批判の先にあるもの

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「人の振り見て、我が振り直せ」というのがあります。


人の言動を見て、自分のふるまいを見直そう、という意味ですよね。


いいところは真似してみる。

ちょっと気になるところがあったら

「自分もそうなってないかな?」って振り返ってみる。


「他人を通して、自分をより良くしていこう」ですかね。


今回は、そんな視点をちょっと変えてみて、


「自分の振り見て、我が振り直せ」で書いてみます。



批判したくなるときって、どんなとき?


日々の生活の中で、

誰かが誰かを批判している場面に出くわすことって、

まぁありますよね。


ときには自分が批判されたり、

逆に、自分が誰かを批判したり。


今回は、「批判してしまう自分」にスポットを当ててみます。



ほとんどの批判は、“ただの反応”かも?


もちろん、冷静で建設的な批判もあると思います。


でも、僕自身の感覚としては――

多くの批判は、ただの感情的な反応だなと考えています。


なぜそう考えるのかというと…




人はそれぞれ、“ものさし”を持っている


『私の物差し』
SNSなんかを見ていると、手軽なこともあってか、いろんな声が飛び交っていますね。   「それ、間違ってるよ」「応援してたけど、この投稿で幻滅した」「やっぱ偽物…
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私たちはみんな、自分なりの価値観や「正しさの基準」を持っています。

それは育ってきた環境や、過去の経験、社会の影響なんかでつくられてきたもの。


何かを見たり聞いたりするたびに、

無意識に自分の“ものさし”を当てて、判断している。


そして、もしその判断が


「これはダメだ」

「許せない」


なんてラベルが貼られたとき――


心がザワザワしてきます。

落ち着かない。そわそわする。

気づけば、誰かの言動に対して怒っていたり、

批判していたり。




その“ものさし”、本当に正確?


でも、冷静になってみると


自分の価値観って、実はすごく主観的で、

不安定なものだったりします。


それが“絶対”じゃないってこと、

ちょっと忘れがちなんですよね。


それなのに――

その不安定な“ものさし”を使って、

人をジャッジし、社会を批判している。


それってちょっと、不思議なことかもしれません。




批判の奥には「欲求」や「課題」がありそう


突きつめていくと、批判したくなるときって、

もしかしたら“何かを欲しがっている”自分がいるかも。


わかってほしい

認めてほしい

つながりたい


そんな気持ちが、怒りや正しさの仮面をかぶって顔を出してくる。


つまり、批判の裏には「本当はどうしたいのか」

という、自分の課題や欲求が隠れていることがある。


批判は、自分を見つめるチャンスかもしれない


だからこそ――


誰かに対して「イラッ」としたときこそ、

自分を見つめ直すタイミング。


「今、私は何に引っかかってるんだろう?」

「本当は、何が気になってるのかな?」

「それって、昔の自分の痛みや思い込みと関係あるかも?」


そんなふうに、自分に問いかけてみる。


その怒りやモヤモヤの裏には、

“幸せになれない理由”を握りしめてる自分がいるのかもしれません。




自分が発した言葉は、自分へのメッセージ


ときには、自分が吐き出した批判の言葉を

あとから読み返してみると…


「あれ、これってまさに自分のこと言ってない?」

なんて気づくこともあります。


外の世界に向けて言ったつもりが、

実は自分に宛てた手紙だった、みたいな感覚。




「自分の振り見て、我が振り直せ」もアリかもしれない


他人の言動を見て自分を見直す、という視点も大事ですが、

「自分の反応を見て、自分を整える」っていうのは、

かなり使えると思っています。


誰かを批判したくなったら、

それは「自分の内側に気づくチャンス」。


もしかしたら、

その気づきが、ちょっと心を軽くしてくれるかもしれません。
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