白か黒か、正しいか間違いか。
僕たちはいつの間にか、そんな風にすべてのことに「正解」を求めて、息苦しくなってしまうことがあります。
特に、大切な人との関係や、心の中に芽生えたモヤモヤした感情については、早く答えを出して楽になりたいって思ってしまいますよね。
でも、心理カウンセラーとして活動している僕は、最近こう思うんです。
「正解のない問い」を抱えたまま、それを一生かけてゆっくりと味わっていくことこそが、人生で一番の贅沢なんじゃないかなって。
例えば、「愛とは何か」とか、「自分らしく生きるとはどういうことか」という問い。
これらには、算数のテストのように、誰が見ても納得するたった一つの正解なんて存在しません。
10代の時に感じた愛と、30代、50代、そして人生の終盤に感じる愛は、きっと全部違っていて、それでいて全部が本物のはずです。
もし、20歳の時に「これが愛の正解です!」と決めてしまったら、その後の人生で出会うはずだった、もっと深くて優しい彩りを見落としてしまうかもしれません。
だから、答えが出ないことは、決して悪いことではないんです。
むしろ、答えが出ないからこそ、僕たちは何度でも考え直し、何度でも新しく自分を更新していける。
「わからない」という状態は、これからどんな色にも染まれる自由が手元にあるということだと、僕は思います。
恋愛で悩んでいる時、相手の気持ちが見えなくて不安になる夜もありますよね。
「どうすればいいのが正解なの?」と、暗闇の中で出口を探すような気持ち。
そんな時こそ、少しだけ肩の力を抜いて、その「問い」を自分の隣に座らせてあげてほしいんです。
「今はまだ答えが見えないけれど、この問いと一緒に過ごしてみよう」と決めるだけで、心の景色は少しずつ変わっていきます。
焦って出した答えは、時として自分を縛る鎖になってしまうことがありますが、じっくりと時間をかけて育んだ「納得」は、一生あなたを守ってくれるお守りになります。
完璧な答えを求めて自分を追い込むよりも、不完全なままの自分を面白がること。
「あぁ、今日も答えは見つからなかったけれど、なんだか不思議な一日だったな」と笑えるくらいの余裕。
それが、僕たちが自分自身に贈ることができる、最高の優しさだと思うんです。
人生という長い旅の中で、一つの問いを大切に持ち続ける。
それはまるで、名前のない種を植えて、何が咲くかわからないまま毎日お水をあげているような、とても豊かで、とても贅沢な時間です。
正解がないということは、あなたが選んだ道が、そのままあなたの正解になっていくということ。
だから、無理に誰かの物差しに合わせる必要なんて、どこにもありません。
あなたが感じていること、あなたが迷っていること、そのすべてが大切なプロセスの欠片です。
僕は、あなたがその「正解のない問い」を、愛おしく抱きしめながら歩んでいく姿を、いつも応援しています。
焦らなくて大丈夫。
ゆっくり、ゆったり。
この贅沢な時間を、一緒に楽しんでいきましょうね。