心がふっと軽くなる、般若心経という知恵

心がふっと軽くなる、般若心経という知恵

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コラム
 心が深く沈み、まるで暗闇の底に取り残されたような感覚になる。
 そんな鬱(うつ)の苦しみの中にいるとき、私たちは知らず知らずのうちに、自分の思考の檻に閉じ込められてしまうことがあります。

 医学的な直接の治療法ではないものの、古くから伝わる「般若心経」の言葉や営みが、現代を生きる私たちの心を解きほぐす静かな処方箋になるかもしれない、そんなお話があります。
 般若心経がもたらしてくれるのは、「思想」と「行動」という、2つの優しいアプローチです。

 まず思想の面で、このお経の核心にある「色即是空(しきそくぜくう)」という教えに目を向けてみます。
 これは、この世のあらゆる物事や苦しみには固定された実体がなく、常に変化し続けているという、大いなる流動性の智慧です。
 鬱の真っ只中にいるとき、私たちは「この苦しみが永遠に続くのではないか」という絶望感に襲われます。また、「こうでなければならない」という完璧主義、過去の後悔や未来への不安といった、認知の歪みに縛られがちです。
 そんなとき、「どんな苦しみも一時的なものであり、いつかは変化して消え去る実体のないものなのだ」という視点は、私たちのこわばった心をそっと緩めてくれます。

 そして、もう一つの行動的な面が、読経や写経によるマインドフルネス(瞑想)の効果です。お経を声に出して唱えたり、白い紙に黙々と文字を書き写したりする行為は、現代の心理療法に通じる高い親和性を持っています。声を出し、あるいは文字のなぞりに没頭することで、鬱を長引かせる原因となる「ネガティブな思考のループ」が強制的に遮断されます。
 いわば、脳のアイドリングストップです。さらに、一定のリズムで読経を続けることは、心を安定させる脳内物質「セロトニン」の分泌を促し、不安を司る扁桃体の活動を整えると言われています。
 深く規則正しい呼吸(腹式呼吸)を伴うため、過剰に興奮した交感神経が静まり、副交感神経が優位になります。
 これにより、鬱に伴いがちな不眠や動悸、慢性的な疲労感といった身体のつらさも、少しずつ和らいでいくのです。

 実際に、過労や病気からうつ状態を経験した医師や専門家の中にも、般若心経や禅の教えを取り入れることで健やかさを取り戻した、という事例が数多く残されています。
 高田明和氏や神酒岡かた夫氏などの著作を紐解くと、言葉の難しい意味は分からなくても、ただその音の響きや文字に身を委ねるだけで、救われる心地がしたと語る体験者が少なくありません。
 ただし、心に留めておきたい大切な注意点があります。こうした般若心経の智慧や瞑想は、あくまで鬱の「予防」や、少し体調が落ち着いてきた「回復期のセルフケア」として有効なものです。
 エネルギーが枯渇している重症な時期(急性期)には、文字を読むことや書くこと自体が脳の大きな負担となり、かえって消耗を早めてしまうことがあります。もし、どうしても起き上がれないほどの重い症状があるときは、決して自己判断のケアだけで乗り切ろうとせず、まずは医療機関(精神科や心療内科)を頼ってください。
 専門医による休養や服薬といった適切な治療を最優先に受けること。それこそが、何よりも大切な自分への労わりです。
 服用を続けつつ、仏の加持力を得んがために、自分で般若心経を唱えて、体力を消耗してはいけません。正しいところとしては、まずは、服薬という科学の力を信じ、体(脳)を十分に休養させます。その上で、僧侶を尋ねられるときは、僧侶のもとで般若心経を心の中で唱え、心に灯をともします。 
 心が少しエネルギーを蓄え、外の風を感じてみたいと思えたとき。そのときには、そっと般若心経の調べに耳を傾け、うつ病で弱った脳をデフラグしてはいかがでしょうか?
 流れる雲のように物事を受け止める知恵を、般若心経に。

                         沙門蒼俊   合掌
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