「すごい」より「おもしろい」を。自分をニヤリと愛でる心の習慣

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誰かに褒められると、もちろん嬉しいですよね。

でも、誰かの評価をずっと気にしていると、いつの間にか心が「合格点」をもらうための努力で、少し疲れちゃうこともある。

僕は、もっと自分を自由に、もっと楽にしてあげたいなと思っています。

そこで提案したいのが、「誰かに褒められること」を目指すのではなく、「自分で自分をおもしろがること」なんです。

これ、僕のなかでは、人生をふわっと軽くする最高の方法だと思っています。

例えば、朝寝坊してしまったとき。

「なんてダメなんだ」と責めるのではなく、「お、今日は夢の続きが見たかったんだな。僕の脳内シアター、よっぽど名作上映中だったんだな」と、ちょっとおもしろがってみる。

仕事で小さなミスをしたときも、「あちゃー、でもこのリカバリーの仕方は、後で笑い話のネタになるかも」と、少し引いた目線で自分を眺めてみるんです。

僕は、完璧で立派な自分を目指すよりも、どこか抜けていて、人間くさくて、つっこみどころ満載な自分を「おもしろいなあ」と愛でるほうが、ずっと心に優しいと感じます。

心理カウンセラーとして、日々いろんな方のお話を聞いていますが、心が苦しくなっているときは、どうしても自分に対して「厳しい裁判官」になってしまいがちです。

でも、その裁判官を一旦お休みさせて、自分を「観察するファン」になってみませんか。

「あ、今、僕はちょっと人目を気にして格好つけてるな。かわいいやつめ」

「今日の僕は、お菓子の袋を開けるのが異常に下手だな。不器用さが炸裂してるな」

そんなふうに、自分自身の不器用さや、揺れ動く感情を、まるで映画の登場人物を観るように楽しんでほしいんです。

「自分を褒める」のが難しい日でも、「自分をおもしろがる」ことなら、案外できるものですよ。

自分に対して「おもしろいね」と言えるようになると、不思議と周りとの関係も柔らかくなっていきます。

自分の欠点を「おもしろい個性」として受け入れている人は、他人の欠点に対しても「それもおもしろいね」と、ゆとりを持って接することができるからです。

立派にならなくていい。誰かに認められるために必死にならなくていい。

ただ、今日という一日を一生懸命、あるいは適当に生きている自分を、「へんてこな生き物だなあ」とニヤリと笑ってあげてください。

その心の余裕こそが、明日をちょっとだけ明るく照らしてくれるはずです。

僕は、そんなふうに自分を面白がれるあなたを、とても素敵だなぁと思います。


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