社会人15

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私は、滴る血を、そこらへんにあったタオルで抑えながら、下に降りた。

母親は、笑いながら
「あはははは!自分で働いて歯、直せよ!」
と言った。

なにを言っているんだ、この人は。
これが、人の言う言葉なのかと思った。
本当に…。

うがいをして鏡をみると…

前歯がほぼない…。

これはどうしたらいいんだろう…。

死ぬとか生きるとか
そんなレベルではなかった。

何も考えられなかった。

その日は、マスクをして過ごした。
もちろんご飯など食べられるわけがない。

その晩、近所の秋おばさんがきた。
母親のいる時に…
秋おばさんは、私を見て
「どうした?風邪でもひいたのか?」
とガサガサした声で聞いてきた。

私が俯いて、なにも話せずにいると
すかさず
「あはははは!これねー私が蹴ったら歯が折れたのよ!バカだよねー」
と母親は言った。
そしたら秋おばさんは母親に
「お前何してんの!!誰が自分の子を蹴って歯を折らして笑ってる親がどこにいるんだよ!歯をちゃんと治してやれ!」
と一喝。

母親は秋おばさんには敵わないようで、私を睨みつけながら
「明日、歯医者にいってこい」
と言った。

私は次の日、歯医者にいった。

歯医者に来たのはいいけど、
なんて言おう…

と思いながら順番を待った。

そして、順番になり、
歯医者さんの先生が
「今日はどうしました?はい、口を開けてー」
と言った。

私は無言で勇気を出して口を開けた…

「ええええぇぇlあはははは!」
と先生…
近くにいた助手の女性も笑っていた…

私は泣きそうになった。

そんな私をみてか
「どうすればそういう歯になるの」と
半ば笑いながら聞かれたが
答える気もしなかった。

どうせ、言っても信じてもらえない…。

そうして、施術が進み、
型を取り、その日は終わった。

「部分入れ歯」

になるらしい。

けれど、すぐにできるわけではないので
しばらく、このままで生活しなければならない、と言われた。

費用は1万円くらいかかるから
と言われて終わった。

私は、この歯医者にはもう行きたくなかったが、他の歯医者に行ったらまた笑われる、と思うと変える意味がないとも思った。

家に帰り、次は一万円くらいかかることを言うと
「金食い虫が」
と、不機嫌そうに言った。

私が悪いのか?

私の給料も全部使って、会社まで取りに来て、
それでも金食い虫と言われるのか

もう私の中ではとうに「母親」という概念はなくなっていた。

そして「自分」というものもなくなっていった。

誰からも認められない
受け止めてもらえない

中身のない人間がそこにいる

だけの生活を2週間くらいしたころ
入れ歯ができたというので歯医者にいった。

また笑われるのか…

歯医者に行くと、今度は先生に
「10代でこんな歯の人なんか見たことないよ!」
と言われてしまった。

そして、お金を払って帰った。

口の中は入れ歯という
「異物」
に慣れず、困惑していた。

そして家に帰ると…
「あんたの歯医者にお金かかったんだから、働いて返してよ」
と…。

私は家に居たくなかった。
働く方が全然楽しかった。

そうしているうちに、デパートが近々リニューアルオープンする、というので、ダメ元で面接にいった。
パートタイマ―だったが、自分の学歴を考えればなんでもよかった。

そして、面接合格をもらった。

そこでは、お歳暮の時期で、ちょうど今頃だったと思う。
お歳暮のコーナー(品物を包装したり、伝票を書いたり)に配属された。

めちゃくちゃ忙しくて、それでもやりがいはあった。

けれど問題は、お昼だった。

当然、アイツ(母親)からはお金はもらえない
かといって、お弁当を作るにも家には米粒もない状態なのだ。

自分で隠し持っていた、小銭で何とかやりくりをしていた。

それでもお金は底を尽きた。

アイツに言う時には
「気分のいい時」
に限る。

気分のいい時を狙って、お金をもらった。
それでも500円程度。

冬場は歩きで1時間かかった。
夏場は自転車。

朝起きると、アイツはテレビゲームをしている。
そして、
「コーヒーいれて」
という。

家事なんて1つもしない、
するとすれば、
秋おばさんがいるときにだけ
見せつけるかのように家事をこなす。

そして、秋おばさんの家に行っては秋おばさんの家の掃除をしている。

秋おばさんは「あんたのお母さんは働き者だねぇ」という。
よく騙されるもんだな、と思っていた。

そこから、あいつの行動をよく観察するようになった。

そう人前では、すごく私のことを心配しているように言うのだ。

家に帰れば、奴隷のように扱うくせに。

ある意味、「女優」だと思った。

自分は「いい母親」だと思われたくて、どんな嘘もつく。
いい母親だと思られるなら、どんなことでもする。

そういうやつだった。

春になり、仕事もサービスカウンターを任されるくらいに頑張った。

そこのスーパーで軽い嫌がらせはあったが、あまり気にならない程度のものだった。

給料は相変わらず、私の手には渡らない。

そんなある日、いつものように仕事に行こうとすると
アイツがいった
「お母さん具合悪いから仕事休んで」
と、

は?何を言っているんだ?

そんなんで休めるはずがない。
まず、どう見たって仮病だ。
どうせ二日酔いとかそんなもんだろう。

「さすがに急には休めないよ」というと
「は?お母さんが具合悪いのに休ませない会社あるの?」
とキレ出してきた。
もうこうなると、どうにもならない。
何を言っても無駄。
そしてキレ出したら止まらない。

「よし!今から会社に電話してお母さんがいうは!」
と言い始めた。
さすがにそれはやめてほしいと思い、止めたが
後の祭り…。

会社に電話をしている。

あぁ…終わった…。


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