―何もしていないように見える慢性期の時間―
午後2時。
カーテンは閉まったまま。
机の上には、空のペットボトル。
ベッドの横には、ゲーム機と充電器。
中学3年の息子は、今日も部屋から出てこない。
母親は、階段の下で何度もため息をついた。
学校に行かなくなって、もう半年。
最初のころは、泣いたり怒ったりしていた。
「なんで行けないの」
「このままでどうするの」
「せめて勉強だけでもしなさい」
けれど、言えば言うほど、息子は部屋の奥へ引っ込んでいった。
最近は、暴れることも減った。
ただ、ゲームをしている。
動画を見ている。
昼に寝て、夕方起きる。
夜中に少し元気になる。
母親には、それが一番つらかった。
苦しんでいるなら助けたい。
泣いているなら抱きしめたい。
でも、ただゲームをしているように見えると、どうしても腹が立つ。
「そんな元気があるなら、学校に行けるんじゃないの」
何度もそう言いそうになった。
ある夜、母親は息子の部屋の前を通りかかった。
ドアの隙間から、息子の声が聞こえた。
オンラインの友だちと話しているようだった。
「いや、俺さ、学校行ってないんだよね」
母親は足を止めた。
息子は少し笑っていた。
でも、そのあと声が小さくなった。
「でも、ずっと楽しいわけじゃないよ」
「朝になるの、けっこう怖い」
母親は、胸が詰まった。
この子は、ゲームで遊んでいるだけではなかった。
ゲームの中で、かろうじて人とつながっていた。
現実から逃げているだけではなく、現実に押しつぶされないように、そこに避難していた。
次の日、母親は息子に聞いた。
「そのゲーム、どんなところが面白いの?」
息子は最初、怪訝そうな顔をした。
でも、少しずつ話し始めた。
キャラクターのこと。
戦略のこと。
仲間との役割分担のこと。
母親には半分も分からなかった。
けれど、息子が久しぶりに自分から話していることだけは分かった。
それから母親は、ゲームをすぐに敵にしないことにした。
もちろん、昼夜逆転も、部屋の乱れも、心配ではある。
でも、まずはこの子が何に支えられているのかを見ようと思った。
数週間後、息子はリビングで言った。
「ちょっと、コンビニ行ってくる」
母親は驚いたが、騒がなかった。
「いってらっしゃい」
それだけ言った。
不登校の慢性期は、止まっているように見える。
でも、子どもはその中で、少しずつ呼吸を整えていることがある。
親にできるのは、無理に外へ引っ張り出すことではなく、家の中に安心できる空気を増やすことなのかもしれない。