自分の部屋で、あるいはイヤホンを通して、自分の心をそっと包み込んでくれる大好きなアーティストの音楽。
それがあるから毎日を頑張れるし、ざわつく日常の中で、唯一そこだけが自分の素のままでいられる聖域のような場所だったりしますよね。
そんな、自分の感性の拠り所ともいえる大切な存在を、よりによって大好きな人から、何気ない一言でディスられてしまったら。
まるで自分のこれまでの生き方や、大切にしてきた人格そのものを、ドブにバサッと捨てられたかのような、息が止まるほどの大きな衝撃を受けてしまう。
それからは、あれほど心の支えだったはずのアーティストの曲が、しばらく聴けなくなってしまう。
スマホの画面にそのジャケット写真が表示されるだけで胸がざわつき、イヤホンから流れてくるイントロを聴くだけで、胸がギュッと苦しくなってしまう。
最愛の人が放った「あんなの何がいいの?」という言葉が呪いのように頭の中でリフレッシュされて、かつて宝物だったものが、まるで「恥ずべきもの」に変えられてしまったかのような感覚。
そんなふうに、音楽ひとつでそこまで深く傷つき、怯えてしまう自分に対して、「どうして私はこんなに打たれ弱いんだろう」「たかが音楽の好みなのに」と、自分を責めてしまっていませんか?
心理カウンセラーとして、僕はその痛みをとてもよく理解しています。
繊細な気質を持っている方は、自分が好きなものや美しいと感じるものに対して、自分の魂の一部を注ぎ込むようにして、深く愛する傾向があります。
つまり、あなたにとって「大好きなアーティスト」というのは、単なる暇つぶしのエンタメではなく、自分の価値観や感性、そして心の繊細な部分をそのまま形にしたような、とても神聖な存在なんです。
だからこそ、それを否定されるということは、あなたの心そのものを「変だよ」「価値がないよ」と否定されたことと、まったく同じ意味を持ってしまうんですよね。
特に、その言葉が「最愛の人」から放たれたものなら、ダメージが大きくなるのは当然のことです。
信じていた人、自分のすべてを分かってほしかった人に、自分の宝物を土足で踏みにじられたような、言いようのない孤独感と悲しみが押し寄せてくるのは、あなたがそれだけ純粋に相手と音楽を愛しているからに他なりません。
今は、イントロを聴くだけで胸が苦しくなってしまうのも、当然の防衛反応です。
傷ついた心が「今はまだ、あの痛みを思い出させないで」と、あなたを守るためにサインを出してくれている状態なんですよ。
だから、無理にまたその音楽を聴いて「克服しよう」なんて、絶対に思わなくて大丈夫です。
心理カウンセラーとして、僕はこうアドバイスしたいです。
今はそのアーティストの曲をそっと引き出しの奥にしまって、あなたの傷ついた感性を、最優先で休ませてあげてください。
相手の一言は、あくまで「その人の偏った好みのフィルター」を通して出ただけの言葉であって、あなたの感性の素晴らしさを1ミリも傷つけることはできません。
あなたの「好き」という純粋な気持ちは、誰にも汚せない、あなただけの美しいお城の中にちゃんと守られています。
いつか心の傷が癒えて、またあの優しいメロディが、あなたの傷ついた心を温かく包み込んでくれる日がきっと来ます。
それまでは、ただただ自分の心を優しく抱きしめて、ゆっくりと息をしてくださいね。