あまりに自分の内側がごちゃごちゃしているとき、
外見はどんなに落ち着いているように見えても、
心は混乱を極めています。
そして、混乱度合いをご自身で適格に判断できている人は、
多くありません。
だいたい度合いを少なく見積もっていて、
「もう少し大丈夫なような気がする」
「まだ何とかなりそうな感じがする」と
「混乱」を維持・継続してしまうことがあります。
あまりにもごちゃごちゃしていると、
自分で心や感情、考えを整理していくのは、
ほぼ不可能になります。
自分の現在地や現状を自分で把握できなくて、
何から取り組めばいいか?
どこから手を付ければいいのか?の
内容や手順が全く思い浮かばず、
ただ何もできず、何をしたらいいのか分からず、
右往左往し、時間が過ぎていく、という
感覚になっていきます。
そして、「やり方」が分からないとき、
「できてないこと」
「やっていないこと」は
努力不足や怠けではありません。
その状態で「できない」と自分を責める必要はありません。
できなくて当然なんです。
なので、
何をどのようにしたらいいのか分からないけれど、
でも今のままではきっとダメで、
じゃ、どうしたらいいの?というとき、
「話す」ということは大きな前進に繋がっていく可能性が高いです。
自分以外の人に
自分の思い
自分の考え
自分の感情 を打ち明け
誠実に受け止めてもらい、
その人を鏡として
自分を見つめてみる、というのは、
自分の内側に何があるのか、を
知っていく作業になります。
それだけでも、随分と気持ちが楽になるかもしれません。
自分でも自分の内側に何があるのか分からない状態から、
自分の中の一部でも何があるのか分かっていく、というのは、
自分の心や頭が軽くなり、
少しだけ楽になった、という感覚を感じられるようになると思います。
もちろんノートに向かって1人で取り組んでみることも有効的です。
が、人に「鏡」になってもらうことは、「自分の枠」「自分の世界」の外から
他人を存在を借りて自分を見つめる、ということになるので、
ダイレクトに分かりやすさや気づきやすさがあります。
「話す」こと
「話してみること」というのは、
本当にすごいパワーを秘めており、
自分を助けてくれるものになります。
もし、自分のことを話したことがない、とか、
話したいと思ったことはあるけれど、話した経験のないままでいる、と
いうとき、
「話す」ということを自分の人生のチャレンジとして取り組んでみると、
思いもよらない科学反応のようなものを体験できるかもしれません。