今の自分の心を色で表すと?
とっさに聞かれると驚きやとまどいが
あるかもしれません。
日常の中で、自分の心を色で例えることって
あまりないと思います。
だからこそ、ふとしたときでいいので、
自分の心の状態を自分で知るために、
心を色で例えてみると、
自分の意識が自分の内側に向かいやすくなります。
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私たちはあまりに忙しい中を生きています。
忙しいこと自体を否定したい訳ではないのですが、
忙し過ぎると、やはり心は純粋さやおだやかさから
どんどんかけ離れていきがちです。
さらには、忙しさに加えて、
自然な音が全くなくて、
機械的/人工的な音があふれている中に
ずっと身を置いていると、
感覚がズレやすくなります。
そして、小さい頃から、
頑張るしかなかった人にとって、
忙しいことが当たり前で、
忙しく色々としているからこそ
自分の存在意味がある、と
自分を決めつけていることがあります。
逆を言うと、
何か役に立つことをしていないと自分には価値がない、という
無価値観がある、ということです。
この無価値感は人によって強弱はありますが、
心の奥にどっしりと鎮座しています。
自分には価値がない
自分は存在してはいけない
生まれてきたことが申し訳ない
罪悪感とともに、強烈な自己否定とつながっていきます。
自己否定は心をむしばんでいきます。
毎日毎日否定され、拒絶され、
「辛い」と思うこと自体が許されず、
ただひたすらに用事をこなす毎日。
心が今、何を感じているか?と
思う余裕もなく、
効率よく・合理的に・効果的に、と
作業のスピードUpを追い求めることを
無自覚にしていて、
その効果が出ると「成長した」と思えるけれど、
またすぐ次の課題を課し、それをクリアできるまで
極限まで心をなくして機械的であろうとする。
自分をなくすことでしか
生きられないとき、
心はやはり彩りを失います。
心が活かされてない。
心が活かされていない、とは
「自分らしさ」の真逆を生きている、ということです。
だから生きづらい。
そもそも「生きたい」と思えなくて、
生きること自体にしんどさを感じていて、
身体にも心にも「おもり」がずっとついているような
重さがある。
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そんなときは、
人を頼ってください。
心がなくなるまで頑張り続けてしまうのは、
人を頼れないことでもあるからです。
物理的な助けもありますが、
「話しを聞いてもらう」ということも、
人を頼る1つになります。
生きづらさを1人でずっと抱えることは
本当に大変でしんどいことです。
今まで、自分で何とかするしかなかったから、
何とかしてきて、
そして今なお、そのクセは抜けきれず
一人で何でも抱えてしまうかもしれません。
たまには、そのクセをちょっとお休みさせてみませんか。
周囲にお話しをちゃんと聞いてくれる人がいれば、
その人に聞いてもらってください。
そうやって自分を受け止めてもらうと、
心のおもりが少し軽くなっていきます。
身体的に呼吸のしやすさも感じられるかもしれません。
そのとき、心の彩りを感じられるといいですね!