最近感じる違和感正体がわかった
正解がどこかにある設定になっていて
そこに自分を合わせようと
緊張してた
正解に合わせていないと
世間受けしなくて
世間受けしないと
起業家であっても
食べて行けない設定になってた
会社員でも
起業家でも
世間受けしないと食べれない設定
おっそろしい( ゚Д゚)
昭和のほうが
先生や会社の言うこと聞かないといけない
みたいな空気は強かった😿
じゃ、最近自由になったか?て言うと
SNSをやりながら
支持が多いか少ないかをみんながみんな
意識しているような空気感
自由に違いないのに
生命力を感じない
そんなのが漂う空気感
みんなが元気で、はちゃめちゃな昭和と違って
みんながスマートで静かな中たまに現れる
桁違いに暴れる外国から来た人たち
なんかな
なんか変な違和感を感じる
【この文章を読むあなたへ】
もしこの文章を読んで
「なんかわかる」
そんな感覚があるなら、まずその感覚を大切にしてほしい
今の時代は、自由になったようでいて、
実は“見えない評価”をずっと気にし続けやすい時代。
昔は先生や会社の評価。
今はフォロワー数、再生数、反応数、空気感。
監視する人が外側から内側に変わっただけで、
気づくと自分自身が
「世間に合っているか?」を常に確認モード
だから疲れる。
しかも厄介なのは、
その緊張が“普通”になりすぎていて、
自分でも気づけないこと。
でも、本当に大事なのは
「合っているか」ではなく、
自分の中にある違和感を、
ちゃんと感じ取れているかです。
違和感は、弱さではない
むしろ、自分の感覚がまだ死んでいないサイン。
世間に合わせすぎると、
安全にはなるかもしれない。
でも、生命力は徐々に削られていく。
逆に、
不器用でも、ズレていても、
自分の感覚から動いている人には、
どこかに熱がある生命力がある。
「もっと自由になれ」と言いたいわけではありません(いや、、本当は言いたい)
ただ、
“本当は何を感じているのか”
そこを自分で見失わないこと。
その感覚を数字や評価より先に守ってほしい。
たぶんこれから必要なのは、
正解を探し続ける能力より、
自分の感覚に戻る力、感受性を取り戻す事だと思う。
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私は、
「もっと頑張ればうまくいく」
という方向より
その人自身の感覚や生命力が、
自然に戻っていくことを大切にしています。
世間に合わせ続けるうちに、
自分が何を感じているのか分からなくなってしまうことがある。
でも、
安心できる対話の中で、
止まっていた感覚や本音が、
少しずつ動き始める瞬間があります。
今行っている長期セッションでも、
そんな“命の流れの再起動”を大切にしています🌿