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あなたも心では分かっているはずの真実

・自分の価値観で人を責めない。・1つの失敗で全てを否定しない。・長所を見て短所を見ない。・心を見て結果を見ない。そうすれば人は必ず集まってくる。- 吉田松陰 -人間関係はこれが全てだと思います。そして、これを読んでいるあなたもこれが真実だと心のどこかでは気づいているはずです。ただ、これができれば誰も苦労しません。多くの人は、・自分の価値観で人を責めてしまう。・1つの失敗で多くを否定しまう。・長所ではなく、短所に目がいってしまう。・考えや生き方ではなく、結果で人を見てしまう。では何故、こうなってしまうのか。それは、自分自身に圧倒的な自信がないから。揺るがない芯を持っていないからです。人を受け入れる前に、自分自身を受け入れることができていないから。人を愛する前に、自分自身を愛することができていないからです。自分自信を好きになり、圧倒的な自信がつけば、周りの視線や評価に惑わされる事がなくなり、周りと自分と比べ、優劣をつけようとすす事がなくなります。その人をその人として価値観を含む全てを受け入れる大きな器を手に入れる事ができます。自分の可能性に気づき、自分を好きになる事ができれば、人を好きになれば、短所ではなく、長所にだけ目が向くようになります。人の可能性を信じられるようになり、相手を好きになる事ができます。吉田松陰の言った言葉は、真実です。人が集まる自分になる事を望むのであれば、まずは、自分を好きになることから始めてみてください。自分を好きになる〜人間関係の達人になるまでのサポートをしています。ご質問等あれば、ご連絡ください。
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吉田松陰先生の名言と共に

本日のお話は、このコロナ禍に於いて、我々、「補完代替療法」の療法士が持つべき志を、私が生涯の師として仰ぐ、「吉田松陰」先生の名言を織り交ぜながら、私の思うところと、皆さんにお伝えしたいことを書き殴ってみました。 何かしら、皆様の心に届けば幸いです。 その前に、私は「吉田松陰」先生のご当地である山口県萩市の出身で、松陰神社のすぐ隣にある椿東小学校を卒業しました。 この小学校では道徳の授業で、吉田松陰先生の教えを学ぶ「松陰読本」という本を、担任の先生の熱弁で教わったことを今でも鮮明に思いだせます。なので、私の魂には、吉田松陰先生の魂が今でも息づいていると思っていますし、松陰先生を唯一無二の人生の師と仰いでいます。みだりに人の師となるべからず。 みだりに人を師とすべからず。 - 吉田松陰 - さて、世間では、未だ新型コロナウイルスの感染拡大は留まるところを知らず、オミクロン株が猛威を振るい、東京都内では、毎日10,000名以上の方が感染され、毎日20~30名の方が亡くなられ、ワクチン接種者でも死亡するという状態になっています。 私も、いつ感染するか分からないところであります。 コロナの終息を待っていては、私の人生最期の集大成である「次世代型 療院構想」の実行が頓挫したままで、今現在の私の心境は、正に狂気の沙汰とでも言うべき、魂の炎が不完全燃焼を起こしている状態であります。 人間には精気というものがあり、人それぞれに精気の量は決まっている。 この精気なるものは抑制すべきである。 抑制すればやがて溢出する力が大きく、ついに人間、狂にいたる。 しかし、おのれの欲望を解放することによって、固
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夢なき者に成功なし

本日はゴールについて、あれこれ書かせて頂きます。夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし。計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。 故に、夢なき者に成功なし。 吉田松陰が残した言葉の中で、最も好きな名言です。ゴールが無ければ、理想をイメージすることも出来ず、目的を具体的に示すことも出来ません。行動の指針は目的により決定付けられる訳ですから、目的があってこそ、一貫性のある行動が得られます。 私達人間の脳は、情報であろうが物質であろうが、自分にとって重要と見なしたものだけが見えています。 逆に生命維持の為、重要で無いものは脳のフィルタリング機能によりシャットアウトされ、見え辛くなっています。 ゴールを明確に設定していくことが出来れば、ゴールに必要な情報の重要度が上がりやすくなるだけでなく、その達成方法までもが発見しやすくなります。 必要な情報はどんどん取り入れ、その重要度を上げることで、脳は必要とする情報を引き寄せてくれます。 引き寄せの法則は認知科学的でも説明がつきます。 人生のゴールや、一日の目的を持つことで、その行為の重要度を上げ、必要なものを引き寄せ臨場感を作る。 臨場感が得られれば、やる気も自己評価も自然と高まります。 ただ、ゴール設定をする時の注意点として、必ず自分がワクワクするようなものにします。 〇〇しなければならない。 ではなく、 〇〇したい! と思えるものにしてください☆ 最後にゴールを引き出す質問をいくつか載せさせて頂きますので、よかったら回答してみてください☆ もしかするとゴールのかけらが見つかるかもしれません☆ 本日も最後までお読みくださり、ありがとう
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【『できない』という理由は・・・?】

今回もお立ち寄りいただきありがとうございます。こんにちは。最適ライフをサポートする☆てんせつです。https://coconala.com/users/4703237✧⋄⋆⋅⋆⋄✧⋄⋆⋅⋆⋄✧⋄⋆⋅⋆⋄✧⋄⋆⋅⋆⋄✧今日のこころがけは、『何事もならぬといふはなきものを ならぬといふはなさぬなりけり』 現代語に訳すと・・ 『何事であっても、できないということはない。 できないというのは、やらないだけである。』  吉田松陰今の自分にグサッと刺さる一言でした。あなたは、この言葉を聞いてどのように感じますか?「できない」 と言ってるのは、やった結果できなかったのですか?それとも、やる前から「できない」と言っていませんか?やる前から「できない」と言うのは、『やらない』 と言うことです。やる前から、『できない』 と言うのはやめましょう。もし、そこも難しければ、『できない』を発言する回数を減らしていくことからやってみては如何でしょうか?やってから、『できる』のか、『できない』のか?もっと言うと、ちょっとやっただけではなく、全力でやったかどうか?ですね。あなたは今日、どんなことを全力でやりますか?✧⋄⋆⋅⋆⋄✧⋄⋆⋅⋆⋄✧⋄⋆⋅⋆⋄✧⋄⋆⋅⋆⋄✧良かったら、そんな話もしてみませんか?あるいはチャットでも
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幕末の天才「吉田松陰」の思想 Part2 無駄を削ぎ落とす

「第2章:無駄を削ぎ落とす」集団社会で生きていくことは楽じゃない。ひとたび自分の居場所を手に入れれば、今度はさらに居心地を良くするため に、ひとつ上の暮らし、地位、家族、実績などを手に入れようと必死に なる。そうするうちに、いつしか人は「居場所を守るため」に生きるようになる。 そのためだったら、たいていのことはできるようになり、生き方や信念です。 ら曲げられるようになる安心感を求めるのは生存本能だ。だが、松陰はそういう生き方を嫌った。 「安定した生活」の先には、目に見えぬものに怯える、つまらない日々しか待っ ていないと知っていたからだ。士農工商という制度に守られていた武士は、なにも生み出さずとも禄(給料) があったが、その代わり、四六時中「生きる手本」であり続けなければいけ 武士は日常から無駄なものを削り、精神を研ぎ澄ました。松陰が理想としたのは武士の生き方だった。 俗に通じる欲を捨て、生活は規則正しく、できるだけ簡素にした。 万人に対して公平な心を持ち、敵にすらもあわれみをかけた。 自分の美学のために、自分の身を惜しみなく削った。 目の前にある安心よりも、正しいと思う困難を取った。 そのように逆境や不安に動じることなく、自分が信じている生き方を通すこ とこそが、心からの満足を得られる生き方だと、松陰は固く信じていた。 本当に大切にしたいことはなにか。 大切にしたいことのために、今できることはなにか。 その問いのくり返しが、退屈な人生を鮮やかに彩る。 043自分にしか守れないもの 法を破ったら、罪をつぐなえますが、 自分の美学を破ってしまったら、一体誰に向かってつぐなえますか。
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幕末の天才「吉田松陰」の思想 Part1 動きながら準備する

この記事は吉田松陰先生の思想をまとめて見ていこうというものです。こちらを読めば、仕事や勉強に必要な長期的なビジョンが見えてくるかもしれません。幕末の天才「吉田松陰」の思想 この命をどう使うか。ついに志を立てる時がきた。吉田松陰は情熱家でありかつ大変な勉強家でもあった。旅をしながらでも本を読み、牢獄に入れられても読み続けたそう。頭ではなく感情で学ぼうとする男だった。学者でありながら、てらいや見栄、観念的なことをとことん嫌ったからこそ教えはシンプルで力強い。後悔しない生き方とは何か?「第1章:動きながら準備をする。」人は、いつになってもはじめることができない。むしろ次第に「まだ準備 ができていない」という思い込みの方が強くなっていく。 そのとき「いまやろう」と腰を上げるか、「そのうちに」といったん忘れるか。 やろうと思ったときに、なにかきっかけとなる行動を起こす。それができな やろう、とひらめく。いつの日か、十分な知識、道具、技術、資金、やろうという気力、いけると いう予感、やりきれる体力、そのすべてが完璧にそろう時期がくると、信じ てしまうのだ。だがいくら準備をしても、それらが事の成否を決めることはない。 いかに素早く一歩目を踏み出せるか。いかに多くの問題点に気づけるか。い かに丁寧に改善できるか。少しでも成功に近づけるために、できることはその工夫しかない。よく行動する人は、知識は必要最低限でいいと考える。なぜなら実際に動く前に、わかることなんてほとんどないと知っているからである。だからよく失敗する。だがそれで「順調」 だと思っている。 そのように私たちの脳は、自分の行動をうまく
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幕末の天才「吉田松陰」の思想 Part6 終わりを意識する

「第6章:終わりを意識する」享楽にふけることで、一時的に忘れることはできる。だがそれは静かに、着実に歩み寄ってくる。もしくは予想を裏切り突然やってくる。ひとりとして例外はなく、いつかは必ず対面する。あろうことか、本人も知らないうちに。 死。 終わりを意識できるのは人間だけだ。 それでも懸命になって、死のイメージから逃れようとする人は、いつの間にか「人生はいつまでも続くもの」だと思い込まされているのかもしれない。人生は長いと思う人もいる。人生は短いと思う人もいる。 だが本気で生きるということは「わずかな残り時間でなにができるか」 を必死で考えることによく似ている。やり残していることを、臆せずにやればいい。死を意識すれば、人の“生”は否応なく正解を導き出すはずだから。松陰は死罪だとわかっていながら、迷うことなく海外へ密航しようと試みた。 死ぬまで出られないとわかっていながら、牢獄の中で「人生とはなにか」を 学び、人に教え続けた。30年という短い一生の中で、松陰が見つけた“死への決着”とはなんだったのか。 166止まることは許されない 進まなければ、退化します。途中でやめれば、すべてが無駄になります。だから、今日死んでも悔いを残さないよう、死ぬまで前に進み続けるしかありません。 167最後の宿題 自分はいつまで若さを保てるか、 人よりどれくらい長生きできるか、そんなのは、自分の思いのままになることではありません。 ただそれでも、自分という人間をいつまでも磨き続けるというのは、あなたの宿題なんです。 169命の重さ 士の命は、山よりも重い。 私が言いたいのは、死は問題じゃないということ
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幕末の天才「吉田松陰」 Part5 自分が先陣を切る

「第5章:自分が先陣を切る」まずは自分から熱くなること。自分から動き出すこと。 その姿を見て、冷ややかになったり、離れていったりする人もいるだろう。 だが同時にその想いを受け止めて、一緒に熱くなってくれる人も必ず現れる。表裏一体。 誰かにとって否定的なことは、誰かにとって肯定的なことでもある。 だから自信をもって好きなことは好き、嫌いなものは嫌いだと言えばいい。 そうすれば、まわりの人間が入れ替わって、新しい友が次々と加わり、「事を成し遂げる空気」が生まれるはずである。 同じ志に向かって、ともに歩める友人は貴重だ。 松陰は自分の弟子たちを「友」と呼び、場所を問わず学び、語り合い、本音をさらけ出し合った。 松陰は人を信じやすく、誰よりも優しかった。また誰よりもずば抜けて熱くなりやすかった。その熱さに本気で付き合える人だけが、吉田松陰にとっての友であり続けることができたのだ。人生で会わなくなった友がいても、それで絆が切れてしまうわけではない。 本音をぶつけ合った者同士、その志はいつまでも心の中でつながっているものだ。松陰は志半ばで命を落とした。 だがその志を受け、明治維新はまさにおこった。143大きな心を持つには表面的な付き合いではなく、本当に大切にしたいと思う仲間が、 大きな勇気を与えてくれるというのに、損得勘定を捨てて、 正義のためにやろうとする気持ちが、 大きな高揚感を生んでくれるというのに、 そういう基本的なことをいい加減に考えて生きていたら、そのうち自分の人生が嫌になってしまいます。 145集団の中で生きる 清廉。どんな人といても、自分を失わない。 協調。どんな人といても
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幕末の天才「吉田松陰」の思想 Part4 負けん気を育てる

「第4章:負けん気を育てる」いくら知識を増やしてもしょうがない。すばらしい本を読んでも、すばらしい話を聞いても、旅に出てすばらしい景 色を見ても、それは知識が増えたというだけで、人生の根本的な役には立っていない。 枝葉が知識なら、本質は「どう生きたいのか」という志である。 この志を言葉にし、いつも懐に携えていれば、どこへ行って、誰と会い、な にを見て、なにを聞いても、あらゆるものが道を明るく照らす光となる。 どうすれば人は志を立てられるのだろうか。 その源は負けん気にある。すばらしいものと出会ったとき、「自分も同じ人間だ。負けてなるものか」 と発憤することができるかどうか。ただそれだけである。負けん気の正体を見つけることができたら、もういても立ってもいられなく のだ。志のために行動をする。そして志のために行動したからこそ、はじめてその学問を理解できたと言える。吉田松陰にはいつも「めざす人物」がいた。 「こういう人になるために、学ぼう」という目標があった。 学問の神として敬われている吉田松陰だが、 それは本当に自分が日本を変える人物になれるかどうかの、孤独な真剣勝負だったのだ。119読書の心得 早く効果を上げたい気持ちはわかります。頭の中を空っぽにして、本の世界に飛び込む感じです。 頭の中から「たぶんこういうことだろう」 頭じゃない。 という推測を捨て去った方がいいと思います。 魂のこもった著者の心を、 ですが、本を読むときは、 からだ全体で受け止めるんです。120二種類の生き方 人の性格を大きく分けると二種類あって、 「自分がやりたくないことはしない」という保守的な性格か、 「
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幕末の天才「吉田松陰」の思想 Part3 慣れ親しんだ場所から出る

「第3章:慣れ親しんだ場所から出る」ひとりの人間には多くの可能位がある。ただひとり、自分だけが可能性を制限できる。今までの自分が、これからの自分を決定すると誰もが考えているのだ。生まれてから今日まで、いろんなつらいこと、痛みを感じることがあった。 もう二度とそんな目に遭わないよう、「自分」はつねに的確な助言をくれる。過去の自分の言うことを聞けば安全で安心だ。だが「心からの充実」は得られない。居心地の良い場所にい続ける限り、「本当にやりたいこと」はできない。 むしろ新しい刺激に弱くなり、だんだん感性が鈍ってくるだけだ。志は現状維持を否定する。今のシステム、考え方、ルール、そういうものを飛び越えないと実現しないものに目を向ける。今手にしている現実は過去の選択の結果。そして未来はいままでに心で決めたことによって決まる。いつからでもどこからでも。評判は傷ついても生き方は傷つかない。生き方を傷つけるものは自分だけ。079短期で求めない目先のものを追いかけるんじゃありません。 大物を手に入れたいのなら。083人である意味 もし思い出せないなら、今すぐ思い出す時間を作るべきです。 心に決めた目標のない人間は、もはや「人間」とは呼びません。 人は「なんのために生きているか」で決まるのです。088自分の夢にとどまらずみんなの夢に 心のスケールを広げてみる。 自分の所だけではなく、 まずはこちらから、競争相手に対して敬意を示していく。 人物と会うたびに、 その人ならではの技術・才能・知識を認めていく。 この分野そのものを良くしていこうという志を立てて、 その組織の人材は、他に比べることがないくらい
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教養としての日本儒教②:陽明学

陽明学:主観主義的・実践的・行動主義的な学風から、社会体制や権威に対して批判的な精神的態度を育て、幕府からは敬遠されましたが、幕末においては大塩平八郎・吉田松陰などに現状改革の精神と行動をもたらしました。中江藤樹(なかえとうじゅ):日本陽明学の祖、「近江聖人」、『翁問答』。はじめ朱子学を学び、藤樹書院で教えていましたが、やがて疑問を抱くようになり、『陽明全書』に触れて陽明学の致良知説に共鳴するようになりました。林羅山が主君への「忠」を強調したのに対し、「孝」に人倫関係を成り立たせている根本原理を見出し、全ての人々が儒学を学び、実践すべきだと主張しました。 致良知:良知とは人間に生まれながらに備わっている、善悪分別を真実に弁(わきま)え知る徳性断の知のことで、これを働かせることを致良知と言います。 知行合一(ちこうごういつ):知ることと行うことは本来一つであるという考え。 時処位(じしょい):時・処(場所)・位(社会的地位)に応じて適切な判断を行う主体的な働きを「権」と言い、具体的な場面に即した「権」の働きを重視しました。 愛敬(あいけい):孝の徳を具体的に言えば、人々が「ねんごろに親しみ」(愛)、「上を敬い、下をあなどらない」(敬)ことであるとしました。 熊沢蕃山(くまざわばんざん):江戸前期の陽明学者、『大学或問(だいがくわくもん)』。中江藤樹の思想に影響を受け、礼法は時・処・位に応じて柔軟に変えてもよいと考えました。「治国平天下」という儒学の理念を現実との関わりの中で考え、岡山藩主池田光政に仕えて治山治水に業績を上げ、例えば樹木を切り尽くすと山の保水力が乏しくなり、水害が起
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