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コラム
「暇だな」と言った日の午後
記事
コラム
育児・不登校・海外子女相談専門 奥村直之
2026/06/27 11:32
―何かしたい。でも、何がしたいか分からない時期―
午後3時。
母親が洗濯物をたたんでいると、リビングのソファに寝転んでいた息子が、ぽつりと言った。
「暇だな」
母親は、手を止めそうになった。
その言葉を聞いたのは、何か月ぶりだっただろう。
不登校になってからの息子は、暇などと言わなかった。
朝は起きられない。
昼は眠い。
夜はゲーム。
話しかけても「別に」「知らない」「うるさい」。
学校の話をすると黙る。
将来の話をすると部屋に戻る。
母親はずっと、息子が何を考えているのか分からなかった。
けれど、その日、息子は確かに言った。
「暇だな」
母親の胸の中に、期待が広がった。
もしかしたら、動き出すかもしれない。
どこか行けるかもしれない。
勉強も少し始められるかもしれない。
でも、母親は言葉を飲み込んだ。
以前なら、すぐに言っていた。
「じゃあ、フリースクール見学してみる?」
「塾の資料、取り寄せようか?」
「勉強、少しやってみる?」
けれど、何度も失敗していた。
息子が少し前を向くたびに、母親が先回りしてしまう。
そのたびに息子は、「やっぱりいい」と引っ込んでしまった。
だから、その日はただ聞いた。
「そうなんだ。何かしたい感じ?」
息子は、天井を見たまま言った。
「分かんない」
母親はうなずいた。
「分かんないけど、暇なんだね」
息子は少しだけ笑った。
「うん。なんか、ゲームも飽きた」
その言葉に、母親は泣きそうになった。
ゲームをやめてほしかったわけではない。
でも、息子の中に少し余白が戻ってきたことが分かった。
何かをしたい。
でも何がしたいか分からない。
外に出たい気もする。
でも出るのは怖い。
誰かに会いたい気もする。
でも会うと疲れそう。
その揺れの中に、息子はいた。
夕方、母親は買い物に行く前に言った。
「コンビニ行くけど、何かいる?」
いつもなら「別に」と返ってくる。
でも、その日は違った。
「俺も行こうかな」
母親は、できるだけ普通に答えた。
「じゃあ、行こうか」
たった10分の外出だった。
息子はずっとフードをかぶっていた。
近所の人に会わないように、少し遠回りをした。
コンビニでは、おにぎりとプリンを買った。
帰り道、息子は言った。
「疲れた」
母親は答えた。
「久しぶりだもんね」
その日、何かが大きく変わったわけではない。
翌日また昼まで寝ていた。
その次の日は、少し不機嫌だった。
でも、母親は知っていた。
「暇だな」は、退屈の言葉ではなかった。
回復の入り口だった。
子どもが「何かしたい」と言い始めたとき、親は嬉しくて走り出したくなる。
でも、その時期の子どもは、まだ自分でも自分の気持ちを整理している途中だ。
親ができるのは、予定を決めることではない。
その小さな言葉を、つぶさず、急かさず、そっと受け止めること。
「暇だな」と言えた午後。
それは、息子の心に少しだけ風が通った日だった。
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「やっぱり行かない」と言えた朝
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