「やっぱり行かない」と言えた朝

「やっぱり行かない」と言えた朝

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コラム

―試して、戻って、また進む子どもの回復―

「フリースクール、見学してみようかな」

娘がそう言ったのは、休み始めてから9か月目の夜だった。

母親は、心臓が跳ねるような気がした。

でも、平静を装った。

「そうなんだ。見てみる?」

娘は、スマホで調べたページを見せてきた。

小さなフリースクールだった。

工作もできる。

本も読める。

行く時間も自由。

制服もいらない。

母親は、その夜すぐに問い合わせフォームを開いた。

でも、送信ボタンを押す前に手を止めた。

以前なら、すぐに動いていた。

「この子がやる気になっている今がチャンスだ」

そう思って、親が先に走っていた。

でも、何度もそれで失敗した。

習い事も続かなかった。

適応指導教室の見学も、当日の朝に行けなくなった。

そのたびに、娘は申し訳なさそうに言った。

「ごめん、やっぱり無理」

母親は、その「ごめん」がずっと引っかかっていた。

挑戦したい気持ちが出ただけで、本当は大きな回復なのに。

行けなかったことだけを見て、親も子も落ち込んでいた。

翌朝、娘は布団の中で言った。

「やっぱり、今日は行かない」

母親は一瞬、息を飲んだ。

でも、怒らなかった。

「そっか。今日はやめておこうか」

娘は、布団から顔だけ出した。

「怒らないの?」

「怒らないよ。行ってみようと思ったことは、消えないから」

娘は何も言わなかった。

でも、その日の昼、リビングに降りてきた。

「来週なら、行けるかも」

母親は今度も騒がなかった。

「じゃあ、来週また考えよう」

見学に行けたのは、その三週間後だった。

滞在時間は、たったの25分。

娘は帰り道で言った。

「思ったより疲れた」

母親は答えた。

「25分もいたんだね」

娘は少し笑った。

その後も、順調ではなかった。

行ける日もあれば、行けない日もあった。

「ここじゃないかも」と言う日もあった。

別の場所を探すこともあった。

けれど、母親はもう「続けなさい」とは言わなかった。

娘が試して、迷って、戻って、また考える時間を待つことにした。

しばらくして、娘は週に一度だけ、その場所へ通うようになった。

そこが最終的な居場所になるかは分からない。

でも、娘は自分で選び、自分で迷い、自分で少しずつ外の世界に触れていた。

回復期の子どもは、まっすぐ進まない。

言うことも変わる。

約束も揺れる。

でも、それはいい加減なのではない。

自分の心と体に、本当に合うものを探している途中なのだ。

親ができるのは、道を決めることではなく、転んでも戻れる場所でいること。

「やっぱり行かない」と言えた朝も、回復の一部なのだと思う。
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