以前のコラムで、私は「心」というものを、脳の神経細胞が織りなす電気信号の結果であると述べました。いわば、脳という「ハードウェア」の上で駆動する「ソフトウェア」のような存在である、と。
この仮説を、私は自らの身をもって体験したことがあります。
真言宗や天台宗といった密教の宗派では、炎を焚き、加持祈祷を行います。なかでも真実の言葉を意味する「真言(マントラ)」は、単なる祈りの言葉ではなく、一字一句に広大な教えが封じ込められた「聖なるコード」のようなものです。密教の修行の中核には、「三密(さんみつ)」という教えがあります。
これは、手に印を結ぶ「身密(しんみつ)」、真言を唱える「口密(くみつ)」、そして心に仏を観ずる「意密(いみつ)」の三つを指します。私たちの身体・言葉・意識の働きを仏のそれと一致させることで、凡夫である人間がその身のまま仏と一体になる(即身成仏)という極めて実践的なメソッドです。
私が師僧のもとでうつ病の患者として加持祈祷を受けたとき、この三密の力が共鳴したのか、実に不思議な感覚に襲われました。師僧が唱える真言が、「耳」ではなく「脳」というハードウェアに直接響き、まるで新たなプログラムをインストールしているかのような「カチカチ」という音を感じたのです。
真言、すなわちマントラが、高度なプログラム言語として私の脳に直接書き込まれていく。
それは、乱れた脳内が一度白紙に書き換えられ、美しくフォーマットされていくような感覚でした。
もちろん、これはあくまで私個人の主観的な体験に過ぎません。
しかし、師僧との間に強い信頼関係があり、仏を深く信じ、授かった真言を愚直に唱え続ける。そのプロセスを経て得られる「何かがスッと抜けていく感覚」や、乱雑な情報が整理される「デフラグ」のような心地よさは、あまりに鮮烈でした。
そうした体験を振り返るたび、やはり心は、脳という回路を流れる精緻なシステムなのだと再確認せずにはいられません。
三密の修行によってもたらされる真言の響きは、私たちの精神を最適化するための、古(いにしえ)のOSアップデートなのかもしれない――。そんなふうに蒼俊は思えてならないのです。
沙門蒼俊 合掌
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