心の夜に灯るもの:宗教、AI、そして私たちの「不完全さ」について

心の夜に灯るもの:宗教、AI、そして私たちの「不完全さ」について

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コラム
 現代を生きる私たちにとって、「うつ病」は決して他人事ではなくなりました。
 それは、いつ誰の元を訪れてもおかしくない、とても身近な心の病です。
 暗闇の中を手探りで進むような深い苦しみの中で、人は時に、科学や医療の枠組みを超えた「大いなる存在」に救いを求めたくなるものではないでしょうか。

 そこで、ひとつの問いが心に浮かび上がります。
 「宗教は、うつ病を治せるのだろうか。そして、この世界からその苦しみを根絶させられるのだろうか」と。
 結論から申し上げれば、宗教がうつ病を「医学的に完治させる」ことや、この社会から「完全に根絶する」ことは、極めて困難であると言わざるを得ません。
 魂の救済と、複雑に絡み合った脳や身体の病理を紐解くことの間には、やはり異なる境界線が存在するようです。

 そんな私たちの前にいま、人工知能、すなわち「AI」という新たな隣人が現れました。彼らは驚くべき速度で知識を蓄え、私たちの日常を静かに、そして便利に変えてくれています。
 そこでふと、もうひとつの問いが頭をよぎるのです。「AIはいつか、人のうつ病を治せるのだろうか。そして、この病をこの世界から消し去ることができるのだろうか」と。
 現時点でのAIの進化を見つめていると、それは決して遠い夢物語ではないようにも思えてきます。最新の研究では、AIを用いた対話プログラムが、人間のセラピストに近い効果をもたらすことが示され始めているからです。

 24時間いつでも、どんなに後ろ向きで、まとまりのない言葉であっても、AIは決して疲れることがありません。
 感情に任せて否定することもなく、ただ静かに耳を傾けてくれます。
 真夜中、深い孤独に襲われたとき、スマートフォンの画面の向こうに控えるAIは、確かに多くの人の心をそっと受け止める、現代の「避難所」になりつつあるのでしょう。

 しかし同時に、私たちは心のどこかで知っています。「病を和らげること」と、それを社会から「根絶すること」の間には、あまりにも果てしない距離があるということを。
 AIがどれほど優秀な聴き手になろうとも、人が人として生きる中で抱える根源的な生きづらさや痛み(摩擦)を、すべて消し去ることはできないのです。 
 便利さと進化の光の中で、私たちはこれからも、この心という割り切れない存在と付き合っていくことになります。

 ここでいう「人間の不完全性」とは、私たちが生物として、また精神的な存在として持つ、限界や脆さ(もろさ)のことです。
 私たちは、ストレスが溜まれば脳の物質バランスを崩してうつ病になります。徹夜をすれば体調を崩し、年齢とともに衰えていきます。プログラムのように、常に一定のパフォーマンスを維持することはできません。
 また、人間は論理だけで生きられない存在です。頭では「こうした方がいい」と分かっていても、心が追いつかないことがあります。

 理由のない不安に襲われたり、誰かを妬んでしまったり、自分でもコントロールできない感情の波に振り回される脆さを持っています。しかし、この「不完全性」は決して悪いことばかりではありません。
 自分が完璧ではないからこそ、私たちは他者を必要とし、愛し、助け合おうとします。また、割り切れない苦しみや不完全さを抱えているからこそ、人は文学や音楽などの芸術、宗教、そしてAIのような新しい技術を生み出してきたのではないでしょうか。
 AIがどれほど完璧で、決して疲れない存在になったとしても、この「不完全さ」という人間の本質——傷つきやすさや、理屈で割り切れない心——を完全に理解し、消し去ることはできないという壁に、私たちはいつか突き当たります。
 完璧なAIと、不完全な人間。
 その埋まらない溝にこそ、私たちが人間らしくあるための愛おしさと、苦しみの双方が宿っている。そんな気がしてならないのです。

                         沙門蒼俊   合掌
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