大好きな人の隣、助手席に座っているとき。
車のスピードや道の景色よりも、相手がブレーキを踏む「強さ」や「タイミング」に、ふと心が揺れてしまうことはありませんか?
ただの運転の荒さなら「ちょっと運転が激しいな」で済むのかもしれません。
でも、繊細な気質を持つあなたは、そのブレーキの踏み方ひとつから、もっと深い部分にある「私への配慮の有無」を無意識に察知しているのだと思います。
赤信号で止まるとき、いつもより少しだけガクンと車体が揺れる。
ほんの小さな衝撃かもしれないけれど、その瞬間に「あ、今は私の安全や心地よさよりも、自分のイライラが優先されているんだな」と感じて、悲しくなってしまうんですよね。
言葉では「怒っていないよ」と言われても、ハンドルを握る手の力加減や、アクセルを踏み込むタイミング、ブレーキの雑さから、相手の心の余裕をまるでスキャンするように読み取ってしまう。
そんな自分に対して「気にしすぎなのかな」「考えすぎだよな」と、ひとりで勝手に疲れてしまうこともあるかもしれません。
心理カウンセラーとして、僕はこう考えています。あなたがその小さな揺れから感じ取ったものは、決して気のせいでも、考えすぎでもありません。
繊細さん(HSPさん)は、目に見えない空気感や、相手の細かな動作に宿る感情を敏感に受け取る素晴らしいアンテナを持っています。
車の中という密室だからこそ、相手の「素の感情」が運転の手つきにそのまま染み出てしまうことを、あなたの心はちゃんと分かっているんですよね。
自分のことを大切に思ってくれているときは、ブレーキの踏み方ひとつにも、助手席のあなたを揺らさないようにという「優しい配慮」が自然と表れるものです。
だからこそ、それが少し雑になっただけで、まるで自分の存在を雑に扱われたような寂しさを覚えてしまうのは、とても自然なことなんですよ。
相手のイライラを敏感に察知して、助手席でそっと息を潜めたり、どうにか機嫌を直してもらおうと気を遣ったりして、車を降りる頃にはクタクタになっていることもあるかと思います。
でもね、どうか知っておいてほしいのです。相手の心の余裕がなくなっているのは、決してあなたのせいではありません。
相手のイライラは相手自身のものであり、あなたが助手席でその不機嫌の責任を背負う必要はどこにもないんですよね。
もし次に、助手席でブレーキの強さに心がチクッとしたときは、「あ、今は相手の心に余裕がないんだな」と、少しだけ心の中で距離を置いてみてください。
相手の感情をスキャンしてあげる優しさを、今度は「静かに自分を守るため」に使ってほしいなと僕は思います。
今回は、助手席という逃げ場のない空間で、誰よりも相手の心を思いやってきたあなたの心が、少しでもホッと軽くなりますように。