社会の中で生きる以上、それはある意味当然のことです。
ただ、その“我慢”が長く続きすぎると、心は少しずつ疲れていきます。
嫌なのに笑う。
苦しいのに「大丈夫」と言う。
本当は限界なのに、平気なふりをする。
そうやって自分の感情を押し込め続けていると、いつの間にか「本当の自分」が分からなくなってしまうことがあります。
特にうつ病や繊細気質の人は、この状態になりやすいように感じます。
私はHSP気質ですが、どちらかというと本音を口にするほうの人間です。
もちろん全部ではありません。
怖くて言えない場面もあります。
でも比較的、「嫌なものは嫌」「それは違うと思う」と言葉にしてきました。
たぶんこれは、育った環境も関係していると思います。
私の中では、人間関係はどこか“弱肉強食”のような感覚がありました。
黙っていたら押し切られる。
言わなければ、自分が消えてしまう。
だから本音を言うことは、自分を守るための術でもあったのです。
しかし同時に、本音を言えない人の気持ちもよく分かります。
相談を受ける人の多くが、「本音を隠して生きている人」だからです。
優しくて、気を遣えて、周りをよく見ている人ほど、自分を後回しにしてしまう。
「嫌われたくない」
「迷惑をかけたくない」
「空気を悪くしたくない」
そうやって我慢を重ねてしまうのです。
ただ、本音というのは、「何でも言えばいい」というものでもありません。
感情のままぶつけたり、相手を傷つけたりすることは違います。
でも、自分の気持ちを無視し続けるのも、やはり苦しくなります。
本当は疲れていた。
本当は嫌だった。
本当は助けてほしかった。
そんな小さな感情に、自分自身が気づいてあげることはとても大切です。
長年自分を抑え込んできた人ほど、「自分が何を感じているのか」が分からなくなっています。
だからこそ、本音を言う練習は少しずつ必要なのだと思います。
人間は意外と「察してくれない」生き物です。
繊細な人ほど、「言わなくても分かってくれるはず」と思ってしまう。
でも現実は、何も言わなければ「平気なんだな」と思われてしまうことが多い。
すると、言えない側だけが疲弊していきます。
気を遣って、我慢して、合わせ続けて、最後に心が折れてしまう。
これは本当に多いです。
だから最初は、小さなことでいいのです。
「今日は疲れた」
「それは少し苦手」
「今は休みたい」
そんな一言でもいい。
少しずつでも、自分の感情を表現することは、自分自身を守ることにつながります。
本音を隠して生きることは悪ではありません。
それは今まで、自分が壊れないために身につけてきた“鎧”です。
だから無理に急いで脱ぐ必要はないと思います。
ただ、もし最近苦しいなら。
もし「自分が分からない」と感じているなら。
ほんの少しだけ、自分の本音を外に出してみてもいいのかもしれません。
全部じゃなくていい。
小出しでいい。
「私はこう感じていた」
その小さな言葉を、自分自身が認めてあげること。
それはわがままではなく、心を守るために必要なことなのだと思います。