務。税務。経営者として知らなければならないことが、山のようにあった。
ある夜。
従業員が帰った後のオフィスで、美優紀は一人、机に突っ伏していた。
今月の支払いが間に合うか、ギリギリの状態。新しく入った社員とのコミュニケーションがうまくいかない。取引先との交渉も難航している。
スマートフォンが震えた。
大学時代の友人たちのグループLINE。深夜一時なのに、奈々を含む三人がオンラインだった。
「美優紀、元気? 最近、忙しそうだけど」
美優紀は、思い切って本音を打った。
「正直、きつい。毎日、綱渡りしてる感じ。成功してるように見えるかもしれないけど、実際は泣きそうになりながらやってる」
すぐに返信が来た。
「分かる。私も、転職してから毎日そんな感じ」
「美優紀が頑張ってるの、ちゃんと見てるよ。すごいと思う」
「ってか、美優紀の会社の絵、この前うちの会社の人が買ってた。めっちゃ感動したって言ってたよ」
美優紀は、スマートフォンの画面を見つめながら、静かに涙を流した。
一人じゃない。
でも、最後に「GO」を出すのは、自分自身。
その夜、美優紀は友人たちと午前三時まで、泣いたり笑ったりしながらチャットを続けた。くだらない話。昔の思い出話。そして、これからの夢の話。
画面越しの友人たちの言葉が、冷え切った心をゆっくりと温めていった。
第五章 私の色で、塗りつぶしていく
創業から一年半が経った頃、美優紀のもとに、一通のメールが届いた。
差出人は、日本を代表する美術館の学芸員。企画展への出展依頼だった。
テーマは「テクノロジーと感情の交差点」。
美優紀のサービスで生まれた作品たちを、美術作品として展示したいという申し出だった。
メールを読んだ瞬間、美優紀の体が震え始めた。
恐怖ではない。高揚だ。
けれど、準備は困難を極めた。通常の業務をこなしながら、展示のための新作を制作する。スタッフたちも疲弊していった。
展示会の一週間前。
デザイン担当の若い社員、二十四歳の橋本が、美優紀のデスクの前に立った。
「社長、もう限界です。このペースじゃ、みんな倒れます」
橋本の目には、涙が滲んでいた。
美優紀は、しばらく黙っていた。
それから、立ち上がって、オフィス全体に声をかけた。
「みんな、ちょっと集まって」
スタッフたち十二人が、美優紀の周りに集まった。
「私、完璧を求めすぎてた。ごめん」
美優紀の声が、少し震えた。
「この展示会、成功させたい。でも、それはみんなを犠牲にしてまでやることじゃない。スケジュールを見直す。品質を少し落としてでも、みんなが倒れないペースに調整する」
橋本が、驚いた顔で美優紀を見た。
「でも、社長。美術館への約束は——」
「私が、話をつける。頭を下げればいい。みんなの健康より大事な展示会なんて、ない」
その夜、美優紀は美術館の学芸員に電話をかけた。正直に状況を説明し、出展数を減らすことを申し出た。
電話の向こうで、学芸員は少し沈黙した後、こう言った。
「柊木さん。正直に言ってくれて、ありがとうございます。実は、私たちも、柊木さんの会社の『人間らしさ』を評価して、今回の企画に声をかけたんです。その姿勢を、こういう形で見せてくれて、むしろ嬉しいです」
電話を切った後、美優紀は長い間、夜空を見上げていた。
展示会は、大成功だった。
来場者は、予想の三倍。メディアにも大きく取り上げられた。
けれど、美優紀にとって最も嬉しかったのは、展示会の最終日に起きた出来事だった。
会場の隅で、一人の老婦人が、じっと一枚の絵を見つめていた。
美優紀がそっと近づくと、老婦人は涙を流していた。
「この絵の中の女性、私の娘に似ているんです。五年前に、亡くなりました」
美優紀は、何も言えなかった。
「でも、この絵を見ていると、娘がまだどこかで生きているような気がして。笑っている気がして」
老婦人は、美優紀の手をそっと握った。
「ありがとう。この絵を作ってくれて」
その手の温もりが、美優紀の全身に広がっていった。
これが、私のやりたかったことだ。
誰かの心に、色を灯すこと。
エピローグ ここから始まる、私の時代
現在。
創業から二年。
「IRODORI」は、従業員三十二名を抱える会社に成長した。海外からの依頼も増え、来年にはシンガポールに初の海外拠点を開設する予定だ。
けれど、美優紀は変わらない。
毎朝六時四十五分に出社し、誰もいないオフィスで、カフェラテを片手に窓の外を眺める。
まだ、怖い。
毎日、新しい課題が押し寄せてくる。失敗の可能性は、常につきまとう。未来なんて、誰にも分からない。
でも、美優紀は知っている。
怖さの向こうに、景色がある。
震えは、前に進んでいる証拠。
「今日も、やるしかない!」
美優紀は、カフェラテを一口飲んで、パソコンを開いた。
画面に映る自分の顔。二年前より少しだけ、皺が増えた。でも、目の奥には、あの頃にはなかった光がある。
デスクの引き出しの中には、あの古いパスポートがまだ入っている。そして、来月には、新しいパスポートが届く予定だ。シンガポール出張のために。
窓の外では、朝日が東京の街を照らし始めていた。
ビルの谷間を縫うように、一羽の鳥が飛んでいく。
美優紀は、その姿を目で追いながら、静かに微笑んだ。
失敗は、きっとこれからも続く。
転んで、泣いて、それでも立ち上がる。
その繰り返しの先に、まだ見ぬ景色がある。
明日の私が誇れるように。
今日の私が、決めてあげる。
ここから始まる——私の時代。
〈完〉